序章4 曙
ゲームは、ククリの予想通り一方的な展開を見せた。
偶数でも、奇数でも。
必ず、ククリではなく他のプレイヤーが勝利をもぎ取っていく。
ゲームの流れも奇妙で、ククリが賭ける方を決めた後、他の三人が賭ける方を決めて、それからダイスが振られる。
既に四回ダイスが振られ、ククリは四回負けていた。手持ちの銅貨は残り二枚。
「もう終わりか? 早かったな」
リールズが呟き、周囲がゲラゲラと笑った。
五度目。またダイスが振られ、これがククリにとって初勝利となった。
周囲が舌打ちし、二枚出していた銅貨が四枚になって帰ってくる。
勝った方で賭けられた銅貨を分配する。それがこの場のルールだ。
リールズは、常にククリが賭けた側にも誰か一人賭けさせている。そのため、もしククリが勝っても、リールズ達が賭けた分を一人で総取り、というわけにはいかない。
「ツキが回ってきたか? ……なら、もっと面白くしないとな」
六度目。賭ける金額を決める決定権を持っていた男に、リールズが耳打ちする。男はにやにやと笑いながら頷き、賭け金を銅貨三枚に指定した。
ククリが賭けたのは偶数。
ダイスが示した数は奇数。
……ククリの賭け金は銅貨一枚になった。
「これで、ゲーム終了だな」
不適に笑いながら、リールズは賭け金に銅貨二枚を指定した。
「払えなかったら、カードを寄越せ。いいな」
「…………」
いよいよ進退窮まり、ククリは黙り込んだ。
リールズ達が何故一方的に勝つのか。その仕掛けには、だいたい見当が付いている。
シンプルなイカサマだが、まず間違いなく、リールズ達はダイスに重りを仕込んでいる。
重りが入っているダイスは重心がズレて、出る目が偏りがちだ。
ククリが賭ける方を聞いてから、そちらの目が出やすいダイスにすり替えて振ることで、連勝しているに違いない。
「…………クソッ」
問題なのは、ククリにはそのイカサマを止められないことだった。
ダイス交換の瞬間を、ククリは見破れない。
振る直前の手の動きに違和感はあるが、彼らは決定的なものはククリに見せていなかった。これでは、ククリには指摘できない。
苛立ち、思わずククリは舌打ちした。
七度目。
ククリが賭けたのは奇数。
実際に出たダイスの目の合計は、偶数だった。
パン、とリールズが手を叩いた。
「――――ゲームセット。カードを出しな」
獰猛な笑みを浮かべて凄むリールズに対し、ククリはポケットから銅貨を一枚取り出し、机の上にあるものと一緒にリールズに渡した。
「……んだよ。まだ持ってやがったか」
しらけたような声を出して、リールズは銅貨を受け取った。
…………ありがとう、爺さん。
ククリは心の底から感謝し、老人の幸せを心から祈った。
――――――――。
そんなククリの目を、鋭く、温かな痛みが奔る。
『光』だ。
今まさに太陽が昇り、鋭い光で店内を照らしていた。
「……お客さん」
ククリの背後に、いつの間にかしかめっ面の老人が立っていた。
「お客さんが何しようが、ウチに迷惑がなきゃそれで構わないが……。もう閉店時間だ。店を閉めるから、とっとと出て行っとくれ」
チッ、とリールズが舌打ちした。
「間が悪い……。なら、後一ゲームで決めてやる。それくらいいいだろ?」
それなら構わない、と老人は頷き、元いたカウンターに戻った。
「さて、と。……テメェ、後いくらもってやがる?」
リールズが凄んだが、ククリは内心戦々恐々しながらも、「さぁ?」とシラを切った。
チッ、ともう一度舌打ちしたリールズは、今までとは違う硬貨をテーブルに置いた。
銀貨だ。
銀貨を二枚、リールズはテーブルに置いた。
「おい馬鹿、そんな大金……」
思わず制止しようと腰を上げた男の頭を、リールズは殴りつけた。
男の身体が浮き、柱に叩きつけられる。
「黙れ」
静かにドスの利いた声でそう言うと、またパン、と手を叩いた。
「―――さぁ、ゲーム再開だ。覚悟はいいな?」
凄むリールズに、ククリは不適な笑みを浮かべて返した。
