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納得

 ある宗教のイベントが終わったら新たな年を迎えるという一つの区切りを迎える。


 そのために男は店内を整理整頓清潔清掃の信念の下に、朝から精を出していた。

 どれもが男にとっては馴染みがない宗教だった。

 ただすべてが地続きの中で名前を持つ日であるか否か。

 ただそれだけだった。

 だけれど、その存在が心温かな日にもなると教えてくれた人たちがいた。

 今でもその日になると少年に戻ったような顔になる。

 今年も店はcloseの札にして、一切立ち寄らないのも例年通りだった。




 この国にどうして来たのかは男は何も知らない。


 年端もいかない時分に来たのは覚えていた。

 上等な外套、とでも言うものを父親の手で双子の弟と共に着せられて、ただひたすらに無言で街から街、それに列車と車に乗っていたこま切れな記憶はあった。


 どうやって住居を見つけ、そこで生活していたのかは記憶が薄い。

 口数の少ない父親だったし、双子の弟も男も誰かと友だちになるという概念は無かった。二人だけでひたすらに過ごした。

 時たま、父親が外食に連れ出してくれることがあった。

 そこで少し酒を飲むふりをして、近くの客と会話しているのが印象に残っている記憶だった。


 別に何がなんでも手放したくない生活でもなかったし、幸も不幸も感じられなかった。

 だからと言って「ああ、はい。そうですか」となるものでもない──父親が捕まったということは。


 拘束される父親は争うことはなかった。

 ただ、その目が印象的だった。反抗的な目つき。

 無言を持って反抗してやるという確かな決意があった。双子の息子のどちらにも目もくれずに、声も掛けずに去った。

 どうやら父親は祖国を裏切って、Ð国に逃げて来ていたらしい。詳らかに教えてもらったものの、男にとってはどうでも良いことで覚えていなかった。



「これからはこの家が、出来たら我が家とでも思いなさい。男が四人のむさ苦しい、クサい家になるけどな」



 そう言って笑った養父によって男は、父親がやってしまったことを放り捨てた。それは男が、というだけであって周囲は捨ててくれるわけではなかった。



 Ð国に籍を置いている──どうやって潜り抜けたのかは、男には不明だが──子どもが親の罪科によって強制送還などの泣きをみずに済むように法律で定められており、双子はÐ国の孤児として保護された。

 運よく、法的パートナーを結んだ二人に引き合わされて暮らすようになった。

 周囲はそれすらも嘲笑した。ぐっと噛みしめるばかりの毎日だった。男の弟は悔しさの涙を重ねて、力で解決を図ろうとした。



「いいか? ただ暴力で物を言わせてもいけないんだ。むしろ上には上が居ると思い知らされるだけだ。だから──自分の弱さと向き合え」



 こうして出会ったボクシングに二人してのめり込んだ。

 グローブを付けるまでの道のりは長く、ひたすら身体を鍛えるばかりの日々。

 早々に根を上げるかと思った弟は研ぎ澄まされていく一方だった。負けじと男も向き合って、くたくたになって泥のように眠った。

 気が付けば、高校に進学してそこそこ名が通るようになっていた。それは弟の兄、双子の片割れという名誉だった。体つきも面相も双子というよりも兄弟のものだった。



「オレがこうして続けられたのはさ……照れるんだけど、何というか兄ちゃんのお蔭なんだよ。養父さんたちのお蔭でもあるのはもちろんだけど、家族を支えていくと思うと……その、打ち込めるんだ。弱い自分を認めて、強くなったら兄ちゃんは気兼ねなくいられるだろ?」


「世界を手にしてから言えや、お前は」



 笑っていた弟の顔は、昔から変わらないままだった。

 飽き性で、移り気な弟をよく窘めて、双子なのに歳の離れた兄弟のようだと父親が揶揄ったこともある。懐かしい思い出が急に脳裏をかすめて、胸騒ぎを起こさせた。


 ──大丈夫だ。これはただの心配性なおれの悪い癖だ。大丈夫だ。


 そう言い聞かせておいた。

 それが通じたのかしばらく、それも一年以上も何事もなかった。小さな夢見の悪い朝以外は。



 その夢の中で、弟はいつも這いつくばって、ぐしゃぐしゃに泣いていた。

「兄ちゃん、オレ……どうしよ……足も腕も、ボクシングやれないよ……どうしよう……」と泣いている。腕と足がどうなっているのかは見えない。

 なんと声を掛けたのか、他に何を言っているのか、わからないまま朝がきて、起きるのだ。

 繰り返すこと一年。

 男にとっては、生活の一部のボクシングとしてあった。弟は着実に階段を上って、自分という人生を肯定してくれるようになっていた。だから、知らぬ間に敵と味方を作っていたようだった。




“期待の新人!! 高校チャンピオン、事故!? 仕組まれた座席位置”




 それだけですべてがひっくり返ってしまった。オセロの逆転勝ちのようだった。





 掃除をしながら、半生を振り返っていると男の中で納得のいくものになったのか、頷いてカウンター内にある椅子に腰を下ろした。

 大きく切り取られた上部の窓から見える空はいつになく澄んでいた。


 眺めるばかりのなか、入口のドアが期待に満ち満ち溢れた空気を纏って開いた。



「ごめんください。少し見させてください」


 東洋人が気の良さそうな笑顔で入って来た。

 男は頷いて、カウンターの中で視線だけ動かせる作業をしだした。



 たぶん、ニッポン人だろう──男は値踏みをする。

 性別は不明だが、化粧はしているような顔色。

 あまり外での作業はせず、健康的に見せるための努力もしていないようだ。

 音源関連のコーナーは後回しか、興味がないのか。書籍コーナーをじっくりと眺めて、手に取るときは傷めないようにしている。戻すときは音を立てないように、労わるようにしていることから読書家かなにかだろう。



「もし、リクエストをすれば探したり、置いておいてもらうことは出来ますでしょうか?」


 やけに丁寧だなと男は思った。

 興奮から頬が紅潮しているし、何よりも話しながら近づいて来た点から、思い出の本かなにかだろう。


「出来たらな。それにニッポンのは有名な会社が根こそぎ確保するから少ない」


 男が言った有名な会社を察したのか、ちょっとだけ残念そうな顔をしていた。


「それでも良いのですし、先着順やお得意さまが不要と仰った分だけでもお願いします。

えっと……実績にもならないでしょうけど……今日はこれと、ちょっと待っていただけますか? 取ってきます」


 言い終わる前からニッポン人は目を付けていた本を取りに行った。

 そこからさらに音源も積み上げていく。


 男は子どもの無邪気さで重なった品を愛おしむニッポン人が弟と重なった。

 ボクシングに熱中していた当時の顔、現在の表舞台から遠ざかった幾重の感情を消して生きながらえたタトゥーだらけの顔──。似ても似つかない二人がどうにも重なる。



「過去って好きじゃなかったんです。だけれど、ずっと赦せないままだと、当時の自分が泣いたままだって理解して。このマンガや本は母が好きだったものだったから。ちょっと別の角度から、と思って」


 窺い知れない表情と瞳で語るニッポン人。

 男がわかるわけなどない、出会って一時間程度。

 今後があるのかも不明の店と客の関係。男が適当に対応して、それを甘んじて受け入れて退店していく背中。


 男はああ、そうか。と心の中で納得した。

 ただ、ただ納得した笑みが自然と浮かんでいた。

 窓外から差し込む陽光は、きらきらと舞っている埃を輝かせていた。



『ヤクターティオ~』を完結させる前から、あの男にスポットライトを当てたいと思っていました。形にできて、しばらくはぐっすりと眠れそうです。

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