五章03 襲撃Ⅱ(後)/難敵達Ⅰ
(息が苦しい……)
煙と炎が、肺を焼く。いくら息を吸っても、足りない。酸素が、ここには足りない。
「ったく……何をやっているンスかね」
仲間達は、もうここにはいない。
ナタは駅で連れ去られた。
カトラは、列車が爆破された時に落ちていった。今頃は、眼下にあるスラム街のどこかだろう。
燃え上がる列車から脱出し、敵から一歩でも遠くに逃げるべく、炎と煙で身を隠しながら、燃える線路を進む。
たった一人で、苦しみながら。
(苦しい……しんどい)
でも、今死ぬわけにはいかない。
まだ、やらなくちゃいけないことがある。
「…………」
火は、ますます強くなった。
朦朧とした意識の中、フッとその場に崩れ落ちる。
背が熱い。だが、もう大丈夫。
――――ククリは、無事に炎を抜け出した。
とはいえ、休んでいる余裕はない。今頃、敵は乗客の中に、ククリもカトラもいないことに気づいただろう。
ククリは背後を見た。
列車と線路周辺に、十数人の冒険者達が群がっている。
乗っていた時は気づかなかったが、列車の背後にはワイヤーで、ハンググライダーのようなものが幾つかくくりつけられていた。よく列車に追いついてくるなと思っていたが、これなら納得だ。
追ってくる気配はない。今のうちに隠れなければ。
続けて、横を見る。
高所に敷かれた線路の横には、No.7のスラム街が広がっていた。
二、三階立ての薄汚れた廃ビルが、眼下に並んでいる。
ここから一番近いビルが、前世の単位で横に五メートル、縦に三メートルくらいだろうか。 その正面に移動し、金剛力を授けるカード「鬼の右腕」を発動する。
メタリックな義手が消え、赤く筋肉質な右腕が現れた。
「…………アレを試してみるか」
深呼吸し、乱れていた呼吸を整える。
走り、しゃがむ。身体を丸める。そのまま線路の土台の端を、右腕一本で掴む。
勢いを利用しながら、右腕で押す。
空中に放り出された身体が回転する。
ただ飛ぶだけでは、五メートルも横に移動できない。だが、鬼の右腕を利用すれば。
地面を蹴るより、余程遠くに移動できる。
身体が回り、足が下になる。
「痛っ」
尻餅をついて強かに尻を打ったが、それでもなんとか無事に、ビルの屋上に飛び降りることができた。
尻を押さえつつ振り返ると、いよいよもって線路が大きく燃えていた。
冒険者達はこちらを探すどころか、兵隊が来る前に逃げようとしている始末で、ククリはほっと息を吐いた。
「よし。合流しようか」
カトラが落ちた所は覚えている。怪我しているかもしれないし、早めに合流した方がいいだろう。
「おかしいな……この辺りの筈なんだが……」
カトラがどこにもいない。
路地には野犬の死体が転がっているだけで、カトラはいない。
もう少し探そうとして、ククリは舌打ちし、一歩後ろに下がった。
ククリを狙った弾丸は、僅かに逸れて後方の壁に当たった。
「よく避けたな。……全く、貴様の成長には驚かされる」
建物の影から出てきたのはホロハロ。そして、ノノンだ。
「ごめんなさい。館にいたもの、事情はだいたい把握してる。……その上で、あなたを捕らえるわ。だって、私達は冒険者だから」
男銃使いのホロハロと、女騎士ノノン。
『連魔弾の悪魔』という異名をとる、No.7出身の大型ルーキーだ。
「恩人に手を上げるのはできれば勘弁願いたいッスから、引いて欲しいンスけど」
「たいした自信だ。二対一だぞ? 命乞いをするか、逃げるべきじゃないか?」
「お二人とは、逃げきるよりはまだまともに戦った方が勝算がある。それに、カトラが心配ッスから」
ホロハロが話しながら、空薬莢を排出し引き金に指をかける。
「言っておくが、カトラについては知らない。俺達は一連の列車爆破を観察し、群がったハイエナに過ぎない。ここに来たときには、既にカトラはいなかった」
「そうッスか。……二人が拉致していたのなら、話は簡単だったンスけどねぇ……」
ククリはそう言うと、唐突に横にステップした。
一瞬の間に、また「鬼の右腕」を起動する。そして、廃ビルの壁に鬼と化した右腕をぶつけた。いともたやすく指は刺さり、そこに力を入れたことで、ククリの身体が大きく飛び上がった。
「あいつ……!」
ホロハロが銃を撃つ。
弾丸が頬をかすめた。
浮かび上がり、慣性に従い斜めに落ち始めるその刹那。
ククリもあいている左腕で、「爆裂砲」を撃った。
「ホロハロッ!」
スラム街に轟音が轟く。
ククリは再び壁に指を突き刺し跳躍し、屋上へと飛んでいった。
「化け物か、アイツは……」
「吸血鬼と戦い生き残った、というのは伊達じゃないみたいですね」
ホロハロは冷や汗をかいた。
二対一の余裕は既に消し飛んだ。
たった今、まさに死にそうになったのだから。
爆裂砲を防いだのは、ホロハロを庇ったノノンのバリアカードだ。
「ノノン、バリアは?」
「……破壊されました。しばらくは使えません」
前衛の女騎士ノノンが剣とバリアで敵の攻撃を防ぎ牽制する。
後衛の銃使いホロハロが、その背後で射撃し敵を仕留める。
それが二人の必勝パターンだった。シンプルだが、高次元の実力を持つ二人のこの連携を止められるものは、ルーキーにはいなかった。
その戦術はたった今、破綻した。
「世話してやった後輩に追いに抜かれるというのは癪だが……面白い」
ホロハロの言葉に、ノノンも頷いた。
「ええ。意表を突かれましたが、ホロハロ、あなたの精密射撃能力は素晴らしい。頼りにしています」
「お前もな。ヤツも剣は持っていたが素人の筈だ。剣技、防衛能力において、ルーキーにお前より上のヤツはいまい」
二人は腕をぶつけ合い、気合いを入れ直してククリを追った。




