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六章10 別れ

 ククリの提案は即座に受け入れられ、部隊は再編された。

 巨竜の顔に突撃するククリ達を護衛する部隊と、巨竜の注意を引きつける部隊。

 大まかに二つに部隊は分けられ、巨竜との戦いは再開される。

 

 羽虫のように兵士が散っていく。

 その中を、ククリ達が飛ぶ。

「……これでよかったのか? ククリの要求は当然のもの。向こうは小生達が要求しなくても、護衛と引きつけくらいしただろうに」

「いいンスよ」

「どうせ守る気ないぞ? 護衛とは名ばかり。ギリギリになったからこちらを切り捨てる筈だ」

「それでいいンスよ。……こっちも、守るつもりは無いッスから」

「え?」

 ククリはニヤッと笑った。




 青い光線が飛ぶ。――――しかしそれは巨竜の瞳に命中しない。僅かに逸れ、額に当たる。「――狙い通りッスね」

 ククリとカトラ達は飛び上がり、巨竜に近づく。

 兵士達を置いて、といってもククリが光線を撃つ少し前に逃げていたが――三人と一匹は、巨竜の口に飛び込んだ。


 ――――三人と一匹の身体が、溶けて消えた。




 ククリは、かつて一度竜に飲み込まれたことがある。

 その時のことを、ククリはよく覚えていない。だが、薄らと覚えていることがある。

 変身した竜の体内。その中枢こそが変身状態の核だった――そういう感覚がある。

 体内で暴れるもよし。核を壊すもよし。目を貫くより、よほど致命傷を与えられるに違いない。

「……よわったッスね」


 ……そう思ったのだが、気づけばククリは奇妙なところにいた。

 まるで赤と黒の絵の具をぶちまけたかのような、気味の悪い、生理的に受け付けない風景。 絶叫のような、耳障りな音がひっきりなしに木霊する。

 ただここにいるだけで、頭がおかしくなる。……狂っていく。


 狂気に溢れたここは――――もしかして、融合した三人の精神世界なのか?


 竜化した三人の眠る、狂気に満ちた世界。おそらく、ここがそうなのだ。


 思っていた以上に、巨竜の内部は妙なことになっていたらしい。巨竜には、体内器官すらないのだ。

 精神世界は「竜化」のアビリティカードの狂気に感染し、不気味な世界になっていた。


 一緒に入ったはずのカトラとグラッチェ、ワイバーンのライもいない。ここにいるのは、自分だけ。…………いや、もう一人。


「――――ナタ」


 ククリは、そっとその名を呼んだ。

 狂気が渦巻く世界でたった一人、確固たる自我を保った少女。ククリにとって、国家と敵対し、命を懸けてここまで来るに値するたった一人の少女。


 ようやく二人で話せる機会を得たというのに――――ククリもまた、狂気の渦に飲み込まれつつあった。

 少しづつ自意識が浸食されていくのを感じながら、ククリはナタを見つめる。


「……ありがと。私のために、こんなになって」

 ナタのお礼を聞きながら、ククリはそれを否定する。違う。そんな、他人行儀なお礼なんて聞きたくない。

「でも、ここでお別れ。……あなたは生きて」


 ナタがククリに抱きつく。――そして、キスをした。

「――――さよなら」


 ナタは、泣いていた。そっとナタがククリから離れる。

 泣かなくていい。そんな、悲しそうな目をしないでくれ。……だがククリの願いは届かず、離れていくナタを止めることはできなかった。


 ナタの周りに、二人の影が集まる。――おそらく、ギンドロとアルカナシアだ。三人の周りに赤と黒の二つの色が集い、醜悪な光の全てが集束されていく。


「――――まだだ! 待ってくれ!」


 翼をはためかせ、ククリは飛ぶ。

 手を伸ばす。彼女の元へ、この手が届くようにと願う。


 ――――そして狂気が、ククリの心を押し潰す。


 赤と黒、二つのエネルギーの粒子に触れる度に、脳に割れるような痛みが奔り、破壊衝動に駆られる。

「だめ……来ては、いけない」

 

 再び拒絶しようとするナタの意思を無視し、ククリは手を伸ばした。

 今度は、ククリの方からナタを抱きしめる。


「死んでもいい。それでも……ずっと一緒だ」


 ナタは嫌がった。

「ナタ……愛してる」

 しかしククリの意思が固いと知り、――――最終的には受け入れた。

「ズルい……それは、ズルいよ……」



 狂気に蝕まれながら、それでも懸命に、ククリはナタのことを思った。


 意識が消える最期の瞬間まで、ククリはナタを思い続けた。










「…………ククリ」

 ナタの手の中で、淡い光の粒子となって、ククリの身体が消えていった。

 最後の粒子が消えるのを見た後、ナタは自身の身体を見る。

 ナタもまた、身体が消えつつあった。

「私も……」

 

 死を予感したナタに、クスリ、と小さな笑い声が聞こえた。

 振り返ると、アルカナシアが笑っていた。


 ナタは口を開いたが、自分が何を言いたいのか、言いたかったのか分からない。

 憎悪なのか、恨みなのか――憐憫なのか。


 どれだけ傷つけ合っても、家族だからこそ、その感情を一言で言い表すことは難しい。


 狂気が渦巻く渦の中心でアルカナシアは笑い、トン、とナタを押した。

 ククリだったものの粒子の残滓である白い光に包まれて――――ナタは落ちていった。


 どこまでも、どこまでも落ちていく。

 ナタは見上げると、笑ったまま、アルカナシアもまた自意識が崩壊し砕け散ったギンドロの粒子と共に、渦の中心を飛び出した。ただ、その身体はナタと違い天に昇っていく。

「――――」

 アルカナシアが何か呟く。


 なんと言ったのか、ナタには聞き取れない。……いや、理解できなかった。


 ――――幸せにな。


 それが、アルカナシアの最期の言葉だった。

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