表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/62

一章04


 ――――トラックが出発して、かなりの時間が過ぎた。


 最初のうちはそれなりに喋り声が響いていた車内も、今ではすっかり静かだ。

 荷台に作られた簡素なベンチにぎゅうぎゅうになって座りながら、ククリは到着を待った。


「それにしても、オーリー、オーリーか……」


            「あのでかいカジノのオーナーだよな、確か」


「それだけじゃねぇ。裏じゃ奴隷の売買をしてるってウワサだぜ?」


            「なぜ『組織』は何も言わない? こういう時のために、あいつらがのさばっているのを我慢してやってるんじゃねーか」


「滅多なことを言うなよ。……そりゃ「8」や「光電一番」にゃ、たんまり払って見逃してもらってるんだろうよ」


「チッ。その金、俺ら貧乏人にくれたっていいのによう」「全くだ」


 ――――すっかり静かになったと思ったのに、まだヒソヒソと喋っている奴らもいた。

 

 ……これから何があるか分からないってのに、余裕だな、奴ら。

 そんなことをククリが思っていると、ホロの向こうから濃い緑の臭いが漏れて、鼻孔をくすぐった。

 周囲も嗅ぎ取ったらしく、誰もがスンスンと鼻を鳴らす。


「この臭い……森か?」

           「ラナの森?」

      「だが、それにしちゃ長いぜ?」

                 「奥地にまで行ってるんじゃねーか?」

「馬鹿な、奥地は魔族の領域だぞ」

               「全部が全部、そうというわけじゃない」

「着いたらわかるさ」


 そうした話をしていると、キィ、と音をたて、ようやくトラックが止まった。


「着いたか」「やれやれ、やっとか」


 何人かがそう言って立ちあがり、トラックの出口に向かう。

「……?」


 ――――だが、いつまで経っても、トラックの出口は開かなかった。


「おい、どうなってる?」

 騒ぎが起こり、何人かが出口をノックするように殴る。

 ホロで閉じられただけの薄い出口が揺れるが、それだけでは開かない。

「どういうことだ……?」

 誰もが困惑していると、ビィィィン、とマイクのハウリングが外から聞こえてきた。

「諸君! まずは長旅お疲れ様」

 オーリーの声が、トラックの中にまで届く。現状の説明が一切ないまま、オーリーは朗らかな声で語る。

「なぜトラックから出さないまま話をする? ……そう、不安に思っている方もいらっしゃるでしょう。ですが、座って座って。どうかそのままお聞き下さい」

 そう言って、数秒待ってから、オーリーは再び口を開く。

「ゲーム開始の前に、ここがどこだか説明しましょう。……ここはラナの森の奥地。あなた方はご存知ないでしょうが、ある方々にはとっっても有名なスポーツセンターです」

 そして、クスクスという笑い声がマイクに乗った。どこか女性的な笑い声で、オーリーのものとは思えない。

人狩り(ヒューマンハント)。それが、ここで行われている、非合法の極みともいえる遊戯です」

「は?」

「人狩りだと……」

「ふざけやがって」

 パチン、とオーリーが指を鳴らす音がマイク越しに聞こえる。

「ふざけんな、殺す気か……今頃、そんな声がトラックの中にこだましていると思いますが……知ったこっちゃありませんね。だって、金貨十枚ですよ? あなた達には一生拝めないような大金ですよ? ゴミのような底辺が金貨を拝むには、それ相応の代償――即ち、『命』を賭けて貰わないと」

 煽るような言葉。だが、誰もぼそぼそと文句を言うだけで、あからさまには反抗心を見せない。内心、それが事実だと感じているのか。――それとも、これから命を賭けるが故の、恐怖心か。


「ルールはありません。ただ、ここで三日間生き延びればいい。ただそれだけで、金貨十枚です。――――では、ゲーム『開始』」


 ――――その言葉を合図に弾雨がトラックに降り注ぎ、大量の銃声が鳴り響いた。


「ああああああああああああああああああああああああ!」

 すぐに、車内は地獄絵図と化す。


「今回、彼らはトラックを襲撃するシチュエーションをお好みでねぇ。ま、頑張ってくれたまえ」

 オーリーののんびりとした声が聞こえるが、誰も気にも止めない。

 車内では次々と人が倒れ、呻き声が溢れ返る。

 流血が飛び散り、車内を赤く染め上げる。

「伏せろ!」

 誰かが叫ぶ。ククリも伏せて周囲を見渡す。

 死体。死体。死体。死体。死体。

 死体。死体。死体。死体。死体。


 ―――ほんの数秒の間に、車内は死体と流血で埋め尽くされる。


「しっかりしろ……しっかりしろ……」

 ククリはそう呟きながら、震える自分の手を押さえる。

 頭上を弾雨が通り過ぎ、既に死んだ死体とホロを撃ち抜き続ける。

 しかしやがて、弾雨が止む。

 

