四章04 過去の残り火
一晩野宿し、それから半日がかりで森を抜け、ククリ達が見たものは――――、
町の城門を囲う、千を越える大軍だった。
「いたぞ、情報通りだ!」
兵士達の内の誰かが叫び、皆いっせいに銃を構えた。
「……監視カメラ、あったみたいッスね」
「うん」
「……ごめん」
監視カメラで、俺達がNo.8に向かっていることは知られていた。
だからこその、この人数だろう。
クソ、俺がもっと早く思い出していれば……。
そう思っていると、横から軽く頭を殴られた。
「しゃんとしろ。過ぎたことは、……小生達にはどうにもならん。今は逃げるべきだ。悩むのは後にしろ」
「カトラの言うとおり。逃げよう」
「二人とも……」
二人のフォローをありがたく思うと同時に、なんだか自分が情けなくなった。
――――吸血鬼を倒していい気になっていたッスけど、俺もまだまだッスかね。
「ありがとう」
お礼を言った後、ククリはため息を吐いて、観念して現実を受け入れた。
馬車をUターンさせる。
ひとまず、ここは逃げる時だ。
「逃がすなぁ! 追えっ!」
背後で怒声が響き渡り、無数の馬が駆け出す。
それを背中で聞きながら、直に追いつかれるだろうな、とククリは思った。
こちらはぬかるみを走り続け疲労困憊の馬だが、向こうは元気いっぱいだ。まだ距離があるものの、みるみる縮まっているのが音で分かる。
どうにかしなければ。どうにか……。
俺の手持ちのカードの中で一番強いのは「爆裂砲B」のカード。だが、これは別に対軍用のカードというわけじゃない。守りが強固な奴や、対モンスター戦用だ。威力とリーチはあるが、そこまで広範囲に攻撃できない。となると……人に頼るか。既に迷惑かけてしまった後だし、この際だ、ナタ以外の人に頼ることも覚えよう。
「カトラ、百雷でどうにかならないッスか?」
ククリが尋ねると、カトラは少し考え、ニヤッと笑った。
「……小生には威力の加減ができないが、そうだな、この距離なら威嚇射撃は可能だ」
もう少し近かったら何人か殺していた、とこともなげに言うと、カトラは百雷のカードを使った。
――――空から数多の雷が落ちる。
敵の悲鳴も聞こえない。凄まじい轟音と共に、雷が明るく周囲を照らし出した。
「――――」
「――――っ」
すぐ横にいるというのに、声が聞こえない。ただ、身振り手振りで、ククリはナタの言いたいことを理解した。……目的は、分からなかったが。
ククリは混乱する馬に走り続けるように指示を出すと、馬車から飛び降りた。
困惑しながらも、カトラもそれに続く。ナタも飛び降りると、仮面を被り二人を担ぎ上げた。
もう一度雷を落としてほしい、と身振りでカトラに指示を出すと、まだ閃光が残る中走り出した。
担がれながら、カトラがもう一度百雷を放ち、数多の雷を落とす。
――――その直後、ナタの身体に異変が起こった。
フードを被っていてもはっきりと分かるくらいに角が大きくなり、背から大きな尻尾が飛び出す。
竜化のカードの力が暴走しているのだ。理性を失い、怪物へと変じようとしている。
「ナ……タ?」
何をしようとしているのか。
ククリは尋ねるか、止めさせようとしたが――声は続く轟音で届かず、止めさせようにも身体はがっちりとナタの腕で固定され、手足をばたつかせるくらいしかできない。
ククリが何もできないまま――――、
ナタが、雷が落ちたばかりの大地に向かって跳躍する。
ククリが正気か、と叫び、とカトラがキャ、と悲鳴を上げた。
人二人抱えているというのにそれをものともせずに、ナタは人が小さく見えるほどの高さにまで跳躍し、落ちた雷の残滓が跳ねる大地を飛び越えた。
ナタの変化は、それで終わらなかった。
人のものとは思えない、獣のような声を上げると、背中を丸める。
服を裂き、そこに、蝙蝠のような翼が生えた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!』
