No.1 荒野の出会い
激しい雨と時折闇夜を切り裂く雷。雷鳴により大地は轟き、異形の魔物が吠え、人間の悲鳴が響く。
「くっそ!こいつらどんだけいるんだよ…!!」
次々と襲いかかってくる魔物を切り倒しながら、焦りと恐怖の入り混じった声をあげるロディ。彼の周りには無数の魔物や人間の死体が転がっている。異形の魔物との戦闘で彼がここまで死ななかったのは単なる幸運だけではない。彼には魔物の姿が闇の中であろうとはっきりと見ることができた。いや、魔物の動きを鋭く感じる、と言った方が近い。だが、終わりの見えない連戦と身を打つ冷たい雨は確実にロディの体力を奪い、彼がそこら中に転がる死体と並ぶことになるのは時間の問題のように思えた。
「…ん…?」
その時、ロディの耳が雷鳴とは別の音を拾った。
「飛空艇のエンジン音…?増援なんか来る予定だったっけ…」
不審に思うが今はそれどころではない。剣を振るう手を止めれば一瞬で魔物に屠られる。
「そこの君ー!」
突然降ってきた場違いな溌剌とした声にロディは思わず振り返った。1人の女が自分の身の丈ほどもある槍を巧みに扱い、魔物を蹴散らしながらこちらにやってくる。
「加勢に来たよ!まだいける?」
「え、ま、まあ…」
ロディは狼狽えながらも肯定の意味で声を返した。
「よし!じゃあさっさと片付けちゃおうか。援護頼むよ!」
途端、その女はスイッチが切り替わったかのように物凄い勢いで魔物を蹂躙しはじめた。ロディは女のあまりにも圧倒的な戦い方に一瞬見入ってしまったがすぐにハッと我にかえる。そして、後一息だと自分自身に言い聞かせ、剣を握る手に力を込めた。
ものの数十分で方が付いた。いつのまにか雷はおさまり、雨も弱くなっていた。
「…生きてる…」
ロディは自分の掌を眺め、そう独り言ちた。軍人になってからそれなりに戦場を経験してきたが、自分が生きていることに安堵し呆けてしまうのはいつまでも変わらないようだった。
「おーい!ロディー!」
ロディと同じ軍服を着た男が手を振っている。
「セザール…!」
見知った同僚の顔に表情が綻ぶロディ。
「生きてやがったか、ロディ」
「そっちこそ」
笑い合う2人。同じ隊に所属している仲間の無事ほど嬉しいものはない。そんな和気藹々とした2人の間に割って入る者がいた。
「やあ、さっきの子。ちゃんと生きててよかったよ」
長い槍を操る女だった。落ち着いてよく見てみると女は黒い軍服を着ていた。ロディは見たことがないな、と首を傾げた。
「助けてくれたのは有難いんだけど…どこ所属の人?」
「あー…あんまり知られてないよねぇ。最近出来たばっかの部隊でさ」
苦笑いする女。
「あたしは特殊戦闘部隊シェザンド所属、キトカ・イーリン。よろしくね、ロディ君」
手を差し出してくるキトカ。ロディはその手を握り返す。
「なんで名前…」
「さっきそこの彼が叫んでたじゃん」
「あぁ…」
セザールが、俺のせいかーと頭をかいた。
「うん。生存確認できたし、帰ろっと。じゃあ、また今度〜」
ヒラヒラと手を振りキトカは立ち去って行った。
「また今度?お前、なんか約束でもしたのか?」
セザールが怪訝そうな顔で聞いてくるがロディも同じような顔をする。
「してない。なんかよく分からない人だったな…強かったけど」
「そう言えば…ちゃんと確認は取れてないけど、黒い軍服着たやつが他にもいた気がするな」
「そうか、じゃあその黒い軍服の部隊が増援だったのかな。最近出来たばっかりの部隊だったから増援が来たのも急だった…とか」
「まあ、何はともあれ助かったよなー。いよいよ俺死ぬかなーって思ったぜ」
ロディもさっきまでの事を思い返すと自分が今ここに立っていることが奇跡のように思えた。
「本当だな…。さ、生きていることに感謝しながら後処理しに行こうか」
負傷者の確認や研究用の魔物のサンプル採取など、戦いが終わってもやることは多い。ロディもセザールも幸い傷も軽いもので済んでいたため、2人は疲労の溜まった体を引きずりつつも後処理に向かった。
時を同じくして、キトカは自分の乗ってきた飛空艇に戻ってきていた。
「隊長、ただいまー」
「キトカ…戻ったか」
隊長と呼ばれた長身の男がキトカを迎えた。
「あのさ、素質がありそうな子を見つけたんだよ!」
キトカが物珍しいものを見つけた子供のように声を弾ませて言った。
「あの制服はたぶん一等兵のだと思う。ロディって名前だよ」
「そうか…。やっぱり 、無理してでも加勢にきて良かったかもな。もし本当にそいつに素質があれば、だが」
「あると思うんだけどな〜」
「そもそも素質を持ってるやつ自体珍しいからな。ま、お前が言うなら試すだけ試してみるさ」