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第二十二話 長針の示すところ

「はぁ、どうしてお姉ちゃんは一人でお風呂に入るのでしょうか」


 白菊は不満そうな顔で歩のベッドに横になり枕を抱きしめ、時計を見つめる。

 時刻は十七時半、歩が部屋を出て行ってまだ数分といったところだ。


 追加の訓練を終えた歩は、つい先程白菊たちを部屋に残し一人風呂へと向かった。

 隷属している身である以上、背中を流すのは当然と白菊も同行しようとしたのだがどういうわけか歩は断固拒否。


「しかもこんなちんちくりんと一緒にお留守番だなんて酷いのです……」


 その上でアヤカが余計なことを仕出かさないよう見張っておいて欲しいとお願いされた白菊は、渋々ながらも引き下がり歩の帰りを待つことになっていた。


 八城も急に伸びた自身の能力を報告に他の特選科の少女たちと教官室に行っており、室内にはアヤカと白菊の二人のみ。

 白菊としては天敵のアヤカと二人っきりなど冗談ではないが、他に居場所もなく。

 せめてアヤカが視界に入らないようにと下のベッドに潜り込むのがせいぜいだった。


「そんなこと言っていいのかしら?」

「なんです、その意味ありげなセリフは」


 ベッドの床越しにアヤカが白菊へと問いかける。

 その声色はまるで子供が宝物を見せびらかしているかのようで、白菊としては若干不快に思ってしまうものだった。


「ふっふー、知りたい?」


 ベッドの上から顔を逆さまにして覗き込んできたアヤカを白菊はめんどくさそうに眺める。

 言葉ではもったいぶっているが言いたくて仕方がないと顔が物語っていた。


「……、言いたいなら勝手に喋ればいいのです」

「仕方ないわね、そうまで言うなら教えてあげる!」

「はっ、嫌味も通じないのです」


 不機嫌であることを隠そうともせず白菊は好きにしろと吐き捨てる。

 普通の者であれば口を閉ざしてしまうだろうがそこはアヤカ、気にせず話を続ける。


「実はね……、お姉ちゃんはお兄ちゃんなのよ!」

「アヤカは脳みその代わりに羊羹でも詰め込んでいるのです?」

「あんた見かけによらず口悪いわね……」


 渾身のネタへの強烈な切り返しにアヤカは思わずうろたえてしまう。

 そんなアヤカの様子を見て、初めて反撃が成功したとわかると白菊はニンマリと笑った。


「アヤカに言われたくないのです」


 つい半日ほど前に自分の住処で甚振られ、挙げ句緊急回避だったとはいえ人間相手に隷属までさせられた。

 その原因となった者と仲良くする理由はないとばかりにアヤカを煽る白菊だが、その実そこまで怒っているわけでもなかった。


 なにせ初めて温かい食事を摂ることが出来たし、どうしてか歩の傍にいると心が安らかになるのだ。

 魅入られたというのは行き過ぎた表現にしても、神の分霊として本体から切り離されてこの方ここまでの幸せを感じたことはなかった。

 その点に関してはアヤカに感謝をしないわけでもない。


 もっともそれを伝えれば何を言われるかわからないので口が裂けても言わないが。


「っていうか白菊、あんたなんで私の事呼び捨てなのよ」

「はぁ? お姉ちゃんからはアヤカのことをお姉ちゃんって呼べとは言われてないのですよ?」


 歩の持つ白菊に対する絶対命令権。

 しかしそれは今のところ一度も使われたことはなく、これからもおそらく使われないだろうことは白菊も気がついていた。


 昼食時のわがままも、命令すれば誓約に縛られた白菊は逆らうことが出来ないというのに可能な限り叶えようとしてくれている。

 決して奴隷を相手にする態度ではなく、まるで手のかかる妹を相手にでもしているような態度。

 そのことに気がついた時、白菊はたとえ誓約がなかったとしても歩に尽くすのも悪くないと考え始めていた。


「あんたねぇ。私の方が妹として先輩なんだから敬いなさいよ」

「お断りです」

「なんで私の言うことが聞けないのよ!」

先輩(・・)の奴隷になったわけじゃないのですよ?」


 そんなこともわからないのかと白菊はアヤカを冷ややかに眺める。

 と、くるりと一回転しながらアヤカがベッドから離れると、軽やかに床へと降り立った。


「っ!?」


 アヤカの突然の行動に、白菊は枕を強く抱きしめながら壁へと後ずさる。

 背中を向けるアヤカから放たれる不気味な気配に、得体のしれない感覚が白菊の全身を駆け巡り脳内に最大級の警報を響かせた。


「何をするつもりです! 誓約を忘れたのですか!?」


 神霊の類である彼女たちにとって、誓約の反故は存在を危うくさせるだけの反動をもたらす。


 そうである以上、白菊が誓約を破棄しない限りアヤカは彼女へ危害を加えることは出来はしないはず。

 自分を誤魔化すような言葉に、説得力はなく白菊は体が震えるのを抑えきれない。


「動くなです!」


 涙目で懇願する白菊に、アヤカは首だけ回して愚か者を見下すような視線を送る。

 何も分かっていないと目で語るアヤカだが、白菊の疑念は余計に深まるばかりだ。

 

