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一章02 黄昏時

 

 ラナの森は、No.7近くにある森だ。

 

「うわ……匂うな」

 緑が濃く、むわっとする。湿気がすごいな、とククリは内心舌打ちした。

 マレが言うには、今の季節は夏らしい。

 それだけあって森には生命力に満ち溢れ、木々も草も花も瑞々しい。

 羽ばたく鳥達の鳴き声も美しく、賑やかだ。


 ……時折混じる獣の咆哮が恐ろしいが。


「そういや、まだだったな」

 ここまで来て、ククリは貰ったツールセットを確認し忘れていたことに気付く。

 切り株を見つけてそこをテーブル代わりに、ナップザックの中身をぶちまける。


 群生地が赤い点でマークされた地図。

 コンパス。

 小型・中型ナイフが合わせて三つ。

 スコップ。

 携帯食料が三食分。

 水が入った水筒。

 手袋。 

 拳銃一つ。

 幾つかの医薬品、包帯。

 糸と釣り針。

 ライター。


 中に入っているのは、それくらいだった。

「これが銃か……」

 入っている弾丸は十発。試しにククリは、近くの倒木に発砲した。

 バキュ、と音がして、木に小さな穴が空く。

 それだけで、ククリは不思議と感動した。

「いかにも冒険って感じ……だよな?」

 ククリはぼそりとそう呟いて、セットになっていたホルスターに銃をしまい、地図を片手に歩き出した。




 化け蛍草の群生地は町に近い所にあったが、崖を降りる必要があり、かなり遠回りする必要があった。

「空でも飛べれば一発なんだけどな……」

 それか、崖を降りるスキルか。どちらも、ククリが持っていないスキルだ。

 

 汗を流しながら、ククリはただ、森を歩く。

 人里に近い分、魔獣は見かけず、危険は全く感じられない。もはや、気分はピクニックに近かった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 とはいえ森を歩き慣れないククリにとっては、しばらく歩くだけでも苦労の連続だった。

 木ばかりの風景は目印がなく道に迷うし、不気味な蟲も蛇も怖い。

 滑って転んでズボンを泥まみれにした時は、誰もいないのに、何だか妙に恥ずかしかった。

 ようやく群生地に辿り着いた頃には、早朝出発したはずなのに、もう日が高く昇り、お昼過ぎになっていた。 


「……着いた」

 これからだというのに、既に達成感を感じながら、ククリは膝をついた。

 群生地には、ククリ同様初心者らしい冒険者が何人かいる。

 皆一様に座り込んで、ブチブチと化け蛍草を抜いていた。

 ……見るからに『農民』といった雰囲気の人間が混ざっていたことが気になったが……。

 ククリも依頼通り、袋いっぱいになるように化け蛍草を引っこ抜く。

 それが済むと、一息つこうと水筒と携帯食料を取り出し、昼食にする。



「お、キミ初心者?」

 ククリが食事を取っていると、若い女性が声をかけてきた。

 金髪と赤いリボンが可愛らしい、くりっとした瞳の少女。手に鍬を持ち、どう見ても冒険者というより「農家のお嬢さん」といった風貌だ。

「そうッス。……あなたも?」

 ククリが尋ねると、ハハハ、と笑って少女は首を振った。

「違う違う。見て分からない?」

「……農民?」

「違う!」

 少女はそう言うと鍬を握りしめ、ククリの頭へ力いっぱい振り下ろした。


痛っ!(いだっ!)


