第十三話 お昼のひととき
その後。
なんとか集中のなんたるかを掴んだらしいヘリシアは、随分と集中できていた。
背中の義翼に纏う光も随分と安定しているように見え、その展開速度も随分ましになった。
もちろんまだ光は弱く、決して『飛べる』というものではないのだが。
「なぁ、昼のリクエストって何かあるか?」
右手に卵、左手には布巾を持ったまま振り返る。
現在俺とヘリシアは、午前中の練習を終え、俺の店に戻ってきていた。
「リクエスト……うーん」
「つっても俺ができるものに限るけどな。そんな難しいものは言うなよ?」
お城で出るような高級フルコースを期待されても困る、と予め釘を打つのだが、果たして聞こえているのだろうか。
ヘリシアは難しい顔をしたまま考え込んでいる。
「その、オムレツがいい」
「オムレツ……? ってこの前食べた奴か?」
おもわず尋ねると、少し顔を赤くしたヘリシアが頷く。
「わ、悪いか……?」
「いや、悪いってことはないんだが、そんなに卵好きなのか?」
簡単な料理とはいえ、城で決して出ない、というような代物でもないはずだ。……ないよな?
それを短期間にもう一度、というのは純粋に好物、ということなのだろうか。
「まー、いいや。じゃあ適当に作っちまうから、皿並べておいてくれるか?」
「わ、わかった」
頷いて皿の置いてある場所に向かうヘリシアを見て、俺も振り返る。
向かう先はフライパンとーーー。
(んお……っと?)
不意に、めまいが襲う。
が、なんとか足を前に出し、倒れることも立ち止まることも拒否する。
今、ここで不調を見せるわけにはいかない。
(しかし、二日間ろくに寝ていないだけでここまでになるなんて……)
随分なまったものだ、なんて一人でごちる。
それでも、それだけの時間が流れたんだ、と改めて思う。思って、笑みを溢す。こぼすことができた。
「どうした? 何か嬉しいことでもあったか?」
そう思っている矢先、後ろからそんな声がかかった。他でもない、ヘリシアだ。
笑っているところを見られてしまったらしい。
「いや? ただ思った以上に成長が早いな、って思っただけさ」
「そうか? まぁ私もやるときはやるってことだ」
実際、ヘリシアの上達は随分と早い。あの義翼は、ある程度条件が整わないと起動すらしないが、ヘリシアは一日目から起動に成功、そのまま浮遊を続けるぐらいはできるようになった。
それは過去の装着者には、なかったことだ。
「って、まだかかりそうか?」
「ん? あー、そうだな。すまん、少しぼんやりしてた」
覗き込んでくるヘリシアにつられて手元を見れば、まだ卵すら割っていない。それではオムレツが出来上がるのはまだだいぶ先になると思うのも無理はない。
「でも、今決まったよ」
「決まった?」
「ああ。ちょいとそこの倉庫から野菜の集まりを取ってくれるか?」
「野菜の集まり……これか?」
ヘリシアに指示を出して、食材置き場から一つの袋を取ってもらい、その袋を開ける。
中には少しばかり形が悪いものの、いくつかの野菜が詰まっている。
「これをこうして……」
そのままヘリシアに皮を剥いてもらい、剥いた先から細かく刻んでいく。
少しすると、野菜の細切れが用意できた。
「今日はちょっと変わり風なオムレツで行こうかなって」
「変わり風? この野菜を使うのか?」
「そそ。この野菜を炒めて……」
熱したフライパンに野菜を投げ込み、炒めていく。
本当ならここに肉の細切れも混ぜてみたいところだが、あいにく今日は手持ちがない。
ないので、少しばかり長めに炒める。
「で、ある程度炒めたら、卵を流し込んで、っと」
溶いた卵をフライパンに流し込み、少し。卵が固まったのを確認してから皿に滑らせる。
「完成」
「おお、このオムレツも美味しそうだ」
「だろ?」
簡単だが、野菜も取れるし、歯応えもあって食べていて楽しい。うん、随分久しぶりに作ったが、ちゃんと覚えているものだ。
パンや、サラダも合わせて用意し、二人で食卓に向かい合う。
「さて、じゃあこれ食って、昼からも頑張るか」
「ああ」
それぞれが食事に手を伸ばす。
そうして二日目の昼もなんとか過ぎていった。