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第一話 邂逅

エアリアル・シューター。

空中のレースとも言われるそれは、この空の下で暮らすものなら誰しもが一度は憧れる競技。

晴れ渡った空の下、様々な選手がその速さを競うそれは実際、多くの人を魅了していた。

そんな競技がもうじきこの街でも開催される。そう決まった時から、街は盛り上がり始めていた。


カランカランーー、


不意に扉から入店の音が鳴り響く。

お客さんでも来たのだろうか。外の喧騒に紛れそうな、一人分の足音が聞こえて来る。

作業していた手を止めて、振り返る。扉が閉まると同時に外の喧騒もほとんど消えていた。


「いらっしゃ…ってなんだ、ロイドの爺さんか」

「ああ、少し邪魔するよ」

「ちょっと待っててくれ……、っと」


来店者は顔見知りだったので、もう少し作業を続ける。

ほんの数秒とはいえ、客を待たせるのはあまりよくないが……この人なら大丈夫だろう。

キリのいいところまで済ませてから、改めて向き直った。


「今日はどうした?また孫が椅子でも壊したか?」

「いや、そうではなくてな。……少し話をしに来たんじゃ」

「はなし?」


ああ、と頷いた爺さんは一呼吸置いて。


「なぁ、フォルド。お前さん……、戻って来る気はないのか?」


そんなことを口にした。

正直なところ、またか、と思わなくもない。

なにせそう聞かれた回数は、もう十を超える。


「…………」

「…………」

「……」

「……そうか。いやすまん、邪魔したの」


何も答えない俺の顔を見て、その沈黙をどう受け取ったのか。

ともかく、何かを納得したのかそれとも諦めたのか、爺さんはそう言って一人頷いた。

それ以上は何も言わずに出て行くロイド爺の背を見送る。

カランカラン、と響く音が、今度はやけに大きく聞こえた。


「……さて、買い物でも行きますか」


そんなわざと出したような声も大きく響く。

外の喧騒はもはや、ほとんど聞こえない。


ーーーーーー


「なんだこれ?」


買い物から帰って来て最初に見たもの。

それは店の裏口、の前で倒れている少女だった。


「ふーむ?」


顔を覗き込んでみるが、特に顔見知りというわけでも、店の客というわけでもなさそうだ。

もっと言えば、そもそもこの街で見かけないような顔。


このままここに放置することも、一瞬考えはした。

ここは店の裏手で、そもそも人目につく場所ではない。

そんな場所に倒れているのだから、気がつかなかった、ということにしておけば誰も文句を言えない。

何日か後に騒ぎが起きるぐらいだろう。


それでも。彼女を抱きかかえる。

そうしてしまったのは、彼女から感じるカリスマ故だろうか。

決して、彼女の顔が良かったとか、そういうのではない。


……多分。


ーーーーーー


「……ん?ぅん……?」

「起きたか」


運び込んでからほどなくして、彼女は目を覚ました。


「私は、どうして……」

「店の裏手で倒れてたんだ、お前」

「店……?」

「ああ、俺の店だ」

「ここが、店……?」

「ん?変か?」


言われて辺りを見渡す。

目に入るのは、修理途中の家具と、その修理に使う道具がいくつか転がっているだけ。

確かにおおよそ『商品』と言えるようなものはない。

目に入らない。


「あー、確かにそんなに店っぽくは見えないかもな」

「そんなことは、っ」


突然彼女が口をつぐむ。

どうかしたのか、と声をかける直前、その答えが返ってきた。

彼女のお腹から。


ーーーーーー


かちゃ、と音を立てて食器が置かれる。


「落ち着いたか?」


顔を見れば満足しているようではあるが、あえて口にする。


「う……、すまない。助けてもらった上にご飯まで」

「気にすんなって。そもそも助けたのは俺だ。その後の世話くらいするさ」


申し訳なさそうにする彼女に手を振って答える。

助けたのが俺だから、というのももちろんあるのだが、食べている姿を見てついつい作り過ぎてしまった、というのもあったりする。

……さて。


「それで?どうしてお前はあんなところで倒れてたんだ?行き倒れにしては身なりが綺麗だったし」

「…………」


入れたお茶を出しながら、彼女に尋ねる。

一度は口をつぐんでしまうが、世話になっておいてそれはまずいと感じたのか、少ししてから話し始めた。


「人をな、探しているんだ」

「人?」

「ああ。フォルドと言う名の義翼職人なんだが」

「ふーん、どっかで聞いた名だな」

「当然だろう、あの人は唯一といって良い義翼職人なのだから……っ!」


そこまで言ってから、今度は口を閉じて窓に駆け寄った。一体どうしたのか、と思って俺も窓に近づいて外を見やる。

気がつけば、表の通りがまた騒がしくなっている。

それも、今までのお祭り気分の騒がしさとは違った騒がしさ。

そして。