 ビリリ。ビリリリ。


 ホロにナイフが突き立てられ、切り空けられた小さな穴から、ころりと何かがトラックの中に入れられる。

「クソがぁっ!」

 一人が叫びソレを掴むと、穴から投げ返す。

 トラックのすぐそばで、爆音が轟く。

 外で「ぎゃあ」と誰かの叫び声が聞こえた。


「このままじゃジリ貧だ!」

             「トラックから脱出しろ!」

「死体を担げっ、盾にするんだ!」


 誰かがホロをナイフで切り開き、外に飛び出す。それをまねて、生存者達が次々とトラックから飛び出す。――その過半数以上が、その場で射殺された。

「クソ、想像以上だな……」

 そう呟き、偉丈夫が宙を睨む。

 先程、騒ぎを止めた男だ。

 未だうつ伏せのまま身動き一つしないククリ達を尻目に、偉丈夫はカードを取り出し、トラックに手を当てる。


『―――遠隔操作(リモートコントロール)


 偉丈夫がそう呟くと、トラックの車体全体に仄かな光が奔る。

「ドライバー無し、条件成立。これより、このトラックのドライバーは()()

 その宣言と同時に、トラックが急に走り出した。

 ドン、という衝撃が二度、三度と続く。……少し遅れて、人を轢いているんだとククリにも分かった。十中八九、さっき飛び出した奴らの死体だ。

「前、見えないんスか?」

「見えん。……だから、適当に走るのみだ」

 ククリの問いに、偉丈夫は頷く。

 闇雲に走るトラックに、外の連中も慌てているらしい。銃撃が止み、叫び声と怒号がククリにも聞こえた。


 今だ。……今立たなくて、どうする。

 立てっ。立つんだ。勝つために……! 生き残るために、成り上がるために……!


 恐怖心を押さえ、ククリは立ち上がると破れたホロから顔を出す。

 深夜に集められただけはあって、まだ外は暗い。だが、幾つか照明があり、問題はない。

 眼下には死体と、仮面を被り、銃で武装した人間が数十人。遠くには砦が一つ。ククリ達と一緒に来たもう一つのトラックは炎上しており、叫び声が聞こえた。トラックの下にはトラックや死体を盾に応戦する者もいるが、最初に集められた人数を思えば、驚くほど少なかった。

 仮面の男が銃を構えたので、ククリは顔を引っ込める。

「右側に元来た道があります! 一旦そこに逃げ込みましょう」

「ナイスだ」

 偉丈夫がニヤリと笑い、トラックを操作し、大きく右にハンドルを切る。

 速度を上げて、来た道を戻る。

 逃がすまいと、銃撃が再開される。

「もう遅い。逃げ切ってやるさ」

 偉丈夫が不敵な笑みを浮かべる。だが、敵もそう簡単に逃がす気は無かった。

「逃がさねぇ……!!」

 仮面の男が一人、トラック乗り込み、銃を乱射する。寝そべっていたうちの何人かがこれを食らい、胸元を押さえ喘ぐ。

「クソッ」

 ククリはカードを取り出すと、人差し指を銃のように構えた。

 小さな紅い光の塊がギリギリ視認できる程度の速度で飛び、男に突き刺さる。

「ぐふ……」

 小さな爆発が男を包み、男は銃を取り落とすと、よろけてトラックから転がり落ちた。

「よっしゃ! ざまあみろッス!」

 ククリは思わず叫び、手を強く握り込む。

「やるな。……今の、爆裂弾か?」

 偉丈夫の言葉に、ククリは頷く。

「そうです。Eですけど」

 今日のため、ククリが有り金の殆どを使って買った「爆裂弾E」のカードだ。

「やるな。お前のおかげで逃げ……」

 偉丈夫の言葉はそこで途切れた。


 ――――大爆発。


 トラックの後輪から車体の半分くらいまで、一瞬で炎に包まれる。その後も二発目、三発目が着弾し、トラックがスリップする。

「ここまでか……。グレネードランチャーか?」

 そう呟きながら、偉丈夫は炎上するホロを引き裂き飛び出す。遅れて、ククリ達もトラックから飛び出した。

 刹那――――トラックが爆発する。

「引火したか。危なかった」

 誰かが、そう呟く。そして、誰もが走り出す。

 敵はまだいる。逃げ切れたわけではないのだ。


 銃声は止まない。だが、照明から離れたことで、敵もこちらも位置が分からない。

「森に逃げ込め!」

 偉丈夫の男が叫ぶ。ククリ達も、敵も、森に入る。

 森に入ったことで、次第に銃声が鳴らなくなっていく。


「……くそっ。木が邪魔だ!」

             「焼き払え!」

                   「グレネードで吹っ飛ばせ!」

     「ダメだ。魔族を刺激する……!」

「アレ出せ」

     「こういう時のためだからな、アレは」


     「……つまらなくなるが、しょうがないか」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