第十一話 装着と飛翔 浮遊……?
「そう、そのまま……」
「わかった」
目を閉じた暗闇の中、フォルドのその指示にうなずく。そして。
ーーーーー
「さて、それじゃ昨日のおさらいだ。その背中の義翼と本物の翼の、大きな違いは?」
人差し指をたてて、ヘリシアに問う。内容は昨日話した一部分。
ヘリシアも忘れる、なんてことはなく、すぐさま口を開いた。
「浮かんでいられるか、ということだよな?」
「その通り。本物の翼は何もしなくても浮かぶことができる。が、俺の作る『それ』はそうもいかない」
ゆっくりと、ヘリシアの周りを歩きながら続ける。
しっかりと、噛み締めるように伝える。
「だから決して集中を切らさないでくれ」
「ああ。……だがそれだと上に行き続けるんじゃないか?」
ちらりとヘリシアを見ると、彼女も指を空へむけている。
その指をなんとなく追ってから。
「ああ、いつかはそうなるだろうな。でも、安心しろ、今のお前ならそうならないさ」
「む……それは、一体?」
返した言葉に、頷きかけてから首を捻られる。
どうやら気がつかれてしまったらしい。
「そのままの意味さ。今のお前はそもそも高く飛べないだろ」
呆気カランと言う。軽く、気がつかれないように。
そう、……今は。
今度の『それ』には気がつかなかったようで、俯いて少し黙ってしまった。
「よし、じゃあ実践行ってみるか」
ぱん、と手を叩くと黙ったままでも顔が上がる。
そこに覗く目は、ちゃんと意思がのっていた。
「わかった。……といっても肝心の翼はどこにあるんだ? この後ろにまた何かつけるのか?」
後ろを振り返りながら、ヘリシアがそんなことを言う。
それもそのはず。ヘリシアの背にあるのは、まだ四角い機械の塊。
それを、いくら偽物とはいえ翼と呼ぶのは無理があるだろう。
だからこそ、ニヤリと笑う。
「いや? それでほぼ完成形だ」
「? と言っても私の想像とかなり違うぞ?」
「ま、そりゃそうだよな、話に上がるのは展開したあとだったし」
「てん……なんだって?」
「そうだなぁ……」
言いながら今度はヘリシアの背中に周る。
そして。
「ひゃ!」
「ここ、わかるか?」
首に近い部分に手を置く。なにやら変な声も聞こえたが、今は無視だ。
そしてそこを指で少しばかりつつき、最後に指で抑えるようにする。
「ここに力を貯める感じでイメージするんだ」
「イメージ?」
「そ。自分には翼があってそれを開いている、な?」
「む、難しいな……」
言いつつもヘリシアが集中し始める。
が、確かにいきなり想像しろ、なんて普通は無理だ。
はたして何十回の試行の先に成功するのやら。
そう、思っていた矢先。
(……さすがだな)
義翼が、仄かに光を帯びる、その速さに感心する。
あたりが明るいこともあるだろうが、それを抜きにしても弱々しい光。
それでも、目を凝らしてよく見ると、確かに見える、その光。それが義翼を包み始めていた。
「その調子だ、いいぞ」
返事はない。
けれども光は止まらずに義翼全てを包んでいく。それが答えだ。
最後まで光に包まれて、そして。
カラカラカラ……、ギギギ……カンカン。
歯車が、音を立てて回りだす。
カシャン……。
最後にそんな音を立てて組み上がり、展開される。
俺の、そしてヘリシアの義翼。その第一号がたった今、本当の意味で彼女の背中に生えた。
「なぁ、今どうなっているんだ?」
「ん? なんだ、目瞑ってたのか。……いいぜ開けてみな」
言いながら、後ろから横に周る。
ちょうどそこへ足を運んだあたりでヘリシアが目を完全に開く。その視線の先には、影。
「ぁ……! っ……!!」
ヘリシアの、影。人型の、きっとこれまでも何度も見てきた影。
そこに。
「これは、本当に……?」
翼がある。偽物であろうと、そこには確かに『それ』がある。
「おわ!」
