第三十話 茶番
桜の舞い散る丘に気がつけば立っていた。
本能と、そしてほんの半月前の記憶が教えてくれる。
ここは神域か、それに近い場所だと。
「白菊はこんなことする子じゃなかったはずにゃ!? 目を覚ますにゃ!」
そして今、十字架に縛られ火刑に処せられそうになっている桃色の髪をした少女はこの場の主であり、つい先程新規で受領した霊装・桜花に降りている分霊だということもすぐに分かった。
「過去の私は死んだのです。私はもうご主人さまのものなのです……」
「そんにゃ……」
以前歩がから叱られた点を反省したのか、猿ぐつわは噛まされておらず厚手の布で簀巻きにした上で十字架に縛っているようだ。
おかげで松明を片手にわざとらしくおよおよと泣くふりをする白菊と謎の茶番を演じる事ができていた。
「白菊も成長して……ってんなわけあるか!」
まるで成長していないどころかアヤカに毒されているとしか思えない。
何をどうすれば他所様の宅に訪問し、そこの主を十字架に縛るという発想に至るのか。
「あ、ご主人さま気がついたのです?」
「ん? お前が白菊のご主人かにゃ? はじめましてにゃ、うちは桜花にゃ。白菊のマブダチにゃーよ」
「え? あ、はじめまして?」
先程までの涙声が嘘のようにあっけらかんとした声で挨拶をしてきた少女に、歩は毒気を抜かれてしまう。
どうやらただの演技だったらしく、自己紹介をするとケラケラと笑い声を上げた。
「カーット!! ちょっと真面目にやりなさいよ!」
「あー、ごめんごめんだにゃ。ていくつーお願いするにゃ」
「すまない、なのです」
桜の木の影からひょっこりと出てきたアヤカの傍には録画用の機材が積まれている。
ただの演技というより、何やら撮影をしていたらしい。
「えーっと、ごめん、なんか邪魔したみたい?」
「ううん、気にしないで。時間はまだ有るし」
「それじゃもう一度にゃ」
「おー!」
歩は台本を丸めて腕を組むアヤカの横で体育座りをすると、静かに撮影を眺め続けることにした。
◆
「泥棒猫さんにはきついお仕置きが必要なのです!」
「白菊はこんなことする子じゃなかったはずにゃ!? 目を覚ますにゃ!」
白菊はニヤリと笑うと松明をぺろりと舐める。
その様子を見て必死に呼びかける桜花だが、白菊の心には響かない。
「過去の私は死んだのです。私はもうご主人さまのものなのです……」
「そんにゃ……」
桜花の瞳が絶望に染まる。
ゆらゆらと揺れる松明の炎が足元に移れば、桜花の体はすぐさま炎に包まれるだろう。
しかし、白菊としてもそれは本意ではない。
「ただ一つだけ、助かる方法があるのですよ……」
「っ!」
桜花の瞳に光が宿る。
既に人の手に堕ちた彼女であっても、親友への思いは変わっていないのだ。
数千年来の友情は、決して破れはしない。
「桜花も、ご主人さまの奴隷になるのです」
「にゃっ!?」
ああ無情、親友への思いは変わっておらずとも、しかして考えそのものは変わってしまっていた。
彼女は親友へ救いの手を差し伸べたつもりでいる。
しかし人に隷属するなど神霊としては恥ずべきこと。
死か、隷属か。
白菊はその二択を親友へ安々と突きつけたのだ。
一体その選択肢のどこに救いがあるというのだろうか?
