第五話 失われたモノ
入浴後、二人はそのまま会議室らしき部屋に通された。
立派な作りのテーブルの上にはまだ朝だと言うのに立派な仕出しの弁当と温かいお吸い物が配膳されてある。
一体どこのおえらいさんの食事なのだろうかと歩が不思議に思っていると、室内で待機していた二人の兵士が弁当の前の椅子を引いてくれた。
どうやらその席に座れということのようだが、とても信じられない。
そうして入り口で立ち尽くしたままの歩と、その横で腕を組みつまらなそうに部屋を眺めるアヤカを兵士が視線で座るように促してくる。
まず間違いなくこの用意された食事は二人のためのものだろう。
「……、これ、もしかして私たちの食事ですか?」
「はい。すぐにお茶も用意いたします」
それでも念の為聞いてみたがやはり二人のための食事であった。
「ま、当然よね」
信じられないといった様子で兵士を見上げた歩と、当たり前ように引かれた椅子に腰を掛け箸に手を伸ばすアヤカ。
二人の様子を兵士たちは少し不思議そうに眺めた後、お茶を用意するとすぐに部屋から立ち去った。
「美味しい……」
昨日は味噌汁と麦飯、それにメザシを1匹付けただけの夕食だった。
更に言うとメザシが付けれるようになったのだってここ最近の話。
一年ほど前にはそれすらなかったのだ。
それが今は見たこともないような豪華な食事を口にしている。
目の前の仕出し弁当一食の値段は、一ノ瀬家の食事一週間分を超えているだろう。
それが朝食ででてくるなんて、歩の常識からは考えられないことだ。
「……」
ここに彩香が居てくれたら、きっと驚きに目を丸くしそれから天使のような微笑みを浮かべてくれただろう。
目の前のエビフライを咥えているもどきとは違って。
「ひぇ? にゃに? ひょれはあげないわよ?」
「ちげぇよ。というか、行儀が悪すぎるだろ。彩香の姿でそんなことしないでくれ」
彩香とアヤカ、あまりの落差に頭が痛くなってくる。
相手は神霊だというのに、完全に敬意を払う気が霧散してしまった。
敬語を使うなと言われてはいるし、敬語を使うと不機嫌そうな態度を取られるのでこれでいいのかもしれないが、どこか釈然としないモノを感じてしまう。
「へいへいっと。ん~、まぁ悪くはないわね。うん」
「これで悪くないって今までどれだけいいものを食べてきたんだよ」
その後、生まれてはじめて食べたアイスクリームに感動しつつ朝食は終わりとなった。
「お姉ちゃん~、口拭いて?」
「……、はぁ。ほら、これでいいか?」
小さい頃は彩香の面倒をよく見ていたが、ここ数年は妹も成長しそういったことはしなくなっていた。
久しぶりということもあり少し照れくさく感じてしまう。
「いひゃいっ! ちょっと! もっと優しくしてよ!!」
「そんな事言われてもなぁ」
照れ隠しというわけではないが、少し強く拭ってやるとアヤカは抗議の声を上げる。
しかしその声色には嫌がっている様子はない。
むしろその逆、楽しそうでどこか懐かしい。
そんな雰囲気だ。
「なぁ」
歩が口にしようとした言葉はノックの音に遮られる。
一瞬迷ったものの、続いた再度のノックに言葉を飲み込むと、歩はどうぞと扉に向けて声を投げかけた。
「失礼します」
そして入室してきた兵士は、検査のためにしばらくこの施設に二人に滞在してほしいと伝えてきた。
「検査ですか?」
「はい、お二人は祝福を授かったとのことでその詳細を検査し確認必要があるのです」
検査の必要性は歩も理解するところだし、否やはないのだが一時帰宅も認められないというのはどういうことだろうか。
「実は昨夜の空襲で住宅地区にもそれなりの被害が出ており、未だ火がくすぶっていて危険なのです」
「なるほど……。ですけど、その、あの、決して無理はしないので一度見に行かせてもらうことは出来ませんか?」
着の身着のままではこの先困ってしまう。
家と言っても長屋に毛の生えた用な従業員用の寮ではあるが、それでも多少の家財はあるのだ。
