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第一話 佐世保の悪夢

時は幕末、黒船の来航により日本は危機に陥った。

黒船には神の力を宿した装備を持った騎士たちが乗っており、異なる神を信奉する日本を蹂躙しようとしていたのだ。


騎士たちの剣は武士の刀を裁ち、鎧をも切り裂いた。

彼ら力は圧倒的で、日本人の運命は風前の灯のように思われた。


だが、日本に住まう八百万の神々は日本人を見捨てていなかった。

助けを求める真摯な祈りに答えた神々は、『祝福』を清らかな少女たちに与える。


神々の祝福。

それは彼女たち――戦乙女――の肉体を強化するだけでなく強力な装備、霊装へと変わる。


多くの血を大地へと吸わせた異国の騎士たちとの戦いは、使徒による黒船の撃破により日本の勝利に終わるのだった。


――それから時は流れ、一度の世界大戦を経てた1939年12月初頭。


アメリカ合衆国からの先制攻撃により、佐世保は紅く染まる。



「どう、なってんだよ……!?」


 深夜3時、寒風吹きすさぶ中、一ノ瀬 歩(いちのせ あゆむ)は空襲警報に急かされ防空壕へと急いでいた。

 左手に妹の彩香(あやか)手を握り、右手にはなんとか持ち出せた防災袋。


「お兄様……」

「大丈夫だ、俺がついてる」


 不安気な妹の声に空元気で答える。


 多くの不幸に苛まれ(さいなまれ)ながらも親戚のツテで海軍工廠に勤務することとなり、ようやくまともな生活を送れると思った矢先のこれだ。

 思わず悪態をついても仕方がないというものだろう。


「あと少しだから! この角を曲がれば――」


『防空壕の入り口だ』


 そう口にしようとして、思わず足を止める。


 視線の先には入り口から炎を吹き出す防空壕と、見覚えのない小銃を手にした騎士が中空に佇んている。

 四肢、そして頭部を覆っている無骨な意匠の装備は淡い燐光を放つ。


 そして、炎に照らされた左腕部の装甲には星条旗がその存在感をアピールしていた。


「アメリカの、航空騎士……?」


 日米は緊張が高まっているとはいえ未だ開戦前だったはず。

 だというのに、なぜここに?


「Hello」


 歩のつぶやきに気がついた騎士は、こちらへ振り向くと英語で話しかけてきた。


 陽気な軽い声は、仄暗い銃口さえ向けられていなければ警戒を緩めていたものだろう。

 それほどまでに楽しげな声だった。


「っ!」


 燃え盛る炎を背景とした彼の表情はよく見えず、何を考えているかはわからない。

 しかし不意に嫌な予感を覚えた歩は直感に従い彩香を突き飛ばす。


「きゃっ!?」

「逃げろ!」


 歩の予感は直後に現実のものとなった。


「Goodbye」


 騎士の言葉に合わせ、ターン、ターン、ターンと小気味良い音が夜空へと響き――全身を襲う衝撃と直後に襲ってきた強烈な熱。


「グガッ!」


 土の地面に倒れ込みながらもなんとか顔だけは相手へと向ける。


(俺は、俺はここで死ぬのか……?)


 相手は神の力を授かった騎士で、対するはただの工員。

 抵抗の手段はなく、避難先の防空壕は既に焼かれている。


 歩は、もうただ殺されるのを待つだけの存在でしかなかった。


(だが、妹だけでも!)


 それでも、まだ出来ることはある。

 兵士の注意を自分にひきつけることができれば妹だけは助かるかもしれない。


 全身を焼くような痛みに堪え、なんとか起き上がろうとしたがベチャリという音とともに血溜まりに沈む。


「ぐはっ……」


 それはそうだろう。

 体を起こすべく動かそうとした右腕は無く、立ち上がるための足も無い。

 これでは、囮にすらなれない。


「お兄様……?」

「っ!」


 歩の苦悶の声に、いつの間にか起き上がっていた彩香が声を上げる。


「Muu?」


 幸い壁で隠れて兵士からは見えていなかったというのに、完全に気づかれた。

 兵士は、確実に彩香を殺すだろう。


「くそ、クソ、クソクソクソクソ……」


 歩は唯一残された左手で地面を叩く。


 分かっていた。

 妹は清らかで、心根の優しい娘だ。

 決して傷ついた兄を置いて逃げられるような子ではない。


「お兄様!? なんで! どうして!!」


 歩の思いとは裏腹に、半狂乱で駆け寄った彩香は彼の左手を包み込むように握った。

 手に滴るのは、決して零させないと誓ったはずの彼女の涙。


「お願い、一人にしないで!!」


 必死に努力して、やっと手に入れたばかりのささやかな幸せ。

 それが今、手折られようとしてる。


「神様でも悪魔でもいい……、頼むよ……、せめて彩香だけは……」

「神様でも悪魔でもいいっ! お願い、お兄様を助けて!!」


 俺はどうなっても構わないから……。

 私はどうなっても構わないから!


