表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

色彩

 見たままを描くには、色彩がとても不足している。


 エイヴィリーがはじめて色鉛筆を見つめて、画用紙をさらに見つめた時に思った。


 だから、見たものから対象を選んで、変化させたものを描いた。

 それをひたすらに繰り返していると楽しくなった。

 どんどんと鉛筆が勝手に動き出すかのように、指を利用して想像が動き出していく。

 手首のスナップを利かせてみたりすると、平面上で息をしている存在が、ほんとうに傍で呼吸をしているかのようになっていく。

 微妙なタッチになると息を忘れて、上唇を噛んで自らの口が吐き出す呼吸すら邪魔になるとしていた。


 満足な仕上がりができた時、誰かの脚が見えた。

 室内に入り込む自然光の度合いが違っていたことに気が付いてしまい、怒られると心臓が大きく跳ねて小さく声を上げていた。


「エイヴィ……。あなたね、上唇を噛む癖を治しなさい」


 母親だった。

 それと──何枚も散らばった画用紙を一枚一枚、丁寧に扱いながら重ねて言う。

 その先はあまり良くないことを言われるかもしれない。

 放り出している課題のこと、なによりも小さいながらにエイヴィリーは自分の描いた絵を見て思った。


「いろいろなもの、景色、場所、たくさんの先人の遺したものを見に行きましょう。それがたとえ──子どもが見るべきじゃないとしても」


 母親はそれだけを言うと片付けは自分でしなさいと画用紙の束を手渡して、頭のてっぺんにキスをして部屋を出て行った。

 それだけで言葉にされて褒められるよりも嬉しかった。

 たぶん、母親は描いた絵がよくわからなったのかもしれない。でもエイヴィリーにはどうでも良かった。


 曖昧な言葉は好きじゃない。

 幼稚園で交わされる会話、聞こえてくる会話はすでに多くの曖昧さがあった。

 白でも黒でも、灰色でもない。濁りきった色でもやもやとしている。母親からそんな言葉を聞くだけで壊したくなる。



「ねえ! そんなのげんじつにはいないんだよ!」


 ちょっと前まで一緒になって遊んでいたエイヴィリーが、画用紙に夢中になっているのが気に食わないのか友だちは、いや友だち面した子が大きな声で叫ぶように言った。


「うわ! なんだよ、それ! どこで見たんだよ!」


 叫んだ子が好きなのか、同調するように男子も叫んだ。

 エイヴィリーはすべての口をふさぐかのようにあらん限り叫んだ。教室中が騒然となった。もちろん、すべての保護者が呼ばれた。


 でも、母親は毅然としていた。叱るでもなく、でも諭された。


「理解されないことが学べたわね。

 エイヴィはそんな隣人が傍に居るということを。わたしは、子ども自慢は誰しもしたくなるし、見るべきじゃない側面には全力で抗議したくなるということ。

 わたしは逃げ出すという選択肢でも良いと思っているわ。なんでも後ろから見守っている。そうさせて欲しいの」


 だから、絵から逃げ出した。

 想像は頭の中でして、色遣いや動き方もすべて脳内でするようになった。



× × ×



「パトリツィオ隊長! 我々が……目に、しているのは……」


「なんだというのだ! きょうりゅうさんじゃないのか!」


「あれは……恐竜でもなく……」


「きょうりゅうさん!」


「はッ! 恐竜さんでもなく……龍のようです」


「ドラゴンじゃないの?」


「ドラゴンはヨーロッパが主に創造したもの。龍は東洋人がすごく大事にしている空想動物よ、パット」


 エイヴィリーは画用紙に色鉛筆を走らせながら、聞こえてきた騒々しい声を断ち切るように話す。

 弟の相手をしていたハルは嬉しそうな顔をしていた。気に食わないと思いつつ、それが顔に出ないようにしていた。


「ハル~、エイヴィはものしりさんなんだよ!」


「ほんと、見習っていっぱい知識蓄えないと泣きを見るかも」


「そうだよ~ハルはなきむしさんだもんね」


 ハルはもう知られてしまった事実に、頬を掻いて照れとともに誤魔化しすらできない状況にまごついていた。

 パットがごっこ遊びに飽いたのか、近くにあった紙にお絵かきをはじめた。エイヴィリーも自身の思い出と先ほどの喧噪を脇に追いやれることに成功して、再開しはじめた。



「ただいま~? おいしそうな余韻はあるのに、みんなはどこに行っちゃったの?」


 聞こえてきた声は紛れもない、三人が大好きな人。その人が日本の家庭料理の匂いを「おいしそうな余韻」とよく言う。それがハルには嬉しくて、顔いっぱいにそれを見せていた。エイヴィリーはそんなハルと母親を見るともなく見て、溜息を漏らした。



「エイヴィ? なにわらってるの?」


 無邪気に首を傾げて問う弟に「なんでもない」と声を掛けて、食堂に向かう。

 この家に何度も足を運ぶことになるとは思わなかった。しかも弟の手を繋いで、まるで自分の家のように手を洗ったり椅子を引いて弟を座らせたりするなんて。



「イタダキマ~ス」


 こんな言葉を家族で口にする、そんな未来があるとは思わなかった。



「いまねえ、エイヴィはなんとかさんたちがご飯をみんなで食べている絵をかいてるんだよ~」


「あら、素敵。パッツイの恐竜さんはそこに居るのかしら?」


「きょうりゅうさんはなかよしのシンボルだからいるよ~」



 和やかに進む食卓に、エイヴィリーはほころぶように笑みを浮かべ、フォークを置いて箸を手に取った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