六章04 過去というもの
ククリ、ギンドロ、カトラはグラッチェを置いて巨城内を駆けた。
城内の兵士を射撃カードで倒し、暴れながら玉座めがけて進む。
ワイバーンの軍団とバリアを退けた今、最早ククリを止められる者はいない。――たった一人を除いて。
「――待っていたぞ」
そう言って、男はニヤッと笑った。
男の名はグレン。近衛騎士団団長にして、ククリからナタを奪い……そして、カトラの故郷を焼き払った男。
グレンの姿を見て、カトラが一歩、前に進み出た。
「この者の相手は小生がしよう。――二人は、先に行ってくれ」
「一度負けたというのによく言う。……何なら、三人まとめてかかって来ても構わんぞ?」
グレンが挑発するが、カトラは首を振った。
「虚勢はいい。……これは、小生の復讐。小生だけの問題だ。二人には関係ない」
カトラがカードを取り出す。鈍い輝きが迸り、カトラの手の中に刀が現れる。
それはかつてカトラがグレンと対峙したとき、持っていなかったもの。
幼き頃から一心不乱に振るってきた「刀」という武器。
ギンドロから借り受けた新しく……そして、基本に立ち戻った力。
「……分かった」
加勢したいというのがククリの本音だったが……結局、カトラの意思を尊重することにした。
それに、早くナタを解放させたかったし。
「じゃあ後で。――――お互い生きて再会しよう」
「承知。……汝とナタとは、落ち着いた所でいずれゆっくりと語り合いたいものだ」
ククリはもう振り返らずに、前だけ見てグレンの横を通り過ぎる。
ギンドロもポン、とカトラの肩を叩き「任せた」と言うと、振り向きもせずにククリの後を追って進んでいった。
「ククク……馬鹿が。一人で俺に勝つつもりか? 小娘風情が笑わせる」
カトラはその言葉を聞き流し――目を瞑る。
過去を反芻する。
まだ色あせることのない過去の風景。憎悪の記憶。
……いや、違う。
――――小生はもう、親の顔すら曖昧にしか思い出せない。
脳裏に浮かぶのは最期の苦悩の表情ばかり。一緒に食卓を囲み、笑い合った記憶は薄れつつある。
過去は覆らず、無情にも時は進み続ける。
今なら分かる。小生の憎悪は偽物で、本質は『恐怖』だ。
自分は恐れているのだ。
幸せだった日々を忘れていくことを。
いつか家族にも、故郷にも執着しなくなる日を。
取り零したかつての日々に、価値を見出せなくなる時を――――小生はずっと恐れている。
憎悪の炎も消えてはいないし、全くの偽りじゃない。でも、今となっては目眩ましに近い。 ただ『恐怖』から視線を逸らし、自らを過去に縛り付ける鎖だ。
――――解き放つ時が来てしまった。もう過去ばかり見るのは止めて、鎖を引きちぎらなくてはならない。
カトラは目を開けた。
「もうお前の首に興味はない。ただ、一つのケジメとして――――ここで死んでもらう」
刀を構える。凪いだ海のような心のまま、殺気を放つ。
グレンがそれを見て、ニタァ、と笑った。
「面白い。前より余程上等だ」
悠久だった憎悪と刹那の殺意。
全ての思いが一刃に籠められ――――カトラは舞った。
玉座の間に近づくにつれて、不思議なことに兵士達はどんどん減っていった。
誰もいない廊下を走り続け、ククリ達は玉座の間の前にある扉へとたどり着く。
「いよいよか……」
ギンドロがごくり、と唾を飲み込む。いくら彼でも、緊張することがあるらしい。
珍しいものを見た、とククリは思った。
「なぁ……」
そしてその後さらに、ギンドロはククリにとって予想外の言葉を口にした。
「――――悪かったな、ナタのこと」
ククリは一瞬、何を言われているか分からなかった。
「……今更なんだ。本気で言ってるンスか?」
今まで、全く気にしていない風だったのに。
「戯れ言だ。……そう思っておけ。ただ、俺にも少なからず思うことはあるし、つい口に出てしまうこともあるってだけだ」
「そんな言葉、今更何の価値もないッス」
ククリがそう言うと、ギンドロは笑った。その笑みは、一瞬ククリには悲しそうなものに写ったが――気のせいだとして、見なかったことにした。
「だろうな。……くっちゃべるのは、そろそろ終わりにするか。行こう」
頷き、二人は扉を開けて前に進んだ。