横を向き、俺を見たとたんヘリシアの顔が近づいてきた。
いや、顔どころじゃない。体全体を使って寄ってくる。
「……ありがとう」
「大袈裟だな……、まだ飛べてすらいないんだぜ?」
「それでも、だ。今までの私じゃとても……」
ぎゅ、っとさらに体に力が込められる。
そこにはこれまでの全てが込められているようで。
「……昨日も言ったが、お前が俺を見つけたんだ。だから今こうして、お前の背中に『それ』がある」
手持ち無沙汰の手で義翼を撫でるように触る。
不格好とはいえ、それでもしっかりとした手触り。
それを確かめてから。
「だからそれも全部、お前が頑張った結果だ」
「……ああ」
こくりと頷くヘリシア。
それでも未だ肩は震えている。
(ま、しょうがないか……)
その震えが治るように、ヘリシアごとその場に腰を下ろした。
集中が切れたのか、義翼の光は綺麗さっぱり消えていた。
ーーーーー
「治ったか?」
「……、ああ」
フォルドのその声に、体を離す。が、顔を真っ直ぐには見れない。
いくら喜んでいたとはいえ、何かとんでもないことをやっていたような気になる。
顔を見れないまま、少し距離を開ける。
(すー、はー……)
何度か呼吸を繰り返して、ようやく気持ちを落ち着かせた。
「よし、なら続きだ」
顔も見れないから、フォルドがどんな顔をしているのかさっぱりわからない。それでもその声はいつもと同じに聞こえた。
どうやら向こうは特に何かを思っていることはないらしい。
(……?)
ちくり、と妙な違和感。
今まで感じたこともないような心のざわめきがあったが、それもすぐに消えた。
原因ははっきりしている。
「さっきもやったが、ここ、わかるよな?」
さわさわ、とフォルドが首筋あたりを撫でてくる。先ほど触られたのと同じ場所だ。
こくりと頷くと、フォルドはそのまま言葉を続けた。
「やり方はさっきと同じだ。ここのあたりに力を込めながら……そうだな、今日は上に向かっていくイメージをしてくれ」
「最初に言っていたやつか? それで本当に空へ行き続けたりはしない、よな?」
「ん? ああ、まぁ大丈夫だろ」
本当だろうか。
本来であればそう思うべきところなのに、この頃の私はもうすでに、彼のこの言葉に嘘はないのだと思えるようになっていた。
「わかった、やってみる」
目を閉じて想像、イメージする。
まずは力を集めるイメージ。私の中にある『それ』を、首の後ろに集める。
不思議と、集まったそばから何かに流れ込んでいく気がする。それでも集め続けること少し。
「そう、そのまま……」
「わかった」
目を閉じた暗闇の中、フォルドのその指示にうなずく。そして。
「ほい」
ドン、と何かに背中を押される。
目を瞑っていたのだから当然、私の体はバランスを崩して、足は簡単に地面を離れた。
「い、いきなり何するんだ!」
目を開いてフォルドの方を睨みつける。
目を閉じている間に後ろへ周り、私の背を押したのだろう、その姿を認めて文句を言う。
だがその本人は、気楽な顔。それどころか私の方を指差して。
「初飛行、おめでとう」
「……、……。へ……?」
言おうとしていた文句を引っ込める。代わりに出たのは意味のない言葉。
私の体は地面から少し、ちょうどフォルグのお腹あたりまでの空間を開けて浮いていた。
「あ、……うぁ……」
足が地面についてない、なんとも不思議な感じ。もちろん、体のどこも何にも触れていない。
本当に、浮いている。
そう思った直後。
「あ」
フォルドのそんな声が聞こえてくる。
どうしたのか、と尋ねる前に、切れた集中のせいですぐに落下が始まる。
丸まるような体勢で浮かんでいたこともあり、ほとんど顔から落ちる勢いで地面へ。
そして。
「ーーー」
その時に出した声があまりに無様だったので、早めに忘れるように決心した。