第十三話 最初の一歩
「もう、話が進まないじゃないの」
不満気に唇を尖らせる八城は、それでも二人と話がしたいようで席を立つ気配はない。
まぁ今席を離れると更に奇異の視線を集めてしまうので離れられないのかもしれないが。
「えーっと、それでそのペンダントはなにか特別なものなのですか?」
「ふふっ、気になる? 気になるわよねぇ?」
「ええ、まぁ」
話を無理やり戻した歩をみて、八城は嬉しそうにテーブルの上に置いたペンダントを撫でる。
面倒くさいと思いつつも、ここで気にならないと返せるほど歩は空気が読めないわけではない。
それに適当に話に乗っていれば時間も潰せるし、アヤカが暴走することもないだろうと歩は興味を惹かれているふりをした。
隣で小さく『おっぱいおっぱい』と虚ろな目でつぶやくアヤカの相手をしたくなかったというのもあったが。
「二人には特別に見せてあげるわ」
「はぁ」
きめ細かい長い指がペンダントに触れるとその蓋が開かれる。
中には小指の先程の大きさの透明なガラス質の塊が収められていた。
「これはね簡易測定器のカ・ケ・ラ。貴女たちも壊したとは思うけど、私は見ての通り割るだけじゃなくて砕いたのよ!」
どうやら彼女はこれを自慢したくて仕方がなかったようだ。
八城いわく、甲種一類合格者はその力の大きさにより総じて簡易測定器を破壊してしまうらしい。
だが大抵は水晶にヒビを入れるだけで、砕くほどの実力の持ち主はごく僅かだそうだ。
「驚いた? ここまで細かく砕けたということは甲種一類合格者の中でも間違いなく最上位。つまり今年の主席は私ということよ」
一番最初に呉へと到着した彼女は、既に他の合格者たちとも会話済み。
その中で間違いなく自分が一番であることを確認していたらしい。
「貴女たちの欠片も見たかったけれど、その様子じゃ必要なさそうね?」
歩たちは今初めて知ったが、測定官は最初にその才を表した記念として甲種合格者には水晶の欠片を桐の箱に入れて渡すものらしい。
そして新入生は、砕けた水晶の欠片の中でも一番小さいものを持ってくるものだそうだ。
そのため例年このやり取りは行われており、江田島女学校の春の風物詩にもなっていると。
しかし歩たちはそんな話は聞いていないし、そもそも測定器は目の細かい砂状にまでなっていた。
一番小さい欠片など当然残っていないし渡されてもいない。
八城は気まずそうにする歩の様子を見て満足したらしくそれ以降は別の話題になったため助かったが、歩は測定以降姿を見なくなった月見里少佐を少し恨んでしまうのだった。
百人を超える女学生を乗せたフェリーは、汽笛を鳴らすとゆっくりと桟橋から離れていく。
陽光の降り注ぐ甲板デッキでは歩を始めとする九人のうら若き乙女たち、未来の戦乙女が海風に色とりどりの髪の毛を揺らし煌めかせている。
甲板の先頭に立つのは歩とアヤカの二人。
二人は他の少女たちに向かって改めて敬礼を行った。
「佐世保からきました。一ノ瀬 歩です」
「妹のアヤカだよ。よろしくね」
その面前には八城他六名の少女が同じく敬礼を行っている。
これに歩とアヤカを含めた合計九名が本年度海軍に配属された甲種一類以上の合格者となるわけだ。
皆、神格適性が高いだけあって町中ですれ違えば思わず振り向いてしまうほどの美しい少女たち。
彼女たちは先程のラウンジで既に自己紹介を済ませており、歩たちとも自己紹介をしようと待っていたのだが八城の話が長すぎたせいで出港の時間が来てしまっていたのだった。
「僕は二階堂 真奈。横須賀予科練出身だよ」
「三枝 結衣です……。検査組、です……」
「同じく検査組の四谷 里奈や、よろしゅう頼みます」
「俺は五十嵐 文呉予科練出身だ。よろしくな」
「六波羅 希。検査組よ」
「七辻 愛華ですぅ。恥ずかしながらカナちゃんと同郷ですぅ」
「八城 叶よ。さっきも言いましたけど予科練出身ですの。ところで愛華、恥ずかしながらって何かしら?」
これからの学生生活に心をときめかせる少女たちを乗せ、船は一路江田島へと向かう。
「主席の挨拶もちゃんと考えてあるのよ!」
「ソウデスカ……」
江田島の桟橋は黙して何も語らない。
ただ神に見初められし少女たちをその背に乗せるのみ。
「え? 皆バス移動なのになんで歩さんたちだけ専用の自動車なの?」
そして、校舎へと続く石畳は塵一つなく新入生を迎え入れる。
案内された教室の机の上には、彼女たちが袖を通すのを今や遅しと待っている空色を基調とした江田島女学校の制服が並ぶ。
まもなく始まる入学式にふさわしいその色を彼女たちは纏う。
「新入生代表、一ノ瀬 歩学生」
「はいっ!」
「え? どうして? なんで歩さんが代表なの?」
この先二年間、江田島で教育を受けた彼女らは戦場へと飛び立つ。
だが、今一時だけは青春を享受する権利を与えるのは大人のエゴか、神の気まぐれか。
新品の制服に身を包んだ彼女たちは、先に待つ試練を未だ知らない。
「ねぇ……、二人とも特類合格だったならなんで教えてくれなかったのよ……」
「その、なんというか……」
「青長のリボンは特類の証でしょ。そんなことにも気が付かないなんて、栄養全部おっぱいに吸い取られてんじゃないの?」
「貴女辛辣すぎない!? 少しは慰めの言葉とか無いわけ!?」
致死率五割、五体満足で任期満了を迎えるのは僅かに二割と謳われた世界へ、彼女たちは最初の一歩を踏み出した。




