四章06 別れ
三章末のあらすじ 主人公の持つカードに鬼の右腕が抜けていました。すみません。
駅は、No.8の中心地から少し離れた所にぽつんとあった。
各都市に駅は一つずつ。駅は少なく、遅延も多い。
公共機関だからこその赤字運営であり、がらんとした駅構内は、少し寂しく感じられた。
構内はそれなりに広く、屋根は赤いトタンが美しい。ただ皮肉なことに、立派な建物だというのにロクに利用されていないという状況が、より一層寂しい雰囲気を漂わせてしまっていた。
寂しく空虚な駅。
……だが、全くの無人というワケではなかった。
「待ったぞ。どうやら、俺の読みは当たったらしいな」
そこにいたのは、ほんの数人の部下を引き連れた、赤い髪が特徴的なかなり長身の男だった。
「……何のことッスか? あなた、誰ッスか?」
「適当なことは言わなくていい。ここまで近付いて、そんな陳腐な変装で誤魔化せると思っているのか?」
鼻白んだ顔で、男は言った。……流石に服を着替えただけじゃ限界があるか。
諦めて、ククリは男を睨みながら、ポケットからカードを取り出し、「鬼の右腕」を起動した。
カトラから譲り受けた金剛力を授けるカード。流石に義手ではお話しにならないので、一先ずこれで戦闘準備を整える。
とはいえ……今回、ククリはきっと戦闘に参加できない。
相手の目的はナタだ。ナタが動けない今、彼女を放り出すことはできない。
この場に伏兵がいる可能性は高い。明らかに、城門前にいた兵に比べて数が少なすぎる。どれだけ兵を分散したとしても、ここまで少ないというのは異常だ。
なので、戦闘はカトラに頼むしかなかった。
「カトラ、頼んだ。……武器もないッスけど」
「……承知した。仕方あるまい」
カトラがククリとナタを庇い、前に出る。
それを見て、男はニヤッと笑った。
「お探しの剣は、これだろう?」
男が背負っていた剣を抜く。
身体に隠れて見えなかったそれは、確かにカトラがビルに置いてきた大剣だ。
男はその剣をしげしげと眺めて、それをカトラに向かって投げると、興味深そうにカトラを見た。
「これ、アビリティカードで大鬼に変じた人間の背骨を、加工して造ったんだろ。……誰の骨だ?」
「貴様……」
……カトラの目が、スッと、糸のように細くなった。
「何故それを知っている? ――そうか、貴様」
パチパチ、と男は手を叩いた。
「ご明察。住民の過半数が大鬼と化し、暴走していたNo.13を焼き払ったのは、この俺だ」
「なるほど、あい分かった。――――貴様が近衛騎士団団長、グレンか」
「だとしたら、どうする?」
「故郷の皆の仇だ。その首をもらう。醜悪だが、墓前に供えるには菊よりよほどよい花だろう」
カトラが大剣を構えながら怨嗟に満ちた声でそう宣言すると、奇妙なことに、グレンは笑った。
「安心した。あいも変わらずNo.13の人間は、この国への反抗心で満ちているらしい。それでこそ、なぶりがいがある。それでこそ、丁寧に下準備して嵌めてやったかいがある」
「……やはりそうか。近衛騎士団の長がこれとは、根っこから腐っているな、この国は」
「そうでもない。アルカナシア殿下の器は途方も無く大きいのさ。俺のような外道でも、国のためになると思えば何も言わない。使えなくなった瞬間、これまでのことが暴かれて絞首台行きだろうがな」
「安心しろ、それはない。――貴様の命脈は、今日、ここで尽きる」
カトラが大剣を肩に担ぐ。そして開いた片手で、二枚のカードを抜く。
そこの描かれたイラストを見て、グレンは驚きと興味、呆れが入り混じったような顔になった。
「『身体強化』と『装甲C』か……まぁ、貧乏人が買える中では優秀な部類かな?」
「その無駄に動く口も、首から下がなくなれば静かになるな」
「面白い。……おい、お前らはテェだすなよ」
グレンは背後を振り返り兵士達を睨むと、軍刀とピストルを持ってカトラを見据えた。
「――――いくぞ」
たった一歩で数メートルの距離を飛びながら、カトラが大剣を横薙ぎに振るう。それをすんなりとかわしながら、グレンが銃を抜いた。
「そんなデカブツ、よほどの巨大モンスターでもない限り、重いだけの鈍らだぞ?」
銃口がカトラの腹に向けられる。すかさず、グレンが撃つ。
弾丸が腹に当たる直前で弾かれる。『装甲C』が発動しているからだ。
障壁が体を包みこみ、多少、ダメージを肩代わりする。
「――――百も承知。だが、使い道が全くないわけでもない」
隙だらけになりながら、かわされてもそのまま大剣を振るう。そして、ステップするようにグレンに突っ込む。
「だから、そんなの避けられるに――――っ!」
コマのように回転していたカトラの剣先から、衝撃波が飛ぶ。
衝撃波はそのままグレンの首めがけて進み、そこで何かに弾かれた。
グレンの首は、繋がったままだ。
「危ねぇ。こっちも事前に『装甲』発動しておいてよかった」
「…………」
無言で、今度は真っ直ぐに大剣を振るった。
グレンはそれをあっさりとかわす。……そのせいで、背後で兵士が一人重傷を負ったが。
「純粋な技巧と魔術の合わせ技……普通のカードに頼らない絶技か。その技術の結晶、間違いなく固有スキルカードになっているな」
だがそこまでだ、と呟き、グレンは銃を撃った。
再び、カトラの肌に触れる直前で弾かれる。
「そろそろ『装甲』も切れたな。……いや、面白かった。面白かったぞ? 俺が『装甲S』を持っていたからこそ相殺できた。B以下なら『装甲』が破けて俺は今頃死んでいただろうさ。だがどうであれ、お前の負けだ。そんなアホみたいな剣を後生大事に使っているからそうなる」
グレンが銃を撃った。
狙いは左足首。
カトラは素早く足を引いた。
「武器以外はよかった。それだけに、こうして弄ぶだけになるのが残念だ。もっと味わいたかった。……次、右足首。次、左肩。次、腹。次、心臓。次、首。次、頭。次、左耳……と見せかけて右耳」
カトラが悔しそうにグレンを見る。
容赦の無いグレンの遊びは続いた。
……マズったッスね。
ククリ達も、兵士が全くいないとは思っていなかった。
だが、こんなのがいるとは、さすがに想定外だ。
カトラは今にも殺されそうだ。
それはイヤだ。助けたい。
同時に、恐ろしいのは彼女が『百雷』を使うことだ。
憎い相手に翻弄されているのだ、敵味方関係なく、どうせ死ぬならと自分もろともに百雷で道連れにする……結構本気でありえると思う。
とにかく、一秒でも早く助けないと……!
