四章03 不可逆的な
「これから、タウンNo.8に向かおうと思う」
翌朝、ナタはククリとカトラに逃亡ルートを説明した。
夜の間に雨は止み、空気が澄んで清々しい。
さすがにまだ地面はぬかるんでいたが、今日中に移動しなければならない。
手持ちの食べ物は殆どないし、長引けば敵は数を揃えてくる。
素早く動くに限るのだ。
「……だけど、どうしてNo.8なんスか?」
「昔、私に仕えていた従者の実家がある。だから」
「従者……」
カトラが眉を寄せた。
「信用できるのか? かつては汝の従者だったとはいえ、今もこちらに従ってくれるとは限らないだろう」
「絶対に、とは言えない。ただ、彼女は私の信奉者だった。私の訃報を聞いてすぐに職を辞し、故郷に帰ったと聞いている」
「そりゃ本物だな」
「小生は反対だ。……他に、頼れる人はいないか?」
ナタは首を振った。
「……なら、そこに賭けるしかないか」
カトラも不承不承納得し、目的地が決まり馬車が走り出した。
手綱を握るククリに、横からカトラが耳打ちする。
「――――できたのか?」
昨晩のことだろうと察しがつき、ククリは誤魔化そうと軽く笑った。
「そうか。……それは何よりだ」
ばつが悪そうな顔で、カトラは呟いた。
その視線が伸びて、ククリの背後を見ている。
……振り向くと、聞こえていたのだろう、ナタが赤面し真っ赤になっていた。
「……おかしい」
何度馬車を止め耳を澄まし、木に登り双眼鏡で周囲を見渡しても、どこにも敵軍が見当たらない。
「裏をかけたか、昨日の大雨でまだ追跡できていないだけではないのか?」
カトラがそう言うと、ナタは首を振った。
「アルカナシアは、それで手を打たないほど無能じゃない。何かある」
「何かって、何?」
「……それは分からない」
根拠の無い無意味な不安、と切り捨てるのは簡単だが、ククリにも違和感はあった。
時折感じる視線。
そして、何かを忘れているような感覚。
「…………」
考え込んでいると、ポトリ、とタイミングよく林檎のような、赤い木の実が降ってきた。
上を見ると、珍しい木の実を見つけたから、とナタがカトラと協力して収穫していた。どうやら、その内の一つが落ちてきたらしい。
ニュートン、万有引力……。
誰かの名前と、知らない言葉が頭の中に浮かんでは消えていった。
万有引力というものは全く分からないが、ニュートンは分かる。
たぶん、前世の俺の友達だ。
かなりうろ覚えだが、彼の写真に落書きして遊んだ気がする。友達でもなければ、そんなことしないだろう。
ポン、ポン、と林檎を手の上で跳ねさせながら、ククリは考える。
何かを忘れている、何かを――。
この森には、いや違う。タウンNo.11付近には――――。
『――――住人ともどもあの町周辺から俺は出れない。知ってるか知らないけど、この辺りにはまだ国の監視網がびっしり敷かれていてね。出ようにも出られないのさ』
……ようやく思い出した、反吐が出るような現実を。
残酷極まりない現実を。
「…………ナタ、カトラ。話がある」
ククリは、頭上で嬉々として林檎を集める二人を呼び寄せた。
「「…………」」
話を聞いて、二人とも無言になった。
無理も無い、とククリは思う。
数日前に討伐した吸血鬼が言っていた。自分を逃がさないために、この辺り一帯にはびっしりと監視網が敷かれていると。
吸血鬼が潜んでいた、No.11周辺は昨日の時点で脱したと思う。だが、それでも馬車を走らせた方向で、ある程度目的地は絞られてしまった。
「どうして、昨日の時点で言わなかった?」
「戦闘中だったから半分聞き逃してたんスよ……。さっき、偶然思い出したンス」
「反省は後。それに、どれだけの情報が漏れたかは、まだ分からない」
「というと?」
「吸血鬼がいるかもしれない場所を、国がどう監視しているか、ということ。監視カメラの類ならアウト。でも、魔族の発するエネルギーをただ感知しているだけなら、こちらのことは分からない……ハズ」
「……なるほど、理解した。ナタはどちらだと思う?」
「感知しているだけのはず。監視カメラは人手がかかりすぎるし、感知式に比べて死角を突かれやすい」
カトラが頷いた。
「なら、問題ないな」
ククリも、ほっと安堵し息を吐いた。だが、ククリは首を振った。
「まだ分からない。感知式の場合、もしかすると、私が反応しているかもしれない。私がアビリティカードを使われていることは、アルカナシアは知らないけど、不審には思うはず。……それに、一番ありえるのは、両方を採用してる可能性」
「監視カメラも感知式も使って互いにカバーしてるってことか……」
「その時は、カメラが私達を見ていたってことになる」
最悪の可能性。だがそれが一番「それらしい」現実だとククリは思った。
「今さら引き返せないし、引き返してもどうにもならない。……進むしかない」
ナタの言葉に、ククリもナタも無言で立ち上がった。
念のため周囲を調べたところ、監視カメラもエネルギーを感知するそれらしい装置もなかった。……これまでも無かったかは分からないが。
「ここまでに感じていた視線が……恐怖による勘違いだといいンスけどねぇ……」
重いため息を吐くと、ククリは馬車を急がせた。
こうなってくると、とにかく気にすべきは時間だ。
追手も見えない以上、恐ろしいのは待ち伏せ。森の中での襲撃も多少は警戒すべきだ。だが何よりも、目的地で待ち伏せされるのが一番恐ろしい。
それから半日がかりで森を抜け、ククリ達が見たものは――――、
町の城門を囲う、千を越える大軍だった。