「別にあんたには何もしないわよ」

「……」


 沈黙の回答に興味を失ったアヤカは視線を切ると、時計へと顔を向ける。


「そろそろ時間だから私は行くけど、あんたは一人でそこに居たら?」


 夕食まではまだ早いし、今夜は特選科全員で取ることを約束している。

 購買部へ何かを買いに行くにしても時間はあまり関係がない。


「一体、どこに行くつもりなのです?」


 八を差した時計の長針が示す意味は、白菊には察することが出来ない。

 しかしそれを放置しては余計にまずいことになると直感を得た白菊は震える口でなんとか疑問を投げかけた。


「そんなの決まってるじゃない。愛しのお兄様を覗きに――じゃなくてお兄様の背中を流しに行くのよ!」


 説明されても理解できなかったので意味がなかったかもしれないが。


 ベッドで震える白菊にくるりと体を向け、胸をそらして声高らかに宣言をするアヤカだが白菊の視線は唖然としたもの。

 アヤカとしては期待していた反応と違い少し困ってしまう。


 何がダメだったのかと考え、そして再び口を開く。


「……お兄様の背中を流しに行くのよ!」

「二回も言わなくても聞こえているです」


 しかし白菊は理解出来ない。


 先程アヤカは歩からかなり強く言いつけられていたし、アヤカも仕方ないと納得していたではないか。

 それは一体何だったのか。


 正規のものではないとはいえ、口約束と言えども契約は契約。

 違えるのは神霊の末席に居るものとして恥ずべきことだ。

 だというのに目の前の少女は最初から守る気などなかったように見受けられる。


「というか、お兄様ってまだそんなこと言っているのです?」


 バカバカしい。

 日本に住まう神霊は清らかな乙女以外に力を貸すことは神々の協定に基づき禁忌とされているし、監視者の目を誤魔化すことなど生半可な手段では不可能なのだ。

 そんなこともわからないほどこいつはポンコツなのかと憐れみすら白菊は覚えてしまう。


「事実だもの。誓ってもいいわよ?」

「それじゃ誓うです」

「ためらいなく言ったわね!?」


 憤慨するアヤカに白菊は嘲笑を返す。


 当たり前だ。

 勝率十割の勝負、危険性ゼロなのに高配当なのだ。

 他の神が支配する領域で支配者を緊縛するような埒外の存在の力を削げる好機ならば迷わず掴み取って当然。


 白菊は昏い喜びが胸中を満たすことを感じていた。


「まぁいいわ、宣誓、私アヤカは次の発言では一切の偽りを含めません。一ノ瀬 歩は男です」

「ふぇっ!?」


 必勝の勝負だったはずなのに、すぐにペナルティが与えられ苦しむはずだったアヤカには何ら変化がない。

 それどころか、自分が泥沼にはまっていたことに彼女は気が付き蒼白となる。


「だ、騙したのです!?」


 宣誓を誤魔化した可能性を考えるが、単純で短い言葉では偽りようがない。

 そもそも存在を賭した宣誓は自身と行うものでもあるので誤魔化すことなど不可能だ。


「私は最初からお兄ちゃんっていってたわよ? 勝手に勘違いしたのはア・ナ・タ」


 とろけるような甘い声色が耳朶をくすぐり、脳を痺れさせる。


 耳がキーンとなり、視界がゆがむ。

 もし立っていたならばへたり込んでいたのは間違いない。


 歩は事実男であり、アヤカはどういうわけかはわからないが監視の目を掻い潜り男へと力を貸しているのだ。

 それも神霊でありながら自ら零落し、人の身分を偽って。


 そういった存在に、白菊には心当たりがあった。


「悪魔……」

「失礼ね、魔性の女と呼んで頂戴」


 神霊にとっては最低最悪の暴言である台詞を受けてもアヤカは微動だにしない。

 むしろ誇らしいとでも言うかのように微笑んだのだった。

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