第二十九話 出港
「早乙女少佐以下十名、乗艦いたします!」
敬礼を行う早乙女教官の背後には空色の学生服を纏った特選科一年生の少女がずらりと並ぶ。
僅か一日で身支度を整えた美少女たちの胸元では、きちんとアイロンの掛けられた青いリボンが潮風に揺れる。
「艦長の加藤大佐だ。ようこそ当艦へ!」
白い軍服に身を包んだ艦長が爽やかな笑顔で答礼を返し、彼女たちを歓迎すると声高に宣言を行った。
「はっ、加藤艦大佐! 出迎えありがとうございます!」
艦長以下乗組員総出での歓迎に早乙女教官は思わず腰が引けてしまう。
確かに戦乙女はどこであろうとも引く手数多だが、ここまでの歓迎をされたことは彼女の記憶にはなかった。
「立ち話も何だ、とりあえず学生たちは兵どもに案内させるから少し時間を貰えるかな?」
「承りました!」
一体何を言われるのか。
今までの経験上、こうして呼び出されるのは碌なものがなかった。
かといって断ることなど出来るはずがない。
早乙女教官は歩たちと別れ、一人艦長室へと案内されるのだった。
「コーヒーで構わないかね?」
「はっ、いただきます」
加藤大佐がコーヒーをカップへと注ぎ早乙女教官の前へと差し出す。
芳醇な香りが鼻孔をくすぐり、早乙女教官は思わず自分の立ち位置を忘れそうになってしまう。
「はは、お気に召したようで何よりだ」
「っ、失礼しました」
その様子を見て笑った加藤大佐に慌てて姿勢を正す。
今は公務中であり、目の前の相手は上官なのだ。
部下相手に自らコーヒーをいれてくれるほど鷹揚な人物ではあれど、失礼があってはならない。
「あまり肩肘をはらないでくれたまえ。月見里のヤツからもよろしく頼まれているんだ」
少し寂しそうな表情を浮かべた加藤大佐が月見里中佐の名前を出す。
その名前に思わず口元が引きつりそうになってしまう。
幸い加藤大佐はコーヒーに視線を向けており、彼女の口元の動きには気が付かなかったようだが注意せねばと早乙女教官は気を引き締めた。
「確か同期でありましたか?」
「ああ、奴には大いに助けられたからな。今でもこうして援軍を送ってくれているし、頭が上がらんよ」
やはりそういう認識なのかと心のなかでため息を吐く。
この一ヶ月で限界まで鍛え上げたとはいえ限度はある。
支那戦線の警備部隊程度あれば互角に戦えるかもしれないが、外洋航海中に遭遇する可能性の高い合衆国の航空騎士の実力は未知数。
情報部の報告によれば大したこと無いということだが、佐世保を深夜に強襲するような連中だ。
自信があるに違いない。
「彼女たちは今年入学したばかりの一年生ですので……」
「ああ、訓練初日でいきなり共振や共鳴にまで至った化け物揃いだと聞いているよ」
哨戒程度にしか使えないと、言外に主張してみるが加藤大佐はだからなんだとばかりに笑みを浮かべる。
「それに三年生の奇襲を損害なしで弾き返したのだろう?」
ならば心配は無用と加藤大佐はカップを傾ける。
早乙女教官としてはどうにか考えを改めてもらいたいところだが、彼の言っている言葉はすべて事実。
否定できる要素がなかった。
「昨日訓練を少し見させてもらったが、初陣も迎えていない学生とは思えない程熱心に取り組んでいたしね」
「っ」
少しでも彼女たちの生還率を上げようと猛特訓を行った結果、最終日である昨日には皆鬼気迫る様子で訓練に取り組んでいた。
まさかそこを見られていたとは。
「早乙女少佐の薫陶の賜物なのだろうが、素晴らしいじゃないか」
「ありがとうございます……」
昨日まで艦長以下乗組員は半舷上陸で休暇だったはず。
それを見越しての特訓だったというのに、見られていては意味がない。
この様子ではおそらく夜間の発着訓練も知られていることだろう。
つまり、それだけ期待されているということだ。
「なにせうちの艦に配置されているのは定員割れの二個大隊、六十四名だけなんだ」
それも上位の戦乙女は大隊長の二名のみで中隊長六名は下位の戦乙女から選抜してあると加藤大佐はため息を吐いた。
「戦況は、芳しくないのでしょうか」
本来の定員であれば三個大隊のはずだし、中隊長は上位戦乙女が振られるので一艦当たり十二名の上位戦乙女が配属されているはず。
早乙女教官が前線を退いた一年前も前線は苦しいものではあったが、それでも定員割れは起こしていなかった。
つまり、この一年で大きく損耗しているということだ。
「敵さん、工場生産品を大量投入してきていてね」
工場生産品――諸外国の航空騎士を腐した呼び名だ。
諸外国の航空騎士は戦乙女に比べればその閾値は著しく低い。
なにせ神に祈りを捧げるだけで構わないのだから。
その分能力も控えめなのだが、圧倒的な物量で補っているらしい。
手作りの工芸品と工場の大量生産の粗悪品、その戦いだと。
「お手柔らかにお願いしますよ?」
「もちろんだとも、貴重な戦力を安易にすり潰すなんてことするわけがないじゃないか」
ましてや戦乙女は皆、見目麗しい少女たちなのだから。
笑いながらコーヒーのおかわりを訪ねた加藤大佐に断り、早乙女少佐は席を立った。
「コーヒー、ごちそうさまでした。美味しかったです」
「そう言ってもらえると嬉しいね。また飲みたくなったら訪ねてきてくれ。君の訪問ならいつでも歓迎するよ」
「奥様に怒られますよ? それでは失礼します」
早乙女教官は艦長室の前で待っていた兵士の案内で自室に向かう。
途中、新たに調達されたと思わしき霊装が積み込まれているところを見かけて苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。
「最新型が九機……、安易にすり潰すつもりはないという言葉は事実だろうが……」
数から考えて特選科の少女たち専用に用意されたものと見て間違いないだろう。
実績のない不慣れな霊装で初陣など、正気の沙汰ではない。
「上は一体何を考えているんだ」
ともかく完熟訓練と戦闘訓練を急がねばならない。
出港してから外洋に出るまでの間でも、訓練の時間を多少は取れる。
早乙女教官はこれからの訓練課程を考えながら案内された自室の扉を開く。
多くの思いを載せた空母はゆっくりと港を離れ、航海へと旅立った。




