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第十話 装着

ぎしっ……ぎしし……。

響いてきた足音で、起床を知る。その足音がゆっくりペースなことからも、やはり朝はあまり強くはないらしい。


「おう、おはよ」

「……おはよう」


挨拶もそこそこに机に向かう彼女を見ながら、手元のフライパンを振るう。そのリズムに合わせてフライパンではソーセージが宙を舞う。

その目はまだ半分ほど閉じていて、声にも覇気がない。完全に起きるにはまだかかりそうだ。


「……あ、っと何か手伝うことはあるか?」


と思ったのも束の間。一度座ったことで少し目が覚めたのか、振り返るとヘリシアの顔が近くにあった。

目を見ても、すでに起きている状態に近い。完全とは行かないまでも頭も回り始めているらしい。


「んじゃあ……お湯が沸いてるから、コーヒーでも入れてくれるか? ついでに皿も出してくれると嬉しい。それぞれ一枚ずつな」

「ん、わかった……」


のそのそと動く様はゾンビも格やと言った感じだが、それでもお湯の入った水差しを持つ手は、スムーズに動いている。

これなら目を離しても大丈夫そうだ。


しばらくして。


「……ぷはっ! ……やっと目が覚めてきた」


朝食を開始して少し。手にナイフとフォークを持ったままヘリシアがそう言ってため息をつく。


「おう、おそようさん」

「う、言うな。国にいた頃から朝は苦手だったんだ」

「へー、それでよく務まったな。朝早く起きる用事だって多かったろ?」

「まぁな。それでよく婆やにも叱られた」

「くっく、それは大変だったな」


言いながらひょいひょい、と自分も手元の皿からソーセージを口に投げ込む。


「ああ、そのことでは婆やにもずいぶん迷惑を……って、そのことはいい。それよりも今日はどうするんだ? 授業の続きか?」

「ん? ああ、そのことなんだがな……」


言って席を立つ。そのまま足を進めて、布をかぶせた一つの塊のそばで止まる。

手を置くと確かな手触り。昨日のうちに行けるところまで作った作品。


「こいつを試して欲しくてな」

「『試して』……ってもしかして!」


がたっ、と勢いよく席を立つ。そのまま一直線に近くまでやってくるヘリシア。

その目はすでに輝いている。その期待に応えるように頷いてから。


「ああ、お前の義翼。その試作一号だ」


ばさり、と布を剥ぎ取る。

急いで作った急造品な上、随分とブランクもあったから形はまだ荒削り。それでも、懐かしい形をしたものが目の前に鎮座していた。

ーーー義翼。

俺が作ってやれる、飛ぶための『道具』。


「……ってどうした? 黙りこんで」

「…………」

「安心しろよ、これは試作一号だからな。まだ必要な機能をつなぎ合わせただけの、それこそガラクタみたいなもんだ。こっから形の修正とか改良をーーー」


ふみゅ……。

人差し指を立てて説明し始めた矢先、その手を掴まれる。掴んだのはもちろん。


「ヘリシア……?」

「これが……、これが私の……?」

「……ああ。こいつでお前を飛ばしてみせるさ」


そっと、手の上から手を重ねる。その手は震えていたけれど、それでも確かな強さがあった。


「とまぁ、これがあるからな。授業ももちろん続けるが、今日はこれをメインにしよう」

「……ぐす、ああ。わかった」

「というわけだ、ほらさっさと食べちまおうぜ」

「ああ!」


ぐい、と乱暴ながらもしっかりと涙を拭いて机で向かい合う。

それからさらに少しして俺たちは店を出た。目指すはあの場所。

外からは見つかりにくい、木に覆われた丘の上。

俺が初めてヘリシアに名前を明かした場所だ。


ーーーーー


「さて、じゃあ始めるか」

「頼む」


言ってヘリシアに腕を、ちょうど腕が真横になるように上げさせる。


「つっても、ちゃんと覚えてくれよ? 今日は説明も兼ねて俺がつけるけど」


自らの手で義翼を装着させながら言葉を挟む。


「そうなのか?」

「いつまでも一緒、ってわけにはいかないからな。……いつか別れは来る」

「それは……。…………そうか……。そうだな」


そう言って少し黙り込む。

さすがにヘリシアにもそういうこと・・・・・・はあったのだろう。特に駄々をこねることもなく押し黙った。


「ま、それももう少し先だろうし、今は今を楽しもうぜ」

「…………」


答えはない。それでも俯いていた顔は前に向いた。

それを確認してから。


「ところでつけ心地はどうだ? まだ微調整なんかはこれからだから、少し窮屈かもしれないが」

「え? あ!!」

「……なんだ? もしかして説明とかも聞いてなかったのか?」

「う……すまん」

「と言っても俺も途中で変なこと言っちまったからな。覚えるのは次にするか」


そう言ってから手を鳴らす。


「ほら。で、具合はどうだ? 一応直接触れそうなところは布を仕込んでいるが、他に冷た過ぎるところとかないか?」

「あ、ああ。それは大丈夫だ。大丈夫、なんだが……」

「どした?」

「いやその、どうにも脇に何か挟まっているのが落ち着かなくてな」

「ふむ……」


指摘された通り、脇には体に固定する用のパーツが挟まるようになっている。と言っても完全にそこだけで固定しているわけじゃなく、他にも肩やお腹、腰のあたりにも同様のものが存在している。

が、一番重要なのはやはり脇であるとさえも言える。


「確かに変な感じはするかもだけど、そこは外せないんだ、諦めてくれ」

「固定するため、か? お腹とか肩だけじゃダメなのか? そこでもしっかり固定できると思うが……」

「まぁな。でもお腹は凹ませることもできちまうだろ? 肩だって、ほとんど乗っているだけだからな。押さえるのには弱いんだ。固定する一番の理由は、義翼だけが飛んで行ってしまわないようにすること。そうするためには下から押さえる場所が必要なんだ」


おそらくヘリシアも、理屈ではそんなことはわかっているんだろう。顔を見れば一目瞭然だ。


「他にもないわけじゃなかったが……」

「そうなのか?」

「そりゃあ、人の形でもう一箇所引っ掛けるところぐらいあるからな」


どこ、と目で尋ねられると答えないわけには行かない。

ゆっくりと手をあげ、指を伸ばしてそこを示す。

お腹より下、脚より上。


「っ!!」

「股下」


その言葉を聞いたヘリシアの顔が随分赤くなったのだが、それはまた別のお話。

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