四章05 前進?
ビルを降りたククリ達は、自分達が突っ込んだせいだというのにそ知らぬ顔で、いかにも「怪我人を運んでいます」という顔でそそくさとビルから離れた。
ククリ達以外にも怪我人が何人もいて、ビルの周辺は瓦礫が転がり、野次馬達が群がっていた。
No.8はそれなりに発展しているからだろう、救急車がやって来て、何人かの人間が担架に乗せられて運ばれている。
――――この惨状を、自分達が逃げるために生み出したということを、ククリは実感し、今すぐにでも土下座して謝りたくなった。
だがそうはいかない。今は逃げなければ。
直にここにも兵士達が来る。個人的な感情で、二人を犠牲にするわけにはいかない。
背後で、誰かの呻き声と怨嗟の声が聞こえる。
思わず、ククリは振り向きそうになったが――カトリが、ポン、とククリの肩を叩いた。
「行くぞ」
そう呟いて、カトラはずんずんと前に進んでいった。
……彼女が正しい。この場において、間違いなく彼女が正しい。
ナタに「自らを暴走させる」という決断をさせてまで、俺達はなぜ逃げ延びたのか。なぜ、そんな事態になったのか。
……全ての根っこは、俺達を追うアルカナシアか。それとも、肝心なことを忘れて、こんな窮地を生み出した俺のせいなのか。
答えは出ない。ただ、重く苦しい後悔だけがククリにのしかかった。
……もう二度と。二度とこんなミスは犯さない。犯してなるものか……!
そう、固く決意して、ククリはカトラの後を追った。
「スライムドリンク三つ。それから、サンドイッチ五つ」
「はいよ、どうも」
背負っていたナタを公園のベンチに座らせ、公園で商売をしていた男から食べ物を買った。
カトラと三人でベンチに腰掛け、食べ物を分け合う。
ここのところ携帯食料か木の実ばかりだったので、ククリ達にとっては、これだけでも御馳走だ。
「ナタ、食えるッスか?」
ククリが聞くと、ナタは首を振った。食べたくないらしい。
「こんな時だからこそ、食べなきゃダメッスよ」
押しつけると、のろのろと、ようやくナタは食べ始めた。
「このドリンク、ねるねるねるねを飲むヨーグルトみたいにした感じッスね」
「確かに面妖な飲み物だが、ねるねるねるね、とは何だ?」
「……なんでもないッス」
どうやら前世にしかない食べ物の知識らしい。覚えは無いが、咄嗟に出てしまった。
一息つきながらも、ククリとカトラは注意深く周囲を見張る。今の所、兵士達がこちらを気にする様子は無い。それどころか、街中を捜索する兵士達は、少しづつ減り始めていた。
「どこかに集まっているッスかね……」
「かもな。だがこちらのやることは変わらぬ。No.8に来た目的を果たさねば」
「そうッスね」
頷いて、ククリはサンドイッチをかじった。
口の中に、卵の味が広がる。仄かなしょっぱさが卵の甘みと溶け合っていて、割とおいしかった。
食事を終えると、早々にククリ達は立ち去った。
No.8にやって来た理由。
ククリ達を匿ってくれる可能性がある、ナタのかつての従者の実家を訪ねるためだ。
おぶっているナタから住所を聞き出したククリ達は、徒歩でそこに向かう。
住宅街の片隅に、目的地はあった。
「これは……ダメッスね」
「住所が違う、ということはないのか?」
ククリとカトラが見遣る館は、屋根に苔が生え、壁をツタがはっている。
荒れ具合からして、放置されて一年くらいだろうか?
現在、誰も住んでいないのは明らかだった。
「ナタ、この住所であっているんスよね?」
ククリが聞くと、ナタは頷いた。余ほどしんどいのだろう、喋る気力も無いらしい。
「あら、この家のお客さん?」
ククリとカトラが話し合っていると、散歩していた老婆が声をかけてきた。おそらく、この近所に住んでいるのだろう。
「……ええ。何年も前のことですが、こちらの家の女性にお世話になっていたことがありまして。そのお礼に伺ったのですが」
ククリがかしこまってそう言うと、老婆は少し悲しそうな顔になって「そうなの」と言った。
「ちょうど去年にね、娘さんが結婚したのよ。それで、もうこの家も痛んできたし、娘さんの夫婦と一緒に、全員No.6へ移っていったのよ。おしかったわね。……ちょっと待って、住所書いてあげるから」
老婆は一旦家に引き返し、それから少し待っていると、住所の書かれたメモをくれた。
ククリは丁寧にお礼を言って、その場を離れた。
「……断られる心配はしていたけど、「ここにはいない」ときたか。想定外ッスね」
「うむ。小生も予想だにしなかった。一年前に去ったというなら、ほぼ確実にまだNo.6におろう。行くか?」
「行くしかない。問題は、馬はもうないということだ」
「馬を買う金は?」
「無い。そっちは?」
「小生も厳しい」
「だろうな」
「ということは、列車ッスね」
ククリはおぶっているナタにも確認を取った。
「聞いていたッスか? 列車でNo.6に向かうッスよ?」
ククリが言うと、ナタが「きいてた」と呟き、「きけんじゃない?」と尋ねた。
「このまま、また城門を越えるよりはマシじゃないッスか? まぁ申し訳ないけど、普通に乗るのはヤバイから、こっそり忍び込むッスけど」
ククリがそう言うと、ナタは「ならいい」と言った。
「それにしても、よく咄嗟に列車なんてものを思い出したな。小生、完全に失念していた」
この辺りの列車は走る区間が限定的すぎて、ほとんど利用されていなかった。来る時間もまちまちで、使いやすいとは言いがたい……らしい。というのも、切符が高いうえに、No.7ではギルドやラナの森から遠いところに駅があり、ずっと町周辺からでたことがなかったククリは利用したことがないのだ。
感心するカトラに、ククリはあさってのほうを向いた。
「いや、実は前々から乗りたかったンスよね」
「…………ホント男は好きだな、ああいうのが」
カトラは呆れたように言った。




