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三章16


 ――――目を覚ました途端、激痛が奔った。


 馬鹿な、俺は死んだはず。……なぜ、身体がきしむように痛む?

 頭が痛い。吐き気がする。心臓がギリギリと痛み、妙なことに四肢が痺れているうえに重く、指一本動かすのすら億劫だ。


 ……どんな地獄だ、ここは?


 呻きながら起き上がり、ククリは頭をかいた。

 不思議なことに、()()()()()()()()()()頭をかくことができた。

 見ると、そこには見覚えのある義手がくっついている。

 人工皮膚など無い無骨でメタリックな地肌。

 シンプルなデザインの、人の腕本来の形よりも機能性・コストパフォーマンスを追及した代物。

 長年使い込まれた所からしても、間違いなくバロンのものだ。


「起きたか、少年」

 ククリのうめき声を聞いて、扉の向こうからカトラが現れた。

「ここは……吸血鬼の館か」

「そうだ。あの吸血鬼が死んだことで、死霊共は皆滅び去ったのだが……馬車が無いゆえ、もうまる三日、こちらで待機している。トランシーバーに連絡があってな、生き残りが援軍を要請したらしい」

 なるほどと頷き、それから義手について端的に尋ねる。


「――バロンを殺ったンスか?」

 その質問にカトラは答えず、ニヤリと笑ってはぐらかした。

「さてな。その義手は落ちているところを拾ったまで。大方魔獣にでも喰われたのだろうさ。だが……そうさな。もし会っていたら、殺していただろう。アレは小生の故郷を侮辱した。その罪、万死に値する」


 冒険者同士の決闘は認められている。

 だが、冒険者同士の殺し合いは当然、認められていない。


 ゆえに、例え殺したとしても言うはずが無かった。だが、直後カトラが「これもやろう」とバロンが持っていた「鬼の右腕」のカードを差し出した時点で、ククリには察しがついた。


 それに……。

 カトラは『百雷』のカードを使った。

 カードショップキリーレに入荷したこの超超レアカードは、タウンNo.3から来た客が買っていったと店長は語っていた。

 カトラが持っているのは奇妙だ。

 一方、バロンはNo.3の住人。『百雷』を購入していたバロンを殺し、カトラが奪ったと考える方が自然な気がする。


「…………」

 だが、ククリは何も言わなかった。

 ククリはお礼だけ言うと寝かされていた天蓋付きのベットを抜け出し、エントランスに向かった。

 



 エントランスには、未だに吸血鬼の死体があった。顔はさらに青白くなり、目は閉じられている。その顔は、なぜか少し晴れやかだった。

 ククリは近寄り、一応黙祷した。そして彼に近寄り、そっと、胸の真ん中に手を当てる。

 そうしているとささやかな赤い光の渦が巻き起こり、ククリの掌の中に一枚のカードが浮かび上がった。

 高笑いする黒服の怪物が描かれたカード。


 アビリティカード『吸血鬼』。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ぼそりと呟き、ククリはカードをポケットにしまった。

 これを博士に売れば、相応の大金がもらえるだろう。

 皆を守って隻腕になったのだ、これくらいの報酬は独り占めしても罰は当たるまい。

 ククリは悪人面になって笑った。




「――ククリ」

 ふと、視線を感じ背後を見ると、いつの間にかナタがいた。


 ナタはククリがカードを取ったところを見ていたらしく、はぁ、とため息を吐いた。


 ……おかしい。

 俺は命懸けで彼女を助けた。いわば、彼女はお姫様で、俺は彼女の王子さまのはず。……なのに、再会して最初の会話がため息と蔑んだ視線とは、これはいったいどういうことだ?


「九死に一生を得ても、ククリは、ククリのままらしい」

「……ま、そりゃな。なんスか、何か文句でも?」

「何も」

 ナタはフルフルと首を振った。それから、ククリの義手を見る。心配しているのか、顔が少しだけ曇った。

「どうよ、コレ? イカしてるッスかね? まだ鏡見てないンスけど」

 そう言って、ククリは手を上げた。

「……痛くないの?」

「全然。快適そのものッスよ」


 無論、嘘だ。

 身体中がまだまだ軋むように痛むし、肩と義手のくっついている所は、つけてまだ日が浅いからか、ズキズキと痛む。

 腕を失った喪失感からも、全く回復していない。精神的なショックは大きい。

 だが言ったところでどうしようもないし。甘えているようで何か癪だ。

 だから、そうした態度は見せないように努めた。


「何も問題ないッスよ」

 そう言って乱暴に義手を振り回すククリを見て、ククリにとっては妙なことに、ナタは笑った。

「……ありがとう」

「? 何がッスか?」

「なんでもない。……前言撤回。ククリは変わった。死線を越えて、大人らしい落ち着きが出てきた」

「そッスかねぇ。……一線越えて、俺も大人の階段を上がったってことか?」

 ククリは首を傾げた。

 下品な冗談をスルーし、疑問符を頭に浮かべるククリに対して、分からなくていい、とでも言うかのようにナタは首を振り、ククリの手を取った。

「食堂を見つけたから、そこに行こう。もうすぐ援軍が来るはず。それまでに、狩って来た鳥を食べよう」

 誘われて、ククリは自分が腹ペコなことにようやく気付く。何日も寝ていたのだから、当然だ。

 ククリは頷き、ナタと共に食堂に向かった。




 ……振り返ってみると、あれが実に有意義で、幸せな時間だったのだと気付く。

 とてもとても、貴重な時間。 

 ククリもナタも、何も知らない。




 ――――数刻後に訪れる、次なる絶望を。













 クエスト「死霊掃討戦線」の異常事態による、大いなる番狂わせ。

 それは、こんな辺境でのことではなく、首都、そしてこのダタン帝国を揺るがす巨大な番狂わせだった。


 ――――ジョン皇子の戦死。


 それは、次期皇位継承権を巡る、熾烈な政戦の終戦を意味していた。

 長子ジョンが皇位が継承すべきという主流派は、旗印を失い失墜する。

 かつては三つ巴に争っていた政戦は、二つの派閥の「旗印の死亡」というおぞましい結末によって、一つに集束される。


 女帝アルカナシアの即位が、ここに決定された。


 合流したジョン派のために、また扱いがデリケートであるが故に、アルカナシアは自ら軍を率い、ジョンの死体を回収しにラナの森に向かう。 


 そこで、アルカナシアは二人の新人冒険者によって、死霊達を集めていた吸血鬼が死んだことを知る。

 その働きに報い、報酬を手ずから与えようと館を訪れ――――


「……()()スタシア?」


 場が凍り、葬り去られた時が遡り、動き出す。


 現ダタン帝国が帝の、最後の子。

 次代の皇はジョン以外ありえないという風潮だった時代に、投げられた一石。


 ナタスタシア・ルーイス・ダタン。


 「王者の風格S」という「固有スキルカード」……その才覚を結晶化したカードを持って生まれた皇女。


 かつて「最も玉座に近い者」と呼ばれた少女を見て、今、「最も玉座に近い」アルカナシアが抱いた思いは――――。




「――――その者たちを、捕えろ」



 思いは言葉にされることなく、無慈悲な宣言が、その場に響いた。

次回は本編更新をお休みして、これまでのストーリーの流れ、キャラ、用語集を更新します。


本編の補足をしますと、ククリが出血多量で死んでいないのは、死霊にダメージを与える治癒系カードを皆持ってたからです。三章の中盤にククリがカードショップに行ったら治癒系カードが売れまくっていた話をしましたが、そのカードです。

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