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第三話 たった一人の家族

 不意に入り口からノックの音が転がり込んでくる。


「あ、は、はいっ」

「失礼するよ」


 上ずった声で歩は返事を返すとすぐさま扉は開き、黒いスーツをした壮年の男性が入ってきた。

 柔和な顔つきに少し垂れた瞳、ひと目みただけでは優しいおじさんにしか見えない。


 しかしその佇まいは凛としており、歴戦の猛者であることが伺い知れる。


「はは、そんなに警戒しないでくれよ。君たちみたいな可愛い女の子(・・・・・・)にそんなふうに見られちゃ、おじさんちょっと悲しいぞ?」


 軽く肩をすくめると、彼は机を挟んで反対側の椅子へと腰を下ろした。


「それじゃ、まずは自己紹介からしようか。僕は日本帝国海軍、佐世保鎮守府、神務部の月見里(やまなし)だ。階級は少佐だよ」


 机の上に肘を乗せ、組んだ手の向こう側から柔らかな眼差しが歩たちを見つめてくる。


 少佐といえば歩から見れば天上人のようなもの、普通ならばとても会話が出来るような相手ではない。

 にもかかわらず彼は二人を見下すこと無く、丁寧な態度を取っている。

 そういう性格なのか、あるいは別の理由があるかはわからないが、悪い印象を相手に与えることはないだろう。


 深夜の空襲、そして戦闘。

 更には神に取り憑かれた妹と、精神的かなり追い詰められていた歩だったが、日頃の慣習のおかげかふらつきながらもなんとか立ち上がり礼を正す。


「あ、僕、いえ、私は一ノ瀬 歩です! 海軍工廠の工場に勤めていて、住所は従業員寮です」

「私は妹の一ノ瀬 彩香だよっ! 初等科の6年生やってます」


 そして名を名乗り頭を垂れたのだが――歩の視線の先で『彩香』は座ったままでよろしくと言わんばかりに軽く手を降っているではないか。


「ちょっ!? おいっ!」


 冷や汗を流しながら立ち上がれと目線を送るが、彼女はどこ吹く風。

 敬意を払うどころか、むしろ見下すような視線を月見里少佐へと送っている。


「えー? 別にいいでしょ? ね? おじさん(・・・・)?」


 その言葉に合わせるようにピシリとなにかが割れる音が狭い室内にこだました。


「ははっ、別に構わないよ。君たちは今は(・・)軍人というわけではないしね」

「で、ですが……」


 歩が視線を泳がせていると、月見里少佐は座るように促し苦笑いを浮かべる。


「し、失礼します……」

「瓜二つの双子なのに、ここまで性格が違うというのは面白いものだ」


 おずおずとした様子で席についた歩を眺めると、何が面白いのか彼はあごひげを軽くなでながら楽しそうに笑う。

 しかしその声色とは裏腹に、視線はやや鋭くなっているようだった。


「妹と違ってお姉さんはしっかりものみたいだね?」

「お、お姉さん?」

「ん? 逆だったかな? まぁいい、それより君たちの力のことなのだが。さて、どこから聞いたものやら」


 胸元をを軽く手で抑え、会話の糸口を探るように視線をさまよわせる。


 先程の兵士の様子といい、とても一般人、それもただの子供にするような態度ではない。


 まるで、下手な事を言うと殺されてしまうかもしれない。

 そういった怯えすら感じられた。


「はぁ、埒が明かないわね。仕方ないから説明してあげるわ」


 その姿を哀れんだのか、それともただ単にめんどくさくなったのか。

 ともかく軽くため息をつくと『彩香』は口を開いた。


「私はね、さる神霊の加護を得ているの。まぁ私一人じゃ器が足りないからお姉ちゃんと一緒なんだけどね」

「ほぉ?」


 時間がもったいないとでも言うように彼女が矢継ぎ早に説明を続ける。


「あ、加護を得るのに誰の助けも借りてないから。当然、なんの制約もないからね?」

「そう、ですか……。ちなみにその力をこの国のために振るうつもりはおありで?」


 オロオロとする歩とは対象的に、彼女は腕を組み顎を上げ鼻で笑う。


 一般人と軍人、それも少佐ともある人物にこのような態度を取ればただでは済まない。

 この場に限れば神の力を振るえる彼女は目の前の少佐よりも遥かに力があるのだが、歩からすれば神の力より少佐の権力の方がわかりやすく畏怖を感じられていた。


「ま、どうしても力を貸してほしいって言うなら考えなくもないけど?」

「ぜひともお願いしたいものです……」


 その恐ろしいはずの少佐が、気がつけば机の上で組んでいた手を揉み手へと変えている。


「とりあえず私おなかが減ったんだけど? あとお風呂入りたいわ、塩と泥でベトベトなのよね」


 どちらが取り調べを受けているのか、よくわからない状況のまましばらく会話を続けたところで彼女はそう口にした。


 しかし言われてみれば歩もかなりの疲労していることに気がつく。

 未だ全身に残る倦怠感と空腹感。


「すぐに手配させますので少々お時間をいただきたく」

「そ。できるだけ早くね」


 これは気がききませんでと慌てて椅子から立ち上がった少佐の言葉に、彼女は興味なさげに顎をしゃくるのだった。


 もしかして、妹はとんでもないモノをその体に降ろしてしまったのではないか。

 そんな恐怖に歩は身を震わせたが、それに気がついた者はこの部屋には誰も居なかった。



「と、いうわけだからいいよね?」

「っ! え、えっと、どういうわけ、でしょうか?」


 月見里少佐が諸々の準備のために席を離れると、『彩香』は先程までとは打って変わって天真爛漫な雰囲気を醸し出し、歩へと微笑みかける。

 しかし先程の光景を見た直後ではどう反応していいか歩としても困ってしまう。


 並んだ椅子に座る二人の間はわずかに拳一つ。

 だというのに、歩は万里の距離を感じていた。


「もー、そんな変な言葉遣いしないでよ」

「……」


 少し不機嫌な様子で唇を尖らせる彼女から視線をそらし、歩は薄暗い地面を見つめる。

 チリチリとランプの音と、そして二人の小さな息遣いだけが部屋を満たす。


「……まったくもうっ。妹ちゃんを取り戻したいんでしょ?」

「あ、彩香はもとに戻れるのか!?」


 沈黙に耐えきれなくなったのか、『彩香』が思わせぶりなセリフを口にすると、歩は首をグリっと持ち上げて目を見開く。

 そして歩の藁をも掴むような必死の問の答えは、是であった。


「でも、条件があるわ」

「なんだっていい! どんなことだってする!」


 文字通り、どんなことだって、たとえ今すぐ首をかききれと言われたとしても。

 妹が無事なら、それで良かった。


「だから、だから妹を返してくれ!」


 居なくなった父へ守ると誓い。

 死んだ母から後を頼むと託された大切な妹。


「たった一人の家族なんだ!!」


 そして、自分のたった一人の家族。

 彼女を無事、育てることこそ自分の使命。

 生きる目的なのだから。


「ふ~ん? そこまで君に思われるなんて、ちょっとだけ妬けちゃうなぁ」


 少し怒ったような、拗ねたような、そして寂しそうに細めた目を、ゆっくりと閉じて彼女は条件を口にした。

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