周囲を威嚇するように鳴くと、仮面の隙間からよだれを垂らしてナタは飛んだ。
不安定で何度か墜落しそうになりながらも、ナタは千を越す兵士達の頭上を飛び越える。
呆気に取られる兵士達を置いて、ナタはそのまま城門を越え、付近のビルに体当たりした。
悲鳴と怒号が、ナタの鳴き声でかき消される。
竜と化しつつある人間を見て、腰を抜かすか、背を向けて脱兎の如く逃げていく。
何人かは、瓦礫の下にいるようだ。
ぶつかった衝撃放り出されたククリとカトラの目の前で、ナタは壁を殴った。
「オオッ!」
もう一度叫び、何度も何度も壁を殴る。それから顔を抑え身体を丸めて蹲り、くぐもった呻き声を出した。
「オオオ……」
角と尻尾が縮み、翼が消えていく。……後には、背に穴の開いた服を着た、満身創痍のナタだけが残された。
「「…………」」
ククリとカトラは、それを呆然と眺めていた。それから一瞬早くククリは立ち上がってナタを抱き上げた。
「だ、だ、だ、大丈夫ッスか! どうなっているッスか!?」
珍しく本気で慌てたククリを見て、ナタがしんどそうにではあるが、面白いものを見るような目で笑った。
「だい……じょう……ぶ。疲れた……だけ……」
「疲れただけって……そんな……」
いたわしいものを見るよう目をするククリを見て、ナタは少しだけ、自分も悲しくなった。
ナタが無意識に、ククリの頬に手を伸ばす。
「忘れて。……あの姿になったのは……「8」に捕えられていた時以来。……あんな醜い姿……ククリに、覚えていて欲しく……ない……」
そこで、ナタが意識を失った。ククリは更に慌てたが、胸はきちんと上下しているし、呼吸も安定している。
ククリは思わず、ほっと息を吐いた。
「終わったか? なら、着替えろ」
腰を抜かした人間を追い払い、瓦礫に埋もれた人間を助け出していたカトラが、服を二着手渡した。
多少デザインやサイズに差はあるが、ダークスーツとシルクハットのセットだ。
「これは?」
「変装セットだ。さっき腰を抜かした人間達から剥ぎ取った」
相変わらず、容赦が無いな、カトラは……。
「急げ。小生達もうかうかしていられない。奴ら、また追いかけてくるぞ」
――――こんな時だというのに、竜化が進んだナタに意識を取られて、追いかけられている兵士達を忘れかけていた己を、ククリ恥じた。
「分かったッス」
ククリはカトラから背をむけて、手早く服を着替え、最初に着ていた服を瓦礫の下に隠した。
「ナタは?」
「時間が惜しい。小生も手伝ってやるから、二人でさっさと着替えさせるぞ」
意識がない人間の服を脱がせるのは、流石に……。
一瞬そう思ったものの、時間が無いのは確かなので、ククリはカトラと協力してナタを着替えさせた。
着替え終わると、ナタを背負う。
「エレベーターは閉じ込められるとまずい。階段で降りよう」
「承知した。急ぐぞ」
そう言って走り出すカトラを、慌ててククリは呼び止めた。
「カトラ、背中背中」
「何? ……すまない、一体となっていた故、失念していた」
カトラは背負っていた大剣を握った。
巨大な魔物の骨を加工した大剣。
それを掴んで、じっと刀身を見つめた。
「……気になっていたけど、それ、何の骨なんスか?」
ククリの質問に、カトラは首を振った。
「気にすることは無い。……どうしても置いていかないといけないなら、置いていくだけだとも。所詮は過去だ。…………小生だって、分かってる」
そう言うと、大剣を床に突き刺した。
カトラの背を優に越える大剣をもう一度見て、それからようやくカトラは前を向いて歩き出した。
「俺達に付き合ってもらって……その、悪い。あれ、戦うのに必要なんスよね」
「気にしなくていい。それに……ただの刀の方が、自分は強い」
なら、どうしてわざわざあんな重いものを持ち歩いていたんだ? とククリは尋ねたかったが、結局、聞いてはいけない気がして、聞かなかった。
「…………さよなら、父上」
ただ確かに。カトラがそう呟くのを、ククリは聞いた。




