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第二話 対価

「どうしてこうなった……」


 はっきりとしない意識の中、脳内に響く声に従い襲い来る敵機を撃ち落とし続けること幾星霜。

 永遠とも思われた戦闘も気がつけば敵は引き始めていた。


 だが声の主は歩を叱咤激励。

 更に撤退する敵機のあとを尾行し、言われるがままに空母へと攻撃をしかけ、撃沈した。


 まるで夢でも見ているかのような現実感のなさは、朝日が登るとともに佐世保へと戻った自分たちを取り囲んだ海軍陸戦隊によって消し去られた。


「もうっ、お兄ちゃんっ(・・・・・・)。しっかりしてよー」

「……」


 簡素な椅子と机、そして天井にランプがあるだけの小さな小部屋――取調室に入室したのはほんの数分前。

 緊張した面持ちの兵士たちは、現在二人しかいないその部屋に彼女らを連行しすると、暫く待つようにとだけ言い残し逃げるように部屋を出ていった。


 もっとも、連行と言ってもその扱いは非常に丁寧なものであったが。


「なぁ……。彩香、じゃないよな?」

「えー? どうしてそう思うの?」


 歩の前には机に腰を掛ける妹らしき姿がある。

 指を頬に当て、コテリと首をかしげる姿は愛くるしい。


 肯定も否定もしない彼女は、見た目だけならば間違いなく妹の彩香だろう。


「……、彩香はそんなはしたないことはしない」

「え? あー、そっかー。それじゃ椅子に座ればいい?」


 何かに気がついたようなハッとした表情を浮かべると、彼女は椅子から飛び降りて舌を出して笑った。

 天真爛漫を形にしたようなその態度は、歩の知っている妹とは全く違うものだ。


「喋り方も違う」

「もー、お兄ちゃんは細かいなぁっ!」


 腰に手を当てると頬をぷくーっとふくらませる姿は年相応といったもの。

 元の端正な顔立ちも相まって、同年代の少年たちが見れば思わず頬を染めてしまうに相違ない。


 誰もが心を惹かれる容貌とその仕草、しかし話を続けるにつれて歩は心に澱が沈んでいくことを感じていた。


「妹は、彩香はっ、俺のことを……」


 『お兄様と呼ぶんだ』


 その言葉は、口からは出せなかった。


「うっ……、うぐ……」


 その代わりに嗚咽が口から溢れる。

 目の前の女は彩香ではない。


 だとしたら彩香はどこにいった?

