一章04
――――トラックが出発して、かなりの時間が過ぎた。
最初のうちはそれなりに喋り声が響いていた車内も、今ではすっかり静かだ。
荷台に作られた簡素なベンチにぎゅうぎゅうになって座りながら、ククリは到着を待った。
「それにしても、オーリー、オーリーか……」
「あのでかいカジノのオーナーだよな、確か」
「それだけじゃねぇ。裏じゃ奴隷の売買をしてるってウワサだぜ?」
「なぜ『組織』は何も言わない? こういう時のために、あいつらがのさばっているのを我慢してやってるんじゃねーか」
「滅多なことを言うなよ。……そりゃ「8」や「光電一番」にゃ、たんまり払って見逃してもらってるんだろうよ」
「チッ。その金、俺ら貧乏人にくれたっていいのによう」「全くだ」
――――すっかり静かになったと思ったのに、まだヒソヒソと喋っている奴らもいた。
……これから何があるか分からないってのに、余裕だな、奴ら。
そんなことをククリが思っていると、ホロの向こうから濃い緑の臭いが漏れて、鼻孔をくすぐった。
周囲も嗅ぎ取ったらしく、誰もがスンスンと鼻を鳴らす。
「この臭い……森か?」
「ラナの森?」
「だが、それにしちゃ長いぜ?」
「奥地にまで行ってるんじゃねーか?」
「馬鹿な、奥地は魔族の領域だぞ」
「全部が全部、そうというわけじゃない」
「着いたらわかるさ」
そうした話をしていると、キィ、と音をたて、ようやくトラックが止まった。
「着いたか」「やれやれ、やっとか」
何人かがそう言って立ちあがり、トラックの出口に向かう。
「……?」
――――だが、いつまで経っても、トラックの出口は開かなかった。
「おい、どうなってる?」
騒ぎが起こり、何人かが出口をノックするように殴る。
ホロで閉じられただけの薄い出口が揺れるが、それだけでは開かない。
「どういうことだ……?」
誰もが困惑していると、ビィィィン、とマイクのハウリングが外から聞こえてきた。
「諸君! まずは長旅お疲れ様」
オーリーの声が、トラックの中にまで届く。現状の説明が一切ないまま、オーリーは朗らかな声で語る。
「なぜトラックから出さないまま話をする? ……そう、不安に思っている方もいらっしゃるでしょう。ですが、座って座って。どうかそのままお聞き下さい」
そう言って、数秒待ってから、オーリーは再び口を開く。
「ゲーム開始の前に、ここがどこだか説明しましょう。……ここはラナの森の奥地。あなた方はご存知ないでしょうが、ある方々にはとっっても有名なスポーツセンターです」
そして、クスクスという笑い声がマイクに乗った。どこか女性的な笑い声で、オーリーのものとは思えない。
「人狩り。それが、ここで行われている、非合法の極みともいえる遊戯です」
「は?」
「人狩りだと……」
「ふざけやがって」
パチン、とオーリーが指を鳴らす音がマイク越しに聞こえる。
「ふざけんな、殺す気か……今頃、そんな声がトラックの中にこだましていると思いますが……知ったこっちゃありませんね。だって、金貨十枚ですよ? あなた達には一生拝めないような大金ですよ? ゴミのような底辺が金貨を拝むには、それ相応の代償――即ち、『命』を賭けて貰わないと」
煽るような言葉。だが、誰もぼそぼそと文句を言うだけで、あからさまには反抗心を見せない。内心、それが事実だと感じているのか。――それとも、これから命を賭けるが故の、恐怖心か。
「ルールはありません。ただ、ここで三日間生き延びればいい。ただそれだけで、金貨十枚です。――――では、ゲーム『開始』」
――――その言葉を合図に弾雨がトラックに降り注ぎ、大量の銃声が鳴り響いた。
「ああああああああああああああああああああああああ!」
すぐに、車内は地獄絵図と化す。
「今回、彼らはトラックを襲撃するシチュエーションをお好みでねぇ。ま、頑張ってくれたまえ」
オーリーののんびりとした声が聞こえるが、誰も気にも止めない。
車内では次々と人が倒れ、呻き声が溢れ返る。
流血が飛び散り、車内を赤く染め上げる。
「伏せろ!」
誰かが叫ぶ。ククリも伏せて周囲を見渡す。
死体。死体。死体。死体。死体。
死体。死体。死体。死体。死体。
―――ほんの数秒の間に、車内は死体と流血で埋め尽くされる。
「しっかりしろ……しっかりしろ……」
ククリはそう呟きながら、震える自分の手を押さえる。