祝福を授かったのだ。
数日後には軍人となり、引っ越すことになるであろうことだって理解している。
だからといって家財が盗まれては困るし、何より両親の形見だってある。
「その、なんと申しますか……。別の者にご自宅の確認をさせに向かわせましたが……」
歩の懇願に、兵士は目を泳がせながら従業員用の寮は特に被害がひどく、完全に焼け落ちていると口にした。
「そんな……」
「力不足、申し訳ありません。そういった事情もありまして、しばしお時間を頂戴したく」
この兵士が悪いわけではない。
宣戦布告もせずにいきなり攻撃を仕掛けてきた上に民間人への無差別攻撃まで行ってきた敵が悪いのだ。
だと言うのに、軍人として民間人を守れなかったと恥じる兵士に向かって無理を言うのは気が引けた。
「わかり、ました……」
「それとこちら、おそらくお二方の荷物と思うのですが」
「っ!」
兵士が差し出してきた麻の袋。
土に汚れ、ややくたびれた、それでも丁寧に縫製され大きく赤い文字で『防災袋』と書かれているその袋。
それは昨夜なんとか持ち出したものの航空騎士に襲われた際紛失した防災袋だった。
「よ、よかった……。あ、ありがとうございます!」
中には印鑑に通帳、そして母親の位牌が収めてある。
遺品やその他家財は失われてしまったが、最低限のものだけは返ってきた。
そのことに歩はホッと息を吐いた。
「あ、すみません。ここで待っていればいいですか?」
防災袋を抱きしめた歩が我に返ったところで兵士と目が合う。
歩たちの返事を息を呑んで待っていた様子の彼に、歩は慌てて言葉を返した。
「いえ、宿泊室の準備が整っておりますので、そちらでお待ちいただきたく」
「ま、仕方ないわね」
歩の返事に安堵したのか、顔の緊張を少しほぐした彼の案内で二人は宿泊室へと向かった。
宿泊室には立派なソファーにテーブル、そしてよく冷えているらしく水滴のついた水差し。
棚には額に入った風景写真と品のいい置き時計に黒い電話が鎮座していた。
二つ並んだベッドには清潔なシーツが敷かれ、とても寝心地が良さそうだ。
「昼食はお持ちいたしますので、それまでおくつろぎください。何かありましたらそちらの電話から呼び出しをお願いします」
そう言い残し去っていった兵士を見送ると、歩はベッドへ腰を下ろした。
「柔らかい……、ふぁ……」
硬いせんべい布団とは雲泥の差に驚くと同時に、急な眠気に襲われる。
考えてみれば昨夜は三時に起こされ、怒涛の時間を過ごした。
当然、披露は困憊だったのだ。
そのままベッドへと吸い込まれるように倒れ込むと、歩の意識は遠くなっていった。
◆
数多の死体が転がる血染めの丘で、一人の青年が膝をつき少女を抱きかかえている。
少女の胸元には大きな穴が空いており、既にその生命の灯火はかき消えていることは想像に難くない。
悔しさに歯を食いしばり、空を見上げる青年。
その先には荘厳な装飾の施された黒く巨大な扉と、白い衣を纏ったもう一人の少女の背中があった。
「ごめんなさい……」
「お前まで俺を置いていくっていうのか!?」
青年が少女に向かって叫ぶ。
「約束、したから」
「ずっと、ずっと側に居てくれるんじゃなかったのかよ!?」
彼の慟哭への答えは、振り向いた少女の白い肌を伝った一滴の涙だった。
「■■■! 俺を一人にしないでくれよ!」
青年の悲鳴をかき消すように、扉は金属が軋むような重低音を響かせゆっくりと開いていく。
扉の先は全てを吸い尽くすような漆黒で満たされており、そこへと吸い込まれていく空気が彼女の美しい金色の髪の毛を揺らす。
「必ず、戻ってくるから。幾千の時を、幾億の世界を超えて、必ず■■■の側に戻ってくるよ」
再び青年へと背を向けた少女はゆっくりと扉へと歩みをすすめる。
「■■■! 待ってくれ! 待ってくれよ!!」
青年は必死に手をのばし懇願するがその歩みは止まることはない。
「■■■、愛してる。だから、また三人で――」




