第三話 改まった自己紹介
「さて」
ヘリシアと向かい合って食卓につく。
食卓には今日の晩飯であるオムレツと簡単なスープが並んでいる。
どちらも今日の露店で手に入れた新鮮なものだ。
「じゃあ改めて自己紹介と行こうか。つってもお前は俺のこと知ってるんだっけ?」
「それはもちろん。なにせ私の憧れだったんだ」
「過去形なのが妙に気になるところだが……まぁそれはさておき。それならお前の知っていることを話してくれ。俺自身がどう言う風に世間で言われてるのかも気になるしな」
「わかった」
「っと、その前に。どした? 食べないのか?」
特に「待て」をしたわけじゃないが、それでも彼女は食事に手をつけていない。
「だって、私が食べたらまた食料の危機が……」
「なんだ、そんなことか。安心しろって。そのために今日買い込んだんだからさ」
実際、そこまでの危機じゃない。ほとんど冗談のような話だったんだけど……。
そこまで気にしちゃったか。
「ほ、ほんとか? もうひもじい思いはしたくないからな!?」
「大丈夫だって。ほら、早く食べないと冷めちまうぞ」
「あ、あぁ。じゃあ……」
かちゃり、と手元の匙を手にオムレツへ向かい合う。
なるほど、確かに初めての一人旅でお腹を空かせる場面はいくつもあっただろう。
それを失いたくない、か。
「あふ……っと、んぐ、ん……。っとお前の話だったな」
ひとしきり口にしたあと、匙を一度止めてヘリシアがこちらに向き直る。
まだ物足りなさそうな顔をしているが、また後で追加すればいいだろう。
それより今は。
「私の知ってい範囲では、と言うことになるが……」
「ああ、それで構わない。お前の知っている俺を教えてくれ」
そう言って彼女の話を聞き始めたのだが、その内容は半分正解、半分不正解、といった感じだった。
いわく、世界に数少ない義翼職人。
いわく、ただの機械クズを売りつけるペテン師。
いわく、現役時代はムキムキマッチョの筋肉ダルマ。
そして何より、現在はただの老人、ということだった。
なるほど、確かにこんな情報では俺を見抜くのも難しいだろう。
「半分正解、なのか? 私にはほとんど間違っているようにしか見えないんだが」
「半分、というか俺にとってはそれが全てなんだけどな……。じゃあ改めて名乗ろうか。俺はフォルド。世界に数少ない義翼職人にして、ペテン師だ」
「なっ!まさか半分本当のことって!?」
「ああ、その通り。実際客商売なんて信用を失えば終わりだ。それを失った俺はまさしくペテン師なんだろうさ」
あっけからんと言うと、ヘリシアの方が黙り込んでしまった。
特に気にしたことはないんだけどな……事実だし。
それでも彼女はそう思えないらしい。
「あの時、確かに翼は墜ちた。それがまぎれもない事実だ。それが理由で俺は表舞台を去ることになったんだ。その辺のことは知ってるよな?」
「それは……ああ。知っている」
「よし、俺に関しちゃこんなもんでいいだろ。じゃあ次はヘリシアのことを教えてくれ」
わかった、としぶしぶ頷く。
その目はまだ不満げだったが、それでも口を動かしてくれた。
「ヘリシアだ。竜皇国の……その、姫だ」
「ん? ああ、騎士団が探してたのはそう言うことか。てっきり悪いことでもやったのかと思ってたが、ちょっと安心したよ」
「…………」
「? どした? 顔になんかついてるか?」
「あ、いや……お前はかしこまったりしないんだな」
「そうした方がいいならそうするけど」
「いや。いや、違うんだ。今まで、私を竜皇国の姫と知ればかしこまる人ばっかりだったからな。なんだか新鮮なんだ」
「ふーん、そんなもんか」
「ああ。だが今は私も姫ではないし、そういう扱いもあまり好きじゃない。そのままでいてくれ」
「ん、りょーかい」
かちゃかちゃと匙と食器が擦れる音がする。
自己紹介も終わり、食事を再開する……
「っと、そうだった。お代わり、いるだろ?」
手を差し出すと、素直にお皿が渡される。
その事実に内心少し嬉しく思いながら、新たなオムレツを用意する。
無論、お代わりは一度では済まなかった。