白菊は、既に手のつけられないところまで歪んでしまっていたのだ。
「わかったにゃ……。白菊、お前が堕ちるというのなら、私も一緒に居てやるにゃ……」
一瞬の逡巡を経て、桜花は口を開く。
「桜花。これからは、ずっと一緒なのです!」
救いのない世界でも、親友と一緒ならば。
桜花は白菊と伴に現世へと降り立つことを決めたのだった。
◆
「なぁ、この語りって」
「いい感じでしょ? 私が吹き込んだのよ!」
まさか生まれてはじめての映画鑑賞が神域でとは。
それも台本、撮影、役者全て神というわけのわからない代物だ。
作品の善し悪しは歩にはわからない。
だが一つだけ言えることがある。
「全員大根すぎないか?」
「えー? そうかしら?」
アヤカはそんなことはないと言いたいようだが、映像はぶれているしセリフは噛み噛み。
シリアスなシーンのはずなのに途中で笑い声まで入っている。
そもそも何がいいたいのか、まったくわからない。
「なかなか手厳しいにゃー。最後の場面とか誰が見ても号泣間違いにゃしって自信持って言えるにゃ」
「ですです! 間違いなく神界で一番を取れるですよ!」
「神界にはこういう娯楽にゃいものね」
そもそも競合する相手が居ないのであれば何をやっても一番。
そういうことらしい。
「なかなか楽しかったにゃ」
「たまにはこういうのも悪くないわね」
「またそのうちやるのです!」
楽しそうにしているし問題はないか。
これ以上水を指すのも悪いと思いながら歩は立ち上がる。
なぜ神界に来てしまったのかはよくわからないが、そろそろ訓練に戻りたい。
現実世界での時間経過は殆どないとはいえ、あまり油を売っているわけにも行かないだろう。
「あ、そうそう。今度からお前に隷属するから、これから宜しく頼むにゃ」
「あ、はい……、え?」
しかしどうやって帰ればいいのかと悩んでいた歩に、桜花は事もなさげに歩に隷属することを告げたのだった。
「ふむ……、やはり消失したか」
「えっと、一応ここにあるにはあります」
白菊の時と同じく、霊装の消滅と引き換えに歩の左手には桃色の腕輪が出現している。
本来ならば他の戦乙女も使用できないと困るものではあるが、歩の特異性を考慮すれば仕方がないものだろう。
「ああ、分かっているよ。その腕輪が桜花の変化した姿なのは。白菊様と同じなのだろう? ところで顕現させることは可能なのか?」
「呼んだかにゃ?」
早乙女教官の問いに、歩の背後に桜花が現れる。
二度目とあって、いきなり現れた桃色の少女にも教官は驚きを見せない。
むしろ当然とばかりに首肯する。
「桜花様、お力添えよろしくお願いいたします」
「まー、気が向いたら手伝ってやるにゃ。ってにゃにするにゃ!?」
「はいはーい、ちょっとお話しましょうねー」
「新参者は引っ込んでるのです!」
歩を背後から抱きしめながら顔をのぞかせた桜花は、アヤカと白菊に羽交い締めにされどこかに連れ去られた。
「……ありがとうございます」
白菊の時と同じ轍は踏まぬと教官は口を閉じ、姿が見えなくなるまで頭を下げる。
何も言わなくともわかるのだ、彼女もやはり神霊に属する人の手には余るものだと。
「それでは昼食の後、新型霊装の完熟訓練を行う。一ノ瀬姉、大丈夫か?」
「が、がんばります……」
今すぐは少々難しいかもしれないが、話し合いが終わった後であれば問題ないだろう。
たぶん、きっと、めいびー。
新鋭霊装桜花。
格闘戦での損耗を嫌った日本が開発した一撃離脱に特化した桃色の霊装は、航続距離と速度の代わりに搭載可能兵装を犠牲にしたものだった。
しかし歩が使用することで白菊の汎用性をも兼ね備えた化け物、桜花改へと生まれ変わる。
「結構きついな……」
その対価として必要霊力量を激増させて。
(まぁ、単純計算で三機分の出力と容量が必要なわけだしね)
(頑張るのです!)
(なんか申し訳ないにゃあ……)
それでも他の同期たちに比べればまだマシだろう。
慣れ親しんだ白菊に比べて挙動が神経質であり、遊びがない。
ほんの少し加減を誤っただけで非ぬ方向にすっ飛んでいってしまうのだ。
(あ、おっぱいさん落ちたわよ)
「なっ、すぐ行く!」
この日、特選科一年生は海上への墜落百回超えの驚異の記録を打ち立てた。
「期待はずれだったかな?」
おかげで少しだけ期待が減ったのはまた別の話。