 切なる願いの声は、残酷な銃声にかき消された――ように思われた。


「その言葉に嘘偽りはないな?」


 薄れゆく意識の中で俺は、俺たちは誰かの声を聞いた。



「そんな馬鹿な!!」


 激高しテーブルを叩きつける小太りの男。

 彼は部下から渡された報告書を握りつぶし震えていた。

 敵機をとらえた貴重な写真を破損しなかったのは彼のかろうじて残すことに成功した理性の賜物だ。


「し、しかし閣下、帰還した騎士たちの報告では……」

「そんなことは分かっておる!!」


 怯えながらも不愉快な報告を口にする部下を睨みつけずにはいられない。

 それほどの衝撃だった。


「ありえん……」


 自身が司令を務める空母艦隊から出撃した自慢の航空機郡、そして神の祝福を受けた騎士たち。

 数時間前に出撃を見送った際は、栄光は我が手にあると欠片も疑っていなかった。


 しかし蓋を開いてみれば航空機は半数が未帰還という大損害。

 そしてそれ以上に甚大な被害を航空騎士たちは受けていた。


 無事に帰還できたのはたったの四騎。

 敵の欺瞞情報を掴まされており、大軍が待ち構えていたのかと思えばそうではない。


「たった一騎を相手に第二航空騎士隊が一方的に叩き落された、だと?」


 報告が正しいのであれば、そう、報告が正しいのであれば僅か一騎の騎士、いや、日本では戦乙女か。

 ともかくたった一騎の敵機に、栄光あるアメリカ合衆国海軍が敗北した。

 その事実は信じがたいものだった。


「撤退いたしましょう」

「し、しかし……」

「どうやってかはわかりませんがおそらく連中、事前に情報を掴み罠を張っていたのでしょう。でないと十八騎もの航空騎士がたった一騎に蹂躙されるなどありえません」

「そうなると追撃もあり得るかと」

「閣下、決断を……」


 部下たちの進言に司令官は視線を落とす。


「佐世保からは千キロ以上離れている。相手が単機能特化型なのであれば我々は安全圏に居るはずだ……」


 どれだけ優れた能力を持っていても、その行動半径は有限だ。

 高い戦闘力を持っているのなら他のなにか、例えば稼働時間等を犠牲にせざるを得なくなってくる。


 それこそ彼らのように輸送用の航空機に搭載し運搬でもしない限りは、遠く離れた艦隊まで件の戦乙女の手は届かない。

 当然輸送機を持っているのは彼らだけではないのだが、不都合な事実に目を向けられるだけの余裕を持っている者は艦橋には一人も居なかった。


 甚大な被害を被った挙げ句、戦果は中型船数隻を撃沈したというものだけ。

 それも未確認と来ている。


「もしや相手はただの戦乙女ではなく、情報部の報告してきた『使徒』と呼ばれる連中の切り札なのでは?」

「情報部の連中、アルコールに毒されていたわけじゃなかったのか」

「何より未知の敵との遭遇です。少なくとも秘匿されていた戦力の出現、まずは情報を持ってかえることが先決かと」

「だが、だがこれでは……」


 帰還すれば間違いなく処分が待っていることだろう。

 なにせ無理を言って預かった航空騎士隊を大した成果もないまますり潰してしてしまった。


 順調に出世コースを歩んできたというのに、こんなところで躓くなど彼は想像すらしたことがなかった。

 いずれは元帥にと目論んでいたというのに、このようなところで夢が散るなんて。


「黄色いっ! 出っ歯でっ! 極東の猿にっ!! 合衆国海軍の栄光が汚されるとは……!!」

「……」


 重い沈黙が艦橋を支配する――もし、この時素早く撤退の決断をしていれば、彼は帰還後の処分を受けることが出来た(・・・・・・・・・)かもしれない。


「すまんが少し一人で考えさせてくれ……」

「はっ」


 しかし彼は夜風に当たると言い残し、艦橋を離れた。

 結果、望み通り夢を果たすこととなるのだった。

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