 決まっている。


 きっと、あの騎士に殺されてしまったのだろう。

 薄れゆく意識の中で、最後に感じた左手の温もりが妹の最後だったなんて。


 握りしめた左手を右手の手のひらで軽くなぜる――と、そこで遅まきながら気がつく。


「手が、ある?」


 敵の騎士に撃ち抜かれ失ったはずの右手、そして両足があるのだ。

 だからなんだという話ではあるが、|汚れ一つ無い綺麗な手足・・・・・・・・・・・・を見て、もしかして昨晩のことは夢だったのではないかとかすかな希望を感じてしまう。


「驚いた? 神の奇跡ってやつよ」

「っ!」


 不意にかけられた声に顔を上げると、息のかかる距離に彩香の顔があった。

 そしてそのまま――。


「ムッ!? ムググ!! ンー! ンー!!」

「ハムッ、ヌググ……」


 突然の不意打ち、ゾワリと口内に異物が入ってくる感触と腰から力が抜けていく感覚。


 慌てて彼女の両肩に手をおいて引き剥がそうとするがかなわない。

 いつの間にか首に回されていた腕は、一体どこからそれだけの力が出てくるのかという程の力で逃げようとする歩の顔を押さえつける。

 サラサラのきれいな黒髪が歩の熱くなった耳元で楽しそうに遊んでいた。


 意識が徐々に薄くなり、全身に力が入らなくなってくる。

 混乱する頭と、言うことを聞かない体。


 蹂躙されるということはこういうことか。


 歩の脳内が白で染められる直前、彼女は手を離した。


「ぶはっ……。な、何を……」

「ふっふー、ごちそうさまっ」


 力の入らない腕をダランと垂らしたまま顔を真赤にして抗議の声を上げるが、彩香の姿をした彼女はぺろりと自分の唇を舐め回すと艶っぽく微笑を浮かべる。


「ご、ごちそうさまって……」

「知らないの? 奇跡には対価が必要なのよ?」


 そう言うと彼女は再び机に腰を掛けると楽しそうに歩へウィンクを投げるのだった。



「……、それで、妹は……」


 しばし呆けていたものの、なんとか気を取り直した歩は口元を腕で拭いながら『妹の姿をした妹ではない彼女』へと問いかける。


 夢ではない、これは現実。

 だが、妹が無事である可能性だってまだ捨ててはいないのだ。


「うん? 私の正体とか昨晩のこととかじゃなくて妹のことが先なの?」

「……」


 茶化すように言う彼女の言葉に、歩は鋭い眼光だけを送る。

 誤魔化すなと、正直に言えと、でないとどうなるかわからないと。

 強い気持ちを込めて。


「……はぁ、生きているわよ?」


 その迫力に押されたのか、彼女は軽くため息をつくと妹の無事を歩へと告げた。


「ど、どこに!?」


 彼女は一瞥すると机から再び降り、隣の椅子へと腰掛ける。

 そして未だ全身が動かせない歩へとしなだれかかり、自分の胸元を軽く指で叩いた。


「こ・こ・に」

「ふざ、けているのか?」

「ふざけてないってば、ほんとにここにいるのよ?」


 少し慌てたように彼女は体を少し離すと説明を始めた。


 曰く彼女は神であり、歩と彩香の願いに答えて顕現した。

 しかし二人の願いは因果律を大きく変える必要があったため、その対価として彩香の肉体を貰い受けたそうだ。

 もっとも、彩香の魂はその肉体から離れてはおらず、今は眠っているだけらしい。


「な、なんで彩香だけそんな目に合うんだよ!? 俺の体だって良かっただろ!?」


 どうして彩香だけが対価を払うことになるのか、持っていくのなら自分の体にしてくれたっていいだろう。

 神様を相手にしているというのに、憤りの言葉が口から突いて出る。


 それほどまでに、歩にとって妹は大切な存在だったのだ。


「うんうん、そうだね。君にとって妹はとっても大切なモノだったわけだ――だからこそ対価にふさわしい。そうは思わないかい?」


 これまでとは打って変わって表情が抜け落ちた顔で歩を見上げてくる彼女の目は薄暗く。

 そこにはどこまでも引きずり込まれそうな闇があった。


「なんってね?」

「っ!」

「あはは、冗談だよ、お兄ちゃん?」


 再び笑みを顔に貼り付けるが、その目は笑っていない。

 歩はあまりの迫力に思わず飲み込まれそうになるが、歯を食いしばりにらみつけた。


「それに、彩香ちゃんだっけ? 妹ちゃんだけが対価を支払ったと思ったら大間違いだよ?」

「なんだよ、それは……」

「ふっふー、よーっく自分の手足を見てみればいいんじゃないかなー?」


 なにかおかしいことに気が付かない?

 そういいながら彼女は楽しそうに口元を歪める。


「手足? 別におかしなことは……っ!?」


 そう、『|汚れ一つ無い綺麗な手足・・・・・・・・・・・・』だ。

 油にまみれて作業をしているはずの工員の自分の手足が、汚れ一つ無いのだ。


「それになんか小さいし細い……?」


 ゴツゴツとした男らしい手足だったはずなのに。

 どうして気が付かなかったのか、まるで白魚のようにか細い指先にちょっと力を入れるだけで折れてしまいそうなか細い手足。


 それは、まるで妹の彩香のもののようで――。

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