一章03
――――深夜 トワイライトゲート前。
No.7の中でも市庁舎、警備当局から離れた場所に位置し、市長交代と同時に凍結された工業化計画の遺産が眠る、廃墟が連なるネクロポリス。
その入り口たる、古ぼけた装飾と、弾痕に彩られたトワイライトゲート。そこに、命をどぶに捨てようとする最底辺達が集まっている。
その中には、生まれたばかりの異世界転生者――ククリも混じっていた。
「思ったより、多いな……」
ぽつりと、ククリは呟いた。
この場にいるのは、ざっと五十人くらいだろうか。
外見はバラバラ。浮浪者然としたものから、清潔感があり、きちんとした身なりの者まで。幼い少年から、年老いた老人まで。変わった者だと、服すら着ていない者、ローブで全身を隠した者など。
表情もバラバラ。焦燥した顔。不安と怯えの混じった顔。どこか悟ったような顔。……狂気に満ちた顔。ポーカーフェイスを崩さない者。
ただ唯一共通するのは、その瞳。
ギラついた、乾きや憎悪が見え隠れする瞳。
天上世界から垂れる蜘蛛の糸。そのたった一筋の救済を受けるために、どんなリスクも……『犠牲』も払う。
――――そんな空気が、そこには充満していた。
「――おい、予定の時間を過ぎたぞ?」
「どうなってんだ」
「まさか……悪戯だったのか?」
「そんな、酷い!」「ふざけやがって……!」
そんなやり取りが始まった頃、小さく、無数の地鳴りが聞こえてくる。
集まった人達が音源を探ろうと暗闇の中を見渡すが、何も見えない。
しかしすぐに、音源がこちらに近付いて来たのか、音が大きくなると同時に、別の音が聞こえてくる。
――――駆動音だ。
ギャリギャリと音を立ててタイヤが地面を転がり、パッとライトが点いた。
「ウッ……」「…………」
何一つ光源のない場所に急に光が生まれたせいで、目が眩む。
ククリが目を押さえ、しばらくして目を開けた時には、二台のホロを被った大型トラックが停車し、新たに配置された台の上に、一人の男が立っていた。
太めの老人で、一見好々爺に見えないことも無いが、どこかうさんくさい。
トラックのライトを背に、男は蝶ネクタイを整え、周囲に語りかけた。
「ようこそ集まってくださいました、皆々様! ……私は、この度のゲーム開催者、オーリーと申します!」
オーリーはそう言って、シルクハットを取ってぺこり、とお辞儀する。
「まずはあなた達に敬意を! このようなゲームに参加することを決心してくださり、感動です! ……それでは、さっそくですが速やかにトラックに乗ってください。治安当局の襲撃は避けたいものでして」
オーリーはそう言って、さっと背後のトラックを指した。
「待て! 俺達をどこに連れて行く気だ!?」
誰かが、そう叫ぶ。
それに対し、オーリーは左右に首を振った。
「それは教えられません。着くまでのお楽しみです」
「俺達をハメる気か、テメェ! ゲームを降りてやってもいいんだぞ!?」
「どうぞご自由に……。と言いたいところですが、それはできません」
オーリーがパチン、と指を鳴らす。
いつの間にか背後に、オーリーやトラックと向かい合うようにククリ達を挟み込み、銃を構えた集団が、ククリ達を無機質な目で見ていた。
「この場に現れた以上、あなた達はゲームの参加者。一攫千金のチャンスを得たラッキーな方々です。ですが一方……敗者は、全てを奪わせてもらう。私の糧になってもらいます。故に、この場から逃がすわけにはいきません」
「なんだとっ……!」
動揺がククリ達に広がる。それを見て、オーリーが何か言おうとしたが、それを止めたのはオーリーではなく、参加者側の男だった。
偉丈夫が闇夜に向かって弾丸を放ち、周囲を無理矢理黙らせる。
「危険は承知の上だ。それでも、俺には金が必要だ。……おい、ちゃんと金はあるんだろうな?」
男がオーリーを睨みながら聞くと、オーリーは腹をゆすって笑いながら、頷いた。
「ええ、ええ。それは勿論」
パッと、オーリーが手を開く。そこには、ライトの光を反射し輝く十枚の金貨があった。
それを見て、周囲が色めきたつ。
「この通り。金貨十枚、確かにありますよ?」
「…………なら、いい」
偉丈夫はぶっきらぼうにそう言うと、さっさとトラックに乗り込んだ。
その後を追うように、少しづつ誰もがトラックに乗り始める。
「大丈夫だ……大丈夫」
自分を奮い立たせるようにそう呟き、ククリもまた乗り込んだ。
「俺は……俺は……」
先程オーリーに啖呵を切った手前、トラックに乗り込むことに抵抗があるのだろう。一人だけなかなかその場を動かない男がいた。
「フ…………。困った男ですなぁ」
そう呟いて、オーリーは片手を上げた。それを見て、男が慌ててようやく駆け出す。
「待っ……」
バキュン。
一瞬小さな音がして、どさり、と何か重いものが倒れる音が、トラックの中にいるククリにも聞こえた。
トラックの中が途端にどよめく。
何人かが、今更になってやはり逃げようとトラックの出口に向かうが、辿り着く前に出口が閉じられ、ホロの中は真っ暗になった。……そして、前触れなくトラックが走り出す。
誰もが重く暗い不安を感じながら、どこへ行くとも知れぬトラックの中で、自分だけは助かるようにと祈りを捧げる。
だが、彼らが向かうは楽園でも天国でもなく――地獄だ。
祈る相手は神ではなく、悪魔が相応しい。
地獄行きのチケットを自ら買い求めた者達は、望み通り――――。
地獄に、向かっていた――――。