「ん?ありゃ、竜皇国の騎士連中か。珍しいなこんなところにいるなんて」


羽と尻尾、それから頭に生えた一対のツノ。

そんな竜人と呼ばれる種族が鎧を着込んでいる。

それは紛れもなく竜人の国、竜皇国の騎士団だった。


「なぁ、あれって」


声をかけようと視線を窓の外から内へ移すと、そこに彼女はいない。

ただ、裏口の開いて閉まる音が聞こえてきた。


それから少しも経たずに。


「失礼するぞ!」


ガシャガシャと音を立てながら、その騎士はやってきた。


「いらっしゃ、って騎士サマが何の用だ?」

「この辺りで銀の髪をした女が目撃されたと聞いてやってきた。何か情報があれば聞かせろ」


また人探しか。

どうにも今日はその言葉をよく聞く。


「って言われてもな、髪の色だけじゃなんとも言えねーよ。似顔絵とか名前とかねーの?」

「……これだ。名をヘリシアという」


不愉快そうに差し出された、その似顔絵を覗き込む。

その顔は。


「ふーん、この街じゃ見ない顔だな。……俺に話せることはないよ」

「……本当だろうな?」

「嘘じゃねーって」


笑いながら答えると、騎士はますます不愉快な顔になってしまった。


「ならば、その言葉を信じよう。だが何かわかればすぐに知らせることだ」


バタン!と扉が閉められる。

その音を聞くや否や、俺の体は我知らず走り出していた。

どこに行ったかなんて知らない、誰を探しているのかも知りはしない。

けれど。


「さてさて」


さっき出会った彼女、ヘリシアが彼らから逃げていることは確かだ。

その意味ぐらいは聞いてみてもいいだろう。


ーーーーーー


「よっ。さっきぶりだな?」

「お前は……、どうしてここに?」

「んー?まぁ勘だ」


実際、その通りだ。

店の裏手からまっすぐ行ったところに小さな丘があるから、手始めにそこからと思ったところ、ちょうど銀の髪が見えたのだ。


「で、お前、ヘリシアっていうんだって?」

「っ!」

「さっきあの騎士連中が店に来てな。どうもお前を探してるみたいだったぞ?」


ぴくり、とヘリシアの体が小さく跳ね、そのまま黙り込んでしまった。

それでも、ここまで来て聞かないのも後味が悪い。


「なんか悪いことでもしたのか?」


騎士団に追われるならば、それが一番ありえそうだ。

それを聞いたヘリシアは。


「違う!」


立ち上がった。

そしてそのまま、向かってくる。

その顔は。


「私は何にも悪いことしてない!!ただ!ただ、飛べないってだけで……。生まれた時から!」


泣いていた。

ついに決壊してしまったようなそれは、止まる様子もない。

後から後から溢れて来ている。


「竜人なのに、羽も尻尾もなくて。みんなみたいに飛べなくて!それで呪いの子、みたいに言われて……」

「なるほど。それで義翼職人を探していたのか。……あの話を聞いてから俺も思い出したよ。でも確かあの義翼は」


本来なら飛べるはずのない翼。

それが、世間のフォルドに対する評価だった。

どうして飛べているのか、誰にもわからなかったからだ。

一見するとただの鉄の塊、にも関わらず、装着者は空へと舞い上がった。


「初めてつけた選手は見事に飛べた。だけどそれから、」

「違う!」


墜落を始めた、と続けようとして遮られる。


「違わないさ。あの時、その選手は確かに落ちた。お前も知ってるんだろ?」


知らないはずがない。

フォルドはそれが原因で、表舞台を去ることになったのだから。


「知ってる、けど。でも、あれは……、突然、光がはじけたように見えたんだ」


その言葉を聞いて、どくん、と心臓が高鳴った。


「って、私は何を言っているんだろうな。まだ名前も知らない相手に。……なぁここまで話を聞いてくれたんだ。最後にお前の名前を聞かせてくれないか?」


聞かれる。

だからなんでもないように、自然に答えた。


「フォルド、それが俺の名前だ」


ーーーーーー


この世界には「奇跡」が存在する。

と言っても、死者が蘇ったりするわけじゃない。

ただ人の理解が及ばない不思議な力がある、というだけだ。

見るからに鈍重な竜が空を飛び、非力そうで耳の長い種族が自分の何倍も大きな敵に打ち勝つ。

そこには、必ずと言っていいほど不思議な力が関わっていた。

いや、もっと正確に言えば。人が彼らを見て言ったのだ。


「俺たちの知らない、不思議な力があるに違いない」と。


そしてついには。


「そんな不思議な力が使えるなんてずるい。悔しい。俺たちも使いたい」と言い出した。


そこで安易にその力を頼らなかったのは、人としての誇りだろうか。

ともかく、人はその不思議な力ーー『奇跡』ではなく、もっと理解できる力を求めた。

誰にでも扱えて、自分たちで制御のできる力。それが、『科学』と呼ばれるものだった。


これは、そんな二つが黎明期だった時に起きたちょっとした物語。

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