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第九話 追憶

ふと気がつくと、森の中にいた。見たことがあるような、初めて来たような。

不思議な感覚に流されるように足が一歩、二歩と前に進む。


「……は、思ったことはないの?」


不意に隣から、声。どうやら歩いていたのは俺一人じゃなかったらしい。

隣を向く。隣人の体があって……顔は見えない。


「さぁな……俺は飛びたいから飛んでるんじゃない」

「ふふ、なぁに? それ」


口からは勝手に言葉が出てくる。その段階になってようやく分かった。

ああ、これは夢だ。俺の記憶を元にした夢、都合のいい情景。


「別にいいだろ、俺にとって飛ぶことは目的じゃなくて手段なだけさ」


口からは、相変わらず言葉が勝手に漏れていく。

漏れていく言葉と、勝手に動く口に身を任せながら、ようやく少し思い出す。

これはいつか、俺が交わした会話。いなくなってしまったアイツ・・・との、多くはない思い出。


ーーー


「わ、たっ、ちょお!!」


今思い返しても、随分と変な言葉だ。けれど、これが彼女アイツとの縁の始まりだった。


「よけてよけてよけて! ぶつかる!!」

「へぶむ!」


空から、いやその時は木の上からだっただろうか。とにかく彼女は降ってきた、唐突に。

当然、避けられるはずもなく、そのまま押し潰されてしまう。


「いたた……」

「おも……い」

「あれ? あんまり痛くない……?」


どうやら上に乗ってきた人物は無事らしい。

と、それはともかく。


「そろそろ退いてくれ。流石におも……」

「わわ、ごめんなさい!」


ふわり、とそんな音がする勢いで体が解放される。まるで急に重さが消えたような感覚。


「ごめんね、飛ぶ練習してたんだけど、ちょっと失敗しちゃって」

「…………」


それもそのはず。目の前の彼女は浮かんでいた。

背中には、翼。その翼でもって今、目の前で宙に浮いている。

白い羽の生えそろった、綺麗で。それでいて柔らかそうな、紛れもない翼。

本人の銀髪と相まって、とてもきれいに見えた。


「……って、あれ? も、もしかして怒っちゃった……?」

「きれいだ……」

「え……!?」

「ん……?」


慌てて口を押さえる。

まて、今なにを思った? なにを口走った?

目の前にあった顔がどんどん赤く染まっていく。


「あ、あー……えっと、翼がきれいだなって」

「あ、あー翼、翼ね。なーんだ」


慌てて取り繕う。彼女もそれに納得しようとしているのか、頷いてくれた。


「ふぅ……でも、あれ? 翼ならあなたにも生えているんじゃないの?」

「生えてねーよ。俺はただの人だからな。……ほら」


言って、背中を見せる。もちろん服の上からだけど、そこには翼の生えているような感じはない。

ただの人の背中があるだけだ。


「わ、本当ね。初めて見たかも……」


言いつつ、後ろから手が延びてくる。延びてきた手は、そのまま俺の背中を撫でる。


「初めて見たって、そんなことないだろ」

「んーん、初めてだよ。」


触れられた部分は暖かくて、少しくすぐったい。

それがしばらく続いてから、指が離れる。


「……まだ名前言ってなかったよね。私は……ベル。あなたは?」

「…フォルドだ」

「そう、よろしくね、フォルド」


言って彼女は微笑む。その顔に俺もうなずいて、そして。


「っ!!」


頭に痛みが走る。それに合わせるように周囲の景色が歪む。

俺のいる場所も、景色も、そしてベルの顔ですら、歪んで消えていく。


「つめた…」


顔に水が当たる。空を見上げるとどんよりとした曇天。

雨が降っているらしい。その雨がどんどんと、顔に当たる。


「そうだ、ベルは…!?」


辺りを見渡しても、いない。

その事を確認してようやく、気がついた。腕の中に、何か暖かいものを抱いていることに。

途端に心臓がはやなる。連鎖するように記憶が溢れてくる。

鮮明に、明確に。痛いほど、泣きたくなるほど鮮やかに。


「そんな…うそだろ…ベル!」


ベルがいた。

その髪と翼に、赤い何かをこびりつけて、目を閉じたベルが。


「…ああ、あなたは無事、だったのね…よかった」

「こんな時まで、人の心配してんじゃねーよ…!」

「だって、本当に嬉しいんだもの…」

「う、ぐ…。とにかく今誰か人を…」

「だめ、もう間に合わないわ」

「ふざけんな!!」


自分でも驚くほどの声が出る。

だというのに、ベルは微笑んで手を伸ばす。


「いいの。…でも、聞いて」

「だめだ、そんな最後みたいなこと言わないでくれ! 俺が絶対…」

「聞いて、おねがい」


強い力で顔を掴まれる。正面から見たベルの目は揺れるどころか、まっすぐと俺を貫いていた。

その目に、気圧される。気圧されてしまう。


「その翼を捨てないで」

「バカ言うんじゃねーよ、こんなものが、こんな偽翼あるからお前が…」

「ううん、違う。だって私は大好きだもの、あなたの翼」


顔を掴んでいた手がそっと離れる。離れたその手は、そのまま偽翼に触れて。


「だってほら、あなたの翼、とっても輝いて……。……」


言葉が途中で途切れる。それと同時にぱしゃり、と何かが地面に落ちる音。

落ちたそれ(・・)が地面の水を跳ね上げる音が響き、そして。


ーーー


「ん…朝か」


目が覚める。体を起こして周りを見ると、見慣れた店の風景。

すぐ横には、布を被った偽翼の試作が一つ。昨日の夜に少しばかり組み始めたものだ。


「…ああ、忘れてないぜ、ベル」


確かめるように呟いて体を起こす。新しい朝は始まったばかりだ。

そして、新しい約束も。

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