 ゴイン、といい音がして、ククリは頭を抑えて呻いた。

「分からないかなぁ? この溢れんばかりのインテリジェンス! 気品と知性を合わせ持つ美貌! 魔術誌とか読まない? この町の顔役、キッカ博士だよ!」

「マム、無理があります」

 痛みを堪えるククリの耳に、一度、聞いた事がある声が届けられる。

 顔を上げると、目の前にリールズに連れられて入ったカジノにいた、女型ヒューマノイドがいた。

「? どの辺がだ?」

「全部です」

「……ウチの子はホント、酷い子だ」

 そう呟き、キッカ博士は肩をすくめた。

「博士?」

 ククリの言葉に、ヒューマノイドが頷く。

「はい、私の生みの親、キッカ博士です。……一見、ただの農家の娘さんですが」

「ただのじゃない、美人のね! いや、そもそも天才博士だから! アンタ産むのに、どれだけ私が苦労したことか!」

「……本当に天才博士なんスか? この人?」

 ククリが、ヒューマノイドに尋ねる。

「はい。……一見ただのお調子者ですが、若くて優秀な、将来有望な博士の一人です」

 その言葉に反応し、キッカ博士が否定する。


「ノゥ! この大天才に並び立つ者なぞ――おらず! 天上天下唯我独尊! この私こそ、史上私以外誰も到達しえない域に在る、本物の『鬼才』を持つ者ナリィ!」


「……確かに、脳みそぶっ飛んでるッスねぇ」

「そう言うキミも、脳みそぶっ飛んでるッショ! 物理的に!」

 ハイテンションのままキッカ博士はそう言って、ツンツン♪ とククリの頭を突いた。

「……はぁ?」

 思わず、間の抜けた声がククリの口から漏れた。

「聞いたぞ。キミ転生者なんだろ? なら一遍死んでるから脳みそぶっ飛んでるッショ!」

「何でそんなの知ってるん……」

 そこまで言ってピンときて、ククリはヒューマノイドの方を見た。

「私が教えました。……知られたくなかったですか?」

 申し訳無さそうな顔で尋ねるヒューマノイドに、ククリはぶんぶんと首を振って否定する。ただ、「言いふらされるのは困る」と付け足した。

「何イヤがってんの? スターだぜ? スーパースターにだってなれるかもヨ? うざってぇ博士やイチャモン博士はどけどけぇ! ……とばかりにそのスペシャルなカードで吹き飛ばしちゃえヨ!」

「いや……カード、持ってないんスよ」

「あらら」

「結局、あの男に盗られたんですか?」

 ククリは頷く。

「助けてもらった時、アイツ、倒れながらこっそり俺からスッてたみたいなんス。後でポケットを確認したら、入ってなかったです」


 キッカ博士があんぐりと口を開く。

「うわー……悲惨ね。……ぶっちゃけ、強力カードのない異世界転生者なんて、ただの住所不定無職だからねー」

 ……言葉の刃というのは、ここまで人の心を抉ることができるんだ、とククリは思った。

「……そんなヤバいスか?」

 こくこく、とキッカ博士が頷く。

「そりゃそーよ。実績も経験もナイ、箔がつくモノ何もナイ。むしろ、住む家も、まともな装備を買う金もナイっていうナイナイナイナイナイ。マイナスポイントしかナイじゃない。どのパーティも入れてくれナイだろうし、採集クエストや火ネズミ狩りに勤しむしかナイわねぇ」

「そんな、殺生な……」

「ドンマイ☆」

 いい、とてもいい笑顔で、キッカ博士はそう言った。

 がくり、とククリが肩を落とす。折角食べていた携帯食料も、おいしくなくなってしまった。……それは、元々おいしくなかったのだが。

「……博士、いくら事実でも、少々無慈悲な宣告すぎるかと」

「何言ってんの、事実は事実よ。学者が事実から目を背けちゃおしまいよ」

「彼は学者ではありません。自分のルールや価値観を、人に強要することはよくありません」

 はぁ、とキッカ博士がため息を吐く。それから、ヤレヤレと両手を上げてお手上げのポーズを取った。

「頭固いわねー。まったく、親の顔が見たいわ」

「鏡を見てください、マム」

「うっさい」

 キッカ博士は、ククリ同様、ヒューマノイドの頭を鍬で叩こうとするが、あっさりと避けられてしまった。

「きっつー。現実、きっつー……」

「フフフのフ。そこまで悲観することはないわよ? 転生者クン?」

「――ククリですよ、俺の名前は」

「へぇ、さすが転生者! 変な名前!」

 再びグサッと言の()がククリに突き刺さった。

 マレ、どういうことだ……! 