状況は逼迫している。
だが、カトラを助けにいくということは、動けないナタを放置するということだ。
ナタはぐったりとしていて、もうずっと気絶するように眠っている。
休ませてやりたい。……今、ナタを放置してもいいのか?
どうする? どうすべきだ? だいたい、助けるってどうやって?
時間が無い。どうすれば……。
ククリは悩み続ける。必死に答えを探す。
だが、タイムリミットはきてしまった。
「――――死ね」
グレンが、今度こそ容赦なく殺すべく銃を構えた。……ククリは、考えるのをやめた。
「ふせろ!」
爆裂砲を放つ。咄嗟にしゃがんだカトラとグレンの背後で、兵士達に直撃する。
「――――ハ! こんな街中で大砲ぶっぱなすたぁ、イカレてるぜっ」
グレンもまたカードを取り出し、巨大な炎を召喚する。
「燃えろ! ハハ、弾けろ!」
駅に火の手が上がった。
「な、ムチャクチャッスよ!」
「問題ない! お前らがやったことにするからな!」
「悪魔かテメェは!?」
ククリの爆裂砲と、グレンの炎の塊がぶつかる。
衝撃、そして爆散。
絶え間ない攻撃と、その防御。
どちらも、撃つのを止める事ができない。そのハズだったが――。
「うおおおおおおおおおっ!」
炎の中を火達磨になりながら、グレンが走る。
二つの力がぶつかり合い霧散したその隙間を縫って、滑り込むようにククリの方にやってくる。
「ンな、馬鹿な!?」
慌ててククリは迎撃に爆裂弾を構えるが、一歩遅い。
「死ねぇ!」
だが、死にはしなかった。
グレンの身体が弾け飛ぶ。カトラが、背後から衝撃波を飛ばしたのだ。
ククリがすかさず追撃に爆裂弾を撃つ。
それをかわしながら、グレンが銃を構える。
撃たれないように、ククリはグレンに飛びついた。そして、鬼の右腕の力を発揮させる。
怪力で銃を壊し、そのままグレンを殴る。一度目は弾かれたが、二度目には、装甲を破った感覚があった。
装甲さえなくなれば……。
ククリは勝利を確信した。だがその時。……ククリは、背後で歓声が上がったのを確かに聞いた。
「油断しただろ? ナタは貰った」
ニヤっとグレンが笑う。
「な――」
グレンが、動揺したククリの腹を蹴飛ばす。
「ククリ!」
カトラが隣に来る。大剣は置いてきたのか、代わりに倒れている兵士達からくすねてきたらしい、軍刀を腰につっている。
ククリは痛む腹を押さえながら、ナタを寝かしていた方を見る。
そこには、数十人の兵士がいるだけだ。ナタは、いない。
「……ナタは、どうしたんだ?」
「我らが故郷、ダタン帝国首都No.0だ。転移カードを使わせてもらった。……だが、お前らには関係の無い話だ」
グレンが炎の塊を呼び出す。無数の兵士達が銃を構える。
「姫と違い、貴様らはいらん。ただの逆賊でしかない。故に、ここで死んでいけ」
――――ナタが、ここにはいない?
――――連れ去られた?
感情が、爆発する。
ククリは生まれて初めて、身を焼き尽くす激情から哂った。
兵士達も、カトラも、グレンも。誰もが、ククリを凝視する。
身体が動かない。目が、離せない。
おぞましくも心魅かれる、不気味なオーラが放たれる。
名は無い。実体は何一つ持たない。
だが。
悪魔のような、天使のような。人々をどこかに導くエネルギーの渦がそこに出現し、蠢動していた。
どこか遠くで、列車の走る音が聞こえる。
この駅に、列車が来ようとしているのだ。
「渡さん」
「ナタは、渡さない」
「奪ったというのなら、必ず取り戻す」
「――――必ず、この手に取り戻す」
列車は減速しない。元からなのか。この駅の惨状を見ての判断か。
グレン達、ククリ達の隣を、列車が駆ける。
ハッとして、グレンが叫ぶ。
「う……撃て――!!!」
その判断は、一秒遅い。
火の手が回りすぎた駅で、爆発が起こった。
屋根が崩れる。
誰も、銃を撃てるような状況ではない。
この事態に、列車が減速する。
ククリとカトラが列車に飛び乗った。
「ま、待てっ!」
グレンが叫び銃を撃とうとして……既に、ククリに壊されていることに気付く。
今回も、ククリは運がよかった。
「女神に愛されているのは、俺の方だったな」
ククリがそっと呟いた。
列車は進む。ククリ達の目的地はNo.0。だが、この列車はそこまでは行かない。
次の駅はNo.7。ククリとナタが、出会った町だ。




