第十八話 確認 その1
「よし、じゃあ今日は確認からな」
時間は朝。すでに朝食を終えた俺たちは、レースのあれこれを確認をすべく、こうして向かい合っていた。
「昨日までで義翼の基本の部分は確認できた」
「基本の部分、ってまだほとんど何もやってないと思うが……」
「うんにゃ、あれでほとんど説明できることは終わりだ。あとは練習あるのみ、って感じだ」
そうなのか? と首を横に傾げるヘリシア。
もちろん全てを説明できたとは言わないが、それ以上を伝えても、今は無駄だろう。精々が、ヘリシアのイメージがブレることぐらいだ。それは、望むところじゃない。
「だから、昨日までに言ったことを繰り返して飛ぶ感覚を掴んでくれ」
「そんなものか……」
「ああ、そんなもんだ」
と、いまだに首を傾げているものの、一旦は納得してもらう。
そうしたところで、改めて。
「本題に戻ると、レース、エアリアルシューターまであまり時間はない」
確認するようにヘリシアに目を向けると今度は頷く。
「から、ここでルールについて確認しておこう」
「……まて」
「ん? どしたー?」
まずは、基本のルールから、と思ったところでヘリシアからストップがかかる。
なにやら頭を抱えているが、頭痛でもするんだろうか。
「普通、こういうことは最初にやるもんなんじゃないのか?」
「なんだ、そんなことか。まぁそりゃ最初にやれりゃよかったんだけどな」
さてどこから話したものか。
と言っても、特にややこしい話でもなければ、長い話でもない。最初からでいいだろう。
「なにせ、義翼ってのは感覚掴むまでは結構掛かったりするからな。それ次第では、レースの出場自体止めるつもりだったんだよ」
「む……」
「そんな顔すんなって。それでもお前はこうして感覚は掴み始めた。だからここからは、これまで以上に真剣に俺も力を入れる。そのために今、こうして確認の時間も設けたわけだからな」
そう、そもそもは確かめる意味も大きかった。
レースに出られたとして、飛ぶことすらできなければ意味がない。だからこそ、レースの確認はせずに義翼の作成を急いだ。
もっとも目の前のヘリシアは、そんな俺に構わずルールの把握をしていたようだが。
「そんなわけだ。じゃあ少しずつ確認していくぞ」
言うと、ヘリシアも顔を真面目にする。
「まずはイベントの開催日。俺たちにとってのタイムリミットはいつだ?」
「今日から数えて…一週間と言ったところか」
「その通り。だからそれまでに義翼の完成と、その義翼の操作を完璧にこなす必要があるわけだな」
うんうん、と頷く。まぁ流石に、これぐらいは知っててもらわないといけないことでもあるが。
「次、基本的なレースの流れはスタート地点を一斉にスタート。その後に海上を渡って、ゴールについた順を競う、といったものだが……。そのレース中に選手に認められていることは?」
「レースの邪魔にならない程度の食べ物や飲み物の持ち込み、それから……」
「それから?」
「それから、命を奪わない程度の相手選手への妨害」
「その通り。まぁ後者は暗黙の了解、って感じだが。これまでにもそう言ううプレイで叩き落とされた選手はいる。海の上だからほとんど怪我が残らない場合が多いんだがな」
でも、と言葉を区切る。
その妨害にも例外はある。何せレース中はかなりの速度でお互いが動き回る。
その速度のまま叩き落とされれば、水に触れた瞬間はかなりの痛みがある。さっきの『怪我が残らない』と言うのも、結果として残らないだけで、手当てをするまでは重症となる場合もある。それこそ、その選手がレースを続行できない程度には。
「? 今度はどした?」
ふと見ればヘリシアがどこか暗い顔をしている。そういえばさっき、妨害の発言も少し躊躇っていたな。
「いや、なんでもない。続けてくれ」
が、帰ってきたのはそんな言葉。
「そうか。……じゃあ続けるな」
もう一度見ても、もう暗い顔はなかった。
「それから、妨害は体を使ったものから、道具を使う物まである。と言っても持ち込むものは食べ物含め、全て事前にチェックされる。流石に命を奪うようなものまでは認められないからな」
逆を言えば一度チェックを通りさえすれば、何を持ち込んでもいいことになる。その辺はまだまだ甘いと言わざるをえないが、そう言うルールだからこそ、義翼の使用も認められてはいる。
(今大会までは形だけのルールみたいなものだったが)
それでも、それがあるからこそ、こうしてヘリシアを舞台に立たせてやれる。その背中に、俺の義翼を載せることができる。
「? どうした?」
「いや、悪りぃ。ちょっと考え事を」
今度はヘリシアに聞かれる。まるでさっきまでと逆だ。
手を振って大丈なことを伝えると、次は何を確認するかと、頭の中にあるルール表をめくった。