五章07 約束
身体が宙に舞う。
眼下には、アスファルトの地面が見える。
……このまま落ちれば、小生、死ぬな。
カトラは空中で、できる範囲で受け身と取る。だが、そもそも姿勢が悪かった。
重傷は避けられない。このままだと最悪、障害が残るだろう。
「残念。……小生はここでリタイアか」
身体が地面にぶつかる。
鋭い衝撃が奔った。身体が二度、バウンドする。
指一本すら、力が入らない。
「マズ……い。こんな……ところ……で、寝る、ワケ……には」
意識が途切れようとする中、細い糸のように、かろうじて意識を保つ。
血が足らないからだろう、視界は灰色で何も見えない。動くことすらできず、短いような永いような時間が過ぎる。
そして、誰かがカトラの前に立った。
ダークスーツにサングラス。それに流星を描いたネックレスをつけた、全身血だらけの男。 男はカトラを拾い上げると、どこかへ向かって歩き出した。
血は、既に乾いている。――後には何も残らなかった。
「……分かった」
キッカの連絡を受けたグラッチェは、ククリを見てまず驚き、話を聞いて仰天した。……しかし、結局は頷いた。
「意外だな、もっと嫌がると思っていたッスけど」
「嫌に決まっている。だが、約束は約束だ」
渋面で、偉丈夫の男は頷いた。
「まぁ因果応報ってヤツだネ☆! 悪事ダメ、絶対!」
「……返す言葉も無い」
「報酬をネコババしただけにしては、結構重い代償ですけどね」
「外野はちゃちゃ入れないでくれないッスか?」
ククリは少し困惑したが、同時に見直していた。かなり落ちていたグラッチェの評価は、ククリの中で大幅に上がった。
グラッチェ……一緒に命がけのデスゲームを乗り越えた仲間であり、山分けすべき報酬を独り占めした男。
妹の医療費のためだというから、ネコババの件は結局うやむやになり「一度だけ、命に代えても助ける」という役に立ちそうに無い約束をされた。
「あの時のアホみたいな約束が、役立つとはなぁ……」
感慨深げにククリが頷いてると、だけどな、とグラッチェが付け足した。
「条件がある」
「条件?」
グラッチェは重々しく頷いた。
「この町で飼い慣らされているワイバーンは、全て一カ所に集められている。ククリ達指名手配犯と「8」の残党に奪われちゃかなわないってことでな」
「……まさかとは思うが、そこから連れてこいと?」
「そうだ。そうしないとこちらは何もできない」
グングン上がっていた好感度は、一気に垂直落下した。
「そこに、参はいるッスか?」
「……ずっとはいない」
「なるほど。俺が参には勝てないと踏んで了承したンスね」
ククリが睨むと、グラッチェは視線を逸らした。
「そういうわけでは無い。ただ、俺が何よりも優先するのは妹だ。妹と会えなくなるようなことがあるなら、なるべく抗うだけだ」
なるほど。ようやく分かった。
コイツ、ガチのシスコン野郎だ。
おまけに、妹を言い訳にあらゆることに姑息。
「おお、これぞ化かし合い。詐欺詐欺合戦だね☆」
「……ロクでもない人間の吹きだまりですね、ここは」
「私は含めないでよ、参」
「勿論含めてます」
キッカがオーバーリアクション気味に肩をすくめた。
「成長するたびにどんどん口が悪くなるの、どうしてかなぁ……☆?」
「鏡見てください」
このぴりぴりした空気の中でもなごやかな二人を見て、ククリはため息を吐いた。
「……分かった。なら、そこに案内してくれ」
グラッチェが目を瞬かせる。
「正気か? 参だぞ? あの最強ヒューマノイドの」
「確かに、デスゲームのころは助けてもらいっぱなしだった。だけど、俺も成長したッスから。あの参相手にどこまで通用するか、試してみたいンスよね」
「イカれてるな。つきあい切れん」
そう言って部屋から出て行こうとするグラッチェの首筋に、ククリが抜いた軍刀が当てられた。
「馬鹿言うな、お前には付き合ってもらう。こっちが条件を飲んだからにはな」
「…………俺を脅すのか?」
「立場を分からせてるだけだ」
ごくり、とグラッチェの喉が鳴った。軍刀の刃先が少し揺れて、グラッチェの首が少し切れた。
「分かった。いいだろう。……連れて行ってやる」
「当たり前ッスよ」
ククリはため息を吐くと、キッカと参に向き直った。
「二人とも、こんな時間に悪かったッスね。おかげで助かったッス」
「もう勘弁してよ?」
「デリカシーの無さは、ちゃんと改善してください」
「……悪かったッスよ」
キッカと参は笑うと、キッカは手を振った。
「吉報を待ってるよ。大丈夫。キミはこの大天才たる私が認めた男なんだから☆」
「ナタさんを助けてあげてくださいね」
「勿論」
グラッチェを伴い、ククリは部屋を出た。そして扉を閉める前に、あることを思い出した。「そうそう、俺、ここに入るとき一番奥の部屋の窓ガラス割っちまったッス。ごめん」
「……とっととでていけ! 疫病神!」
さっと扉を閉める。グラッチェを急かして廊下を走りながら、ククリは聞いてなかったことを尋ねた。
「――――さっき言ってた「8」の残党ってどういうことッスか?」




