第十五話 授業その5
「じゃあ続けていくぞ」
パン、と手を叩いて気合を入れ直す。そのままヘリシアに目を向ければ、あちらもちょうど伸びをして気分を改めていた。
「さっき言ったように、俺たちには不思議な力がある。つっても、皆に宿ってるから、本当は不思議でもなんでもないはずなんだけどな」
「それが少し、気になるんだ。どうして皆は気がつかないんだ?」
「そうだな……。これは仮説なんだが、例えば俺みたいな人間がジャンプすると、すぐに落ちるよな?」
少し考えてから答えを口にする。といっても正解なのではなく、あくまで俺の一意見としての物だが。
「でもそれを意識する奴はほとんどいない。せいぜいが、それを考える必要が出た時に初めて『そう言えば』、と思う程度だ。それはお前もそうだったろ?」
「そう、だな」
「つまり、当たり前にある物について、俺たちは意識しづらいんだ」
「意識しづらい……」
「そ。だから多分、俺たちはこの『力』を普段から使ってるんだ。おそらく、よく分かっていないまま」
「…………」
本当はもう一つある。それは、全く知らない事には気がつけない、と言うことだ。
俺だって、このことに気がつくのにずいぶんかかった。けれど、ある時ふと思ったのだ。
『なぜ、人間には『不思議なこと』ができないのだろう』、と。
それは当然のような顔をして、実際には当然じゃなかった。
俺たちは気がついていなかっただけだ。他の種族が『不思議なこと』を起こせる理由。それはーー
「それは、竜人や、他の種族が力を使って、いろんなことを起こしている……ということか」
「ああ、多分な」
考えている途中で、心の言葉にかぶせるようにヘリシアの答えが乗っかってくる。
その通り。おそらくではあるが、彼ら彼女らには気がつくタイミングがあったんだ。その『力』を使って何かができるということに。
「まだ俺の仮説でしかないが、多分これは間違っていない。現に、俺にもお前にも力が宿っているし、そのおかげで義翼も動かすことができる」
「そう、か……」
頷きながらも、少し噛み締めるように言うヘリシア。その顔は何かに安心したようで。
「私にも、皆と同じ力が……」
「…………」
なるほど、そう言うことか。
その心配は不要だ、とは言わない。彼女はすでに、自分でその答えにたどり着いたから。
その代わりに。
「安心するのは早いぞ。何せ、普段からみんなが使っている力を、お前はこれから意識して鍛えなきゃいけないんだ。……気を抜くなよ」
「もちろんだ」
そう伝える。
良くも悪くもこれから始まるのだと。
ーーー
「そうそう、そのまま呼吸を止めないように」
「う……む……、こう、か?」
「その調子その調子」
ヘリシアが握り込んだ右拳に、仄かに光が宿る。
その光を消えないように、明るくなりすぎないように意識して止めるよう指示をする。
その指示を出した直後。
「あ……」
「あらら」
すっ、と音もなく光は弱まり、そのまま消えてしまう。
少ししてからヘリシアの手からも力が抜けていく。
「やっぱり難しいか?」
「う……もう一回だ」
言ってヘリシアがもう一度拳を握り直す。少しして、またヘリシアの右手は光り始めた。
少し前からこうして、幾度となくヘリシアの右手は光っては消えてを繰り返している。
もちろん、別に何かに目覚める前兆と言うわけじゃない。ただ単に、体の中の『力』を意識して集めることにしたのだが。
それが何度も繰り返しては失敗している、と言うわけだ。
「お、今回のはいい感じなんじゃないの」
「だな、私もそう思う」
「じゃあそのまま続けて……よし」
少しずつ揺れが収まり、光の明るさが一定の強さで止まる。が、本題はここからだ。
「うぁ……っと」
「あー」
と思ったのも束の間。ヘリシアの右手はそのまま光を弱め始め、消えてしまった。
「……」
「よし、休憩にするか」
ヘリシアを椅子に座らせたまま、少しその場を離れる。
その足でコップを二つと、その中に水を並々と注いで戻る。
「ほれ」
「……ありがと」
声をかけると一応受け取るものの、顔は俯いたままだ。その水に口をつけることもない。
「……」
「……」
ごくり、ごくり、と少しずつ俺のコップの水が減っていく。しばらく、その音だけが妙に響いた後。
ようやくヘリシアが言葉をこぼした。
「私は、ダメだな」
「んー?」
「だって、皆が当たり前のように使える力を使えないんだから。意識して、それでも使えないなんて……」
「せいっ!」
「あだっ!!」
ヘリシアはまだ何か言っていたが、言葉を遮るようにヘリシアの頭に手を振り下ろす。
ゴッ、と頭からは鈍い音が聞こえてくるが、それには聞こえないふりをして。
「あのな、そりゃ当然だろ」
「へ……?」
頭を押さえながら、ヘリシアが顔を上げる。その表情は「なぜ」と聞いてくるようなもの。
「他の連中は何年、何十年とその力を使ってきたんだ。そんな連中にたった数日のお前が敵うわけがないだろ」
「…………」
「だから、ダメだなんて自分で言うな。それは当然のことなんだ。誰しもが陥る状況だ」
「………………」
「だから、今お前にできることをすればいい。今お前ができること、しなきゃいけないことはなんだ?」
「……飛べるようになる。そのために『力』をコントロールできるようになること」
「そ。忘れるなよ。お前はお前だ。他と比べる必要なんてない」
「ああ、わかった」
頷くと、今度こそ水を一息に飲み干し、そのコップを置いたかと思うと、早速手を握って『力』を集め始める。
その明るさが随分と長く保った事は言うまでもなかった。