 あのおっぱい娘め。戻ったら揉んでやる。そう、ククリは心に決めた。

「でねでね! キミ、もしよかったら私のモルモットにならないかい?」

 ズビシィ、とククリを指差しながらウインクしつつ、キッカ博士は提案した。

「へ? ……いや、意味分からないんスけど?」

 ククリの当然の疑問に、ヒューマノイドも頷く。

「博士、言葉が足りてません」


「――――キミを私のペットにしたいのさ!」


「博士、知能が足りてません」

「……ホント、キミってば私に対してだけは辛辣だよねー」

 そう呟き、今度こそ、キッカ博士はきちんと説明した。

「だからさ、異世界転生者なんて珍しい存在のボディがどうなってるか気になるの。衣食住付きで、金も出すよ?」

 家なし、まともな収入なし、経歴なしのククリにとって、それは破格の待遇といえた。

 だがそれだけに、ナニをされるかがククリは気になった。

「で? 俺はナニされるンスか?」

「痛いことはしないよ? ……たぶん。薬を飲んだり、色んな検査を受けてもらいたいのさ」

 そう言って、キッカ博士はニッコリと笑った。……ククリはその笑顔に、何か「ウラ」を感じた。

 怪しい……。

 確信、というほどではないが、少なくとも、何も考えずに信用すべき顔ではないとククリは思った。

「いや……考えときます」

「チッ。……いや、残念」

 舌打ちしやがった、この女……。



「ま、いい。実験用の野草も取れたし、キミとのコンタクトにも成功した。今はこれでいいとしよう。……帰るぞ、人・(サン)

「はい。ではククリさん、また会いましょう」

 二人は最後に簡単に挨拶して、さっさと去っていった。

「……嵐のような女だったな」

 ぽつりとククリは呟き、ふと周囲を見ると、他に誰もいないことに気付く。

 そこでようやく、思っていたよりも長話していたことを知った。

「夜になったら困るな」

 急いで携帯食料の残りを食べ、ククリは森を出るために歩き出した。




 ―――ククリが町に戻り、報酬を受け取ると、すっかり夜になっていた。


 貰った報酬だけでは宿を取ることも難しく、マレに頼み込み、ククリはギルドで泊まらせてもらうことにした。

 意外にも、ククリ以外にも幾人か隅っこのベンチを陣取って寝泊りする人間がいた。

 服が薄汚れていて、しばらく風呂にも入っていないらしく、臭い。髭さえ剃っていない者もいて、ここが『最底辺』だということをひしひしと感じさせる。

 おまけにギルドはバーも兼ねているため、夜になると冒険者達が集まり、賑やかな宴や喧騒が始まる。

 彼らの視界に入らないように、ひっそりとククリ達『最底辺』はバーの隅っこで寝ようとするが、如何せん騒がしい。おまけに酒や御馳走のいい匂いが充満していて、固いベンチで寝るのは、極めて難しい。

 店内を流れる陽気な音楽は、じわじわと睡魔を退ける。


 慣れない森を一日中歩いたせいでククリは全身がダルく、さっさと眠りたかったがなかなか寝付けない。

 中にはもうぐっすりと寝入っている(つわもの)もいたが、凄いというよりこの煩さの中で身じろぎ一つしない様は、一見、ただの死体にしか見えなかった。


「…………」


 数時間粘った辺りでククリはここで寝ることを断念し、ギルドを出た。

「あの人達、凄いな……」

 ククリは何だかんだ言いながら、今日一日を楽しんでもいた。

 荒くれ者のリールズと賭博で戦い。

 銃を構えたり、森を一日歩いただけで少し「タフな男」になった気分でいた。

 だが、彼らの方がよほどタフかもしれない。俺には無理だ。柔らかいベット……とまでは言わない。そこまで贅沢言える身分じゃないから。ただ静かで過ごしやすい温度の所で寝たいだけ。それさえも叶えられないのか?

