第八話 身体測定
「よし、じゃあいったん授業はここまでだ」
言って手を叩くと、不思議そうな顔をするヘリシア。
「ここまで……ってじゃあ今日はもう終わりか?」
「授業『は』、な。……ちなみにどうだった? これからも授業は聞いてくれるか?」
「う……」
返す言葉で聞くと、言葉を詰まらせる。朝のあの言葉を気にしているんだろう。
それでも。
「確かに私の知らないことだった。……だから、その……これからもよろしく頼む」
「ん、よし。……じゃあ、早速で悪いがこれに着替えてくれるか?」
近くのテーブルから袋を取り、渡す。ちなみにその中身は……。
「別に構わないが……。授業はしなくていいのか?」
「まぁそっちも大事だが、今俺たちは何もかもが足りない。だからいろんなことを並行してやらないとな」
「む、そう言われてみればそうか。分かった、なら少し待っていてくれ」
「ああ」
言って、二階に上がっていくヘリシアを見送る。
「さて、じゃあこっちも準備をっと……」
その背中が、足が見えなくなるまで待ってから、必要な道具を出し始める。
(椅子、はいつものでいいな。あとはロープと……)
そうして部屋を準備して少し。二階からドタバタと激しい足音がした後。
「お、おおおお前! この服は何だ!? こんなもの着れないぞ!!」
先ほど手渡した服に身を包み、顔を赤らめたヘリシアが突撃してきた。ちなみにさっき渡した服は目的のため、かなり布地が少なくなっている。なので必然、さっきまでよりも極端に肌面積が大きくなっている。
「着れないもなにも……しっかり着てるじゃないか」
「そ! それは……その、お前が……着ろって……」
「?」
もにょもにょと言葉が小さくなる。最後の方はほとんど聞き取れなかった。
「と、とにかく! なんだって急にこんなの着て欲しいと言ったんだ!?」
「ああ、そういうことか」
お前の趣味か? なんて言外に言われては否定するしかない。
いや、完全にそうとも言い切れないあたりがあるが、それはそれ。
「取り付ける義翼のためさ」
「義翼の……?」
「そ。体に装着するんだから、その体に合うように作らないとだろ? だからそれを今から測ろうと思ってな」
「…………、わかった」
少し間があったものの、そう言って納得してくれる。
まぁ確かに普段着ることなさそうだもんな。ともすれば寝巻きなんかより薄くできている服だ。
さらには、体のラインがわかりやすいようになっているのだから、そんな反応にもなるか。
「よし、納得してくれたところで……その椅子に座ってくれるか?」
指差しながら促すと、今度は特に文句もなく従ってくれる。
それを見つつ、手元に道具を揃えるのを再開する。えーとあとは……。
「と、あったあった」
「なんだ、何か探していたのか?」
「ああ、でももう見つかったよ」
立ち上がろうとするヘリシアを手で制してから、道具を手に取る。
それから椅子に向かう途中で、一塊の装飾を取り、やっと椅子のすぐそばまで持ってくる。
「じゃー始めるな? 少しくすぐったいかもしれないがじっとしててくれ」
返事はない。が、その無言は肯定の意に取る。
(って、まさかここまできて拒絶することもないか)
「……ひぁ!」
「…………ん?」
そう思ってロープで腰のあたりを測ろうとして、上からそんな声が振ってきた。
どうやらロープと一緒に、手が当たっているらしい。
(ふーむ……?)
「わり。手、冷たかったか?」
「…………(ふるふる)」
「そか。どうしてもあれなら温めてくるけど……」
聞くと、また首が横に振られる。それにしてはさっきから体がピクピクしてるみたいだが……。
「じゃあもう少し我慢なー」
「…………(こくこく)」
別に声を出しちゃいけない、なんて行った覚えはない。
ないのだが……だからこそ、だろうか。そうやって我慢されると、少しばかり弄りたくなってしまう。
俺もまだまだ若いらしい。
「ここがこうなってて……」
「…………」
「で、こっちがこのくらいか……」
「……ん……」
「腕は……なるほどなるほど」
「……ふ……ぁ……」
測りながらメモを取るべく、椅子と机の側を行ったり来たり。
そうしていくうちに、測る場所はお腹から上に登っていき、ついには首辺りまで来た。
「これで最後だ。大丈夫そうか?」
「……(こくこく)」
頷くものの、その首はもはや真っ赤だ。
これ終わったら殴られるんだろうな、とそう覚悟し、その首筋に手を付ける。
「は……ひゃ!!」
手を……。
「んん!……」
手ーー。
「……(ぷるぷる)」
(ふー……)
手を下ろし、意識して息を吐く。もう一度あげた手で、今度は自分の頭を掻いてから。
「…………? もう、終わったのか?」
「いやすまん、まだだ。もうちょっと待っててくれ」
「分かった」
振り向きかけたヘリシアに前をむかせる。
少しばかり浮かれていることを自覚する。
「よし、終わったぞ」
「……ん? そうか」
音もなく、瞬時に測り終えてから、ヘリシアに声を掛ける。
そのまま立ち上がろうとしたのには流石に慌てたが、足に力が入っていないことにすぐに自分で気がついたのか、もう一度座り直した。
「なんだ、今日は大人しいな」
そのままこちらを向く気配がなかったので、ついそんなことを言ってしまう。
「どういう意味だ?」
「いやほら、いつもなら殴ってきそうなぐらいなのに」
「……私だって必要かどうかの判断ぐらいする。これは私にとって必要なことだったんだろ?」
「…………」
それに対して、そう言われてしまってはもうなにも言えない。
途中からは変だったことぐらいは気づいているだろうに……。それでも、最初に言った『義翼のため』というのを信じている。優しすぎるぐらいだ。
が、それはそれとして。
「ん、ならもう少し大胆に責めるべきだったか」
「…………、この……!!」
少しの間があった後。
俺の頭上に硬いものが降り注いだ。