「ああ。――――ゲーム再開だ」
……男を殴りつけたリールズの凶暴性に、思わずククリは呑まれかけた。
だが、素早く冷静さを取り戻し、これに耐えた。
……せっかく運が巡ってきたってのに、ここで呑まれたら流れを奪われる。
自分でもよく分からないが、ククリはそう感じた。
「ああ。―――ゲーム再開だ」
そう宣言し、ふと、ククリはテーブルの下で、ポケットに入れていた『カード』を盗み見た。
「エネルギー弾・タイプX」ではない。
薄布を纏い微笑んだ女性と、その指先に止まる青い鳥が描かれたカード。
「女神の微笑み」という、ククリの持つもう一枚のカードだ。
今こそこのカードを使うべきタイミングだと、なぜかククリはそう感じた。
―――力を、貸してくれ。
そう念じると、目に見えた変化は何も無かったが、ククリには、カードが何か答えてくれたような気がした。
八度目のダイスが振られる。
ククリが賭けたのは偶数。
そして、ダイスの目の合計もまた、偶数だった。
「―――よっしゃ!」
思わず、ククリはそう叫び、ガッツポーズを取った。
「馬鹿な……」「リールズ……」
呆然とした顔で、リールズが呟く。そして、ググっと怒りを込めて手を固く握りしめた。仲間達もどうしたらいいのか分からず、リールズの出方を窺っている。
硬直した場に対し、全く関係の無い部外者はククリに惜しみない賞賛を送った。
「やるな、キミ。面白い大逆転劇だった」
いつから観戦していたのか、近くの席に座っていたダークスーツの男はそう言って拍手した。
――――リールズがナイフを抜き襲い掛かったのは、まさにその時だった。
咄嗟にククリも、マレから貰ったナイフを抜く。
闇雲に振っただけだが、運良くナイフ同士がぶつかり、ククリのナイフだけが手から弾かれ床を滑った。
衝撃でよろけて尻餅をついたククリを見て、リールズは嘲笑した。
「ハハハハハ! そうか! 最初から、こうしてれば良かっ……」
銃声が鳴り、哂うリールズの身体がよろめく。そしてそのまま、ククリの隣に倒れた。
銃声は、ククリが置物だと思っていたモノから発していた。
それは人のようでいて、人ではない。
人……正確には少女のものとは思えない大きな手と、円盤型の耳。
もしこれが、置物でないのならば。
ヒューマノイド、アンドロイド、サイボーグ、ロボット。
そういった言葉が、ククリの頭の中を浮かんでは消えていった。
「リールズ! ……テメェ」
リールズ同様ナイフを抜いた彼の仲間たちを一瞥すると、ヒューマノイドが指を向ける。指先から弾丸が発射され、それら全てが寸分たがわず彼らの胸へと吸い込まれた。
「百発百中の腕に、魔装弾か。……生命剥奪か?」
ダークスーツの男の言葉に、ヒューマノイドは頷く。
「命まではとりません。体力を奪って、黙らせれば、それでいい」
そう言って、カウンターに硬貨を何枚か置いて、店を出て行った。
「ありがとう、店主。いいゲームだった」
「……こちらこそ」
カウンターを見ると、ボードゲームが広げられていた。先程まで対戦していたらしい。店に入った時は、彼女の背中に隠れて、ククリは気付かなかった。
「…………」
呻くリールズ達を尻目に、ククリもまた、店主とダークスーツの男に頭を下げ、そろそろと店を出た。
「……いいのか?」
店を出た後、ダークスーツの男がククリに尋ねた。
「何がっスか?」
そう尋ね返したククリに、男は呆れたような笑みを浮かべ、ポン、と肩を叩いた。
「まだまだ、脇が甘いな」
頭に疑問符を浮かべるククリを見て男はまた笑い、露店でリザードサンドを二つ買うと、一つをククリに渡した。
「俺の名はギンドロだ。ま、キミは面白いヤツだし、縁があったらまた話そう」
そう言って、ダークスーツの男は去って行った。
「格好いいな……」
あんな兄貴肌な男になりたいな、と去り往く背中を見ながら、ククリは思う。
――――カードを一枚スられていたことに気付いたのは、数時間後のことだった。