 ――この生活でやっていけるのか? それとも、いずれ慣れるのか?

 どんな事情であれ、この生活スタイルで暮らしながら、精一杯生きている彼らは凄いな、とククリは思った。

「俺にはとてもとても……。いや、まだまだ頑張るッスかねぇ……」 

 時折感じる、マレや他のギルドメンバーの痛々しいものを見る視線もまたキツイ。

 ――まだ転生して一日目だ。それなのに、この状況。

 ハードすぎる……。ハードすぎるぜ、異世界転生……!



 幸い、夜だというのに夏なだけはあって寒くない。外で寝ても風邪をひくことはないだろう。

「……マレの言うとおり、多少の危険は承知の上で、夏なら野宿した方がいいかもなぁ」

 ククリはため息を吐いて、野宿に都合がいい場所を探して町を歩きだした。

 リールズが言っていた通りNo.7は歓楽街らしい。もう深夜だというのに人通りは多く、町は明るかった。

 疲労しきった身体を寝ずに引きずるせいか、身体の中の何かが壊れいてく感覚がある。もちろん気のせいだとククリも分かっていたが、あまり健康に良くない状態だということは確かだった。

「いい場所がないな。こんなに歩くなら、まだギルドのベンチに丸まっていた方がマシだったか……?」

 そう呟いて、よろよろと歩いてると、肩が誰かとぶつかった。

 ククリがぶつかった相手。

 チッ、と舌打ちしたのは、ククリよりも年下の少年だった。

「くせーんだよ、貧乏人。近寄んな」

 ククリを睨みながら、少年は自分の服のぶつかった箇所を叩く。

「あ、ああ……ごめ」

「いいよ、もう」

 少年はもう一度舌打ちし、さっさと去っていった。そして、すぐ側のバーへと入る。有名人なのか、彼が入った後、歓声が外にまでよく響いてきた。

 ククリもまた少年の背を睨み、ぽろっと、思わず口から言葉が零れる。

「くそ…………俺だって…………」

 そう呟いた後ククリはようやく、周囲から、自分が相当惨めな人間だと思われていることを自覚した。


 哀れで惨めな最底辺。……それが、ククリに対する評価なのだ。

 

 転生してすぐのフワフワとした気持ちが消えていく。怒りと悔しさで思わず歯噛みするククリの耳に、くしゃ、という音が届き、足元に少しだけ違和感があった。

 足元を見ると、道いっぱいに、大量のビラがばら撒かれていた。そのどれもが、同じビラだ。

 ククリは何とはなしに、それを拾ってみる。


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 ビラに書かれているのは、そんなあからさまに危険で、耳心地のいい言葉だった。

 裏には具体的な日付と時間、場所が記載されている。

 ククリ同様、そのビラを拾った人々が、口々に囁く。

 

「うわ、マジか」

「金貨十枚って……この前カードショップ『キリーレ』に入荷した『百雷』がぴったり買える値段じゃん」

「それに便乗したな。あんな最高レアカード、俺達が一生かかっても手に入らねーからな」


 簡単な情報交換と、内容の確認。それが済むと、人々は小突きあいながら「お前が行けよ」と囃し立てる。

 勿論、それは冗談だ。

 確かに、金貨十枚は彼らにとっても大金だ。だが、こんなあからさまな罠に自らかかりに行く程、彼らは愚かでも、追い詰められてもいない。


 ――――だが、この場にたった一人、自ら毒蜘蛛の前に身をさらけ出す、愚か者がいた。


 ()()()()()


 ククリはグシャリ、と力強くビラを握り、覚悟を決めた目で歩き出した。

 力が欲しいのか。名声が欲しいのか。その両方が欲しいのか。……それとも、ただ『今』から逃げ出したいのか。


 ――――自分でも、何が欲しいのかすら分からないままに。

 ククリは激情のまま、座標を定め歩み始めた。

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