第十二話 集中
「……」
「…………」
「どうだ?」
「うんにゃ、ダメだな」
しばらく瞑っていた目を開いて、ヘリシアが訊ねてくる。どう、とはもちろん背中に装着している偽翼のこと。
初成功から少し、時間で言えばもうじきお昼になろうとしている。が、その初成功の後に続く成功は未だない。
「ぐぬぬ…」
ドサッ、と言う音に目を向けてみれば、ヘリシアが座り込んでしまっている。次いで。
がしゃっ
「おいおい、乱暴には扱うなよ?」
「え、あ! すまん、そんなつもりは…」
そのまま背中から倒れるヘリシア。当然その背には偽翼があり、その偽翼も地面へと着いた。
その事を伝えると、あわあわと起き上がった。
もちろん、その程度の扱いで壊れるほど弱い造りではない。ないが、それはそれとして。
「で、どうしたんだ? 集中できないのか?」
「う…集中は……」
「『は』?」
微妙な言い回しに、思わず首を傾げる。
「その、な…。えっと……『集中』がどう言うことか分からなくなりました!」
言いづらそうにしているところから一転、捲し立てる勢いでヘリシアが叫ぶ。そのまま叫び続けそうな所を止めて話を聞いてみると、どうもこういうことらしい。
「…最初は集中できていたんだ。いや、できていたんだと思う」
「『思う』?」
また首を傾げるものの、言いたいことはなんとなく分かる。
実際に飛ぶことが、いや浮かぶことができていたのだ。集中しなければできないことができていたのなら、それは集中できていたということだろう。
だが二回目。偽翼は確かに光ったものの、最初のそれよりかなり薄いものだった。当然浮かぶことすらできずに、ジャンプしたヘリシアの足は少しと経たずに地に着いた。
三回四回と重ねる度に光は薄くなっていき、ついに五回目では少しも光っていなかった。
ちょうどそのころから、ヘリシアの中で集中がどういったものか分からなくなっていたらしい。
「集中とはなんだ……、と思い始めたらもうダメだった」
「なるほど? ちなみに答えは出たのか?」
「出ていない……」
と、そんなふうに『集中』、ひいてはそのやり方が分からなくなってしまったらしい。
「ふむ……集中か」
ここであえて黙っていることもできる。が、それでは間に合わないことは容易に想像できた。
だから。
「これは俺のイメージなんだけどな、心の中でやる『集中』ってのはどこか一つに集めることじゃないと思うんだ」
「……、えっと?」
「例えば……そうだな、この円がお前の心だとするだろ?」
言って足元に、拾った棒で丸い輪を描く。その一点を指して。
「で、ここに気持ちを集めるとする。それ自体は多分簡単なんだ。けれどその端っこはどうだ?」
「はじ……」
棒で指しながら聞いてみると、少しの逡巡の後。
「他のことを考えている可能性がある?」
「多分な。で、心ってのは多分、この丸全体のことなんだ」
「……そうか、心の中で他のことも考え始めている?」
「そ、だから心の中で集中を行うなら?」
「一箇所に集めるんじゃなく、……その」
「広く、心全体をその考えで満たす、ってことが必要になる」
ふと顔を見上げると、分かったような分からないような微妙な顔。それでも、幾らかは迷いが吹っ切れたらしい。
どことなく、さっきまでと違うものを感じる。であれば。
「よし、じゃあ今日は次でラストにしよう」
ぱんぱん、と手を叩いて、そう告げる。
長く続けすぎるのもよくないし、なによりもう昼の時間だ。その休憩を抜くことはしちゃいけない。
「……わかった」
「よし、……じゃあはじめ」
幸い、ヘリシアもすぐに了承してくれたので、すぐに始めさせる。
はたして。
(……ん、大丈夫そうだ)
開始の合図と同時に義翼は光を纏い始める。
その光はまだ決して強くない。多分ヘリシアが目を開けた瞬間に弾けて消えるレベルだろう。
それでも、たしかに光を纏っている。そのことがなによりの成果だ。
だから。
「それっ!」
「うひゃぁっ!!」
しばらく光を眺めた後で、背中を押す。
地面から離れた足は再び、中へと舞い上がった。