頭上を弾雨が通り過ぎ、既に死んだ死体とホロを撃ち抜き続ける。
しかしやがて、弾雨が止む。
ビリリ。ビリリリ。
ホロにナイフが突き立てられ、切り空けられた小さな穴から、ころりと何かがトラックの中に入れられる。
「クソがぁっ!」
一人が叫びソレを掴むと、穴から投げ返す。
トラックのすぐそばで、爆音が轟く。
外で「ぎゃあ」と誰かの叫び声が聞こえた。
「このままじゃジリ貧だ!」
「トラックから脱出しろ!」
「死体を担げっ、盾にするんだ!」
誰かがホロをナイフで切り開き、外に飛び出す。それをまねて、生存者達が次々とトラックから飛び出す。――その過半数以上が、その場で射殺された。
「クソ、想像以上だな……」
そう呟き、偉丈夫が宙を睨む。
先程、騒ぎを止めた男だ。
未だうつ伏せのまま身動き一つしないククリ達を尻目に、偉丈夫はカードを取り出し、トラックに手を当てる。
『―――遠隔操作』
偉丈夫がそう呟くと、トラックの車体全体に仄かな光が奔る。
「ドライバー無し、条件成立。これより、このトラックのドライバーは俺だ」
その宣言と同時に、トラックが急に走り出した。
ドン、という衝撃が二度、三度と続く。……少し遅れて、人を轢いているんだとククリにも分かった。十中八九、さっき飛び出した奴らの死体だ。
「前、見えないんスか?」
「見えん。……だから、適当に走るのみだ」
ククリの問いに、偉丈夫は頷く。
闇雲に走るトラックに、外の連中も慌てているらしい。銃撃が止み、叫び声と怒号がククリにも聞こえた。
今だ。……今立たなくて、どうする。
立てっ。立つんだ。勝つために……! 生き残るために、成り上がるために……!
恐怖心を押さえ、ククリは立ち上がると破れたホロから顔を出す。
深夜に集められただけはあって、まだ外は暗い。だが、幾つか照明があり、問題はない。
眼下には死体と、仮面を被り、銃で武装した人間が数十人。遠くには砦が一つ。ククリ達と一緒に来たもう一つのトラックは炎上しており、叫び声が聞こえた。トラックの下にはトラックや死体を盾に応戦する者もいるが、最初に集められた人数を思えば、驚くほど少なかった。
仮面の男が銃を構えたので、ククリは顔を引っ込める。
「右側に元来た道があります! 一旦そこに逃げ込みましょう」
「ナイスだ」
偉丈夫がニヤリと笑い、トラックを操作し、大きく右にハンドルを切る。
速度を上げて、来た道を戻る。
逃がすまいと、銃撃が再開される。
「もう遅い。逃げ切ってやるさ」
偉丈夫が不敵な笑みを浮かべる。だが、敵もそう簡単に逃がす気は無かった。
「逃がさねぇ……!!」
仮面の男が一人、トラック乗り込み、銃を乱射する。寝そべっていたうちの何人かがこれを食らい、胸元を押さえ喘ぐ。
「クソッ」
ククリはカードを取り出すと、人差し指を銃のように構えた。
小さな紅い光の塊がギリギリ視認できる程度の速度で飛び、男に突き刺さる。
「ぐふ……」
小さな爆発が男を包み、男は銃を取り落とすと、よろけてトラックから転がり落ちた。
「よっしゃ! ざまあみろッス!」
ククリは思わず叫び、手を強く握り込む。
「やるな。……今の、爆裂弾か?」
偉丈夫の言葉に、ククリは頷く。
「そうです。Eですけど」
今日のため、ククリが有り金の殆どを使って買った「爆裂弾E」のカードだ。
「やるな。お前のおかげで逃げ……」
偉丈夫の言葉はそこで途切れた。
――――大爆発。
トラックの後輪から車体の半分くらいまで、一瞬で炎に包まれる。その後も二発目、三発目が着弾し、トラックがスリップする。
「ここまでか……。グレネードランチャーか?」
そう呟きながら、偉丈夫は炎上するホロを引き裂き飛び出す。遅れて、ククリ達もトラックから飛び出した。
刹那――――トラックが爆発する。
「引火したか。危なかった」
誰かが、そう呟く。そして、誰もが走り出す。
敵はまだいる。逃げ切れたわけではないのだ。
銃声は止まない。だが、照明から離れたことで、敵もこちらも位置が分からない。
「森に逃げ込め!」
偉丈夫の男が叫ぶ。ククリ達も、敵も、森に入る。
森に入ったことで、次第に銃声が鳴らなくなっていく。
「……くそっ。木が邪魔だ!」
「焼き払え!」
「グレネードで吹っ飛ばせ!」
「ダメだ。魔族を刺激する……!」
「アレ出せ」
「こういう時のためだからな、アレは」
「……つまらなくなるが、しょうがないか」