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三章10

 タウンNo.11。国家指定『有害都市』。

 前もってそのことを聞かされて、そしてわざわざ「存在希薄化」のカードを使って気配を薄くしてから町に入らされて。――ククリはようやく、『有害』である、ということの意味を理解した。





 

 百年以上前。近くの森に上位吸血鬼が居城を構え住みはじめた事で、この町の歴史は事実上「終わった」のだ。

 上位吸血鬼は恐ろしい存在だが、それだけで村程度ならともかく、町規模の集落が滅ぶことは少ない。 実際この町においても、外部から来た冒険者によって上位吸血鬼は討伐されている。


 問題となったのは、一人の町娘。名を、カーミラといった。


 上位吸血鬼は「魅了」の魔術を行使し、娘を誘惑し血を啜る。彼らにとって

人間達は自身に血を提供する家畜であり、人が豚や牛を殺すように、そこに慈悲や同族意識といったものは介入しない。血を啜るだけ啜った後は、殺すなり放り出すなりするだけの存在だ。


 ――――だが、万物には例外がある。


 カーミラは生まれつき、周囲の人間から少し異なる容貌をしていた。

 真っ白な髪と、金色の瞳。病的なまでに白い肌。

 同世代の男達と肩を並べるほど背が高く、そのくせほっそりとした首筋や手首は、生命力の無さを感じさせる。


 孤高にして高貴。

 誰も踏み入らない高山にてひっそりと咲き、誰の目にも留まらぬまま、誰にも価値を理解されぬままただ静かに散っていく白い花。


 そんなイメージを抱かせる少女だったという。


 町で腫れ物扱いされ、そのまま独り年老いて死んでいくだけだったはずの少女。だが唯一人、彼女に目を奪われた者がいた。

 人智未踏の地に足を踏み入れ、ひっそりと咲く彼女を美しいと感じ、涙を流した者がいた。


 ――――それが、かの吸血鬼である。


 吸血鬼は初めて『恋』というものを知り、魅了を使わず、並み居る兵士達を破って町に押し入り、彼女に求婚した。

 少女は初めて『愛される』というものを知った。寂しさに慣れ冷え切っていた心に、ようやく暖かい春風が舞い込んだ。

 カーミラは吸血鬼の住む森の居城に連れ去られて、幸せな蜜月を過ごしたという。

 だが、彼女が愛したのは人類の敵だ。


 吸血鬼は討伐され、彼女は投獄された。

 彼女の愛の物語はそれで終わった。誰もがそう思い、油断した。そして実際その通り。彼女の愛の物語は終わった。だが――――変わりに始まったのが、愛しい愛しい人を奪われた彼女の、おぞましい復讐劇だった。


 華やいだカーテンコールは消え失せ、深紅色の幕が上がる。



 死んだ吸血鬼が遺していたアビリティカードによって、彼女は既に人であることを辞め、吸血種となっていた。

 

 隙を見て看守達の血を吸い傀儡にすると脱獄し、三日の潜伏の後、殺害された。

 だが彼女はその三日間の間に、身篭っていた赤子を取り出し、病院の新生児に紛れ込ませていた。


 そのことを知った町の住人にできたのは唯一つだけ。


 ――その年に生まれた新生児を、皆殺しにすること。


 だが、それは余りにも残酷だ。

 例え、そうしなければどれだけ我が身が危険だろうとも。


 結局、この町の住人に、その残酷な決断は重すぎた。

 そしてその代償に、彼らの町は吸血鬼の眷属で溢れ返った。


 吸血鬼は、目線は違えど人と似通った価値観を持っている。

 自らを家畜と同一視されたくない、という価値観だ。

 吸血鬼は人を家畜と見下す。人もまた家畜を見下す。自らを豚と称するような、倒錯した人間はそうそういない。

 だが、吸血鬼でありながら、人間社会に順応したものはその限りではない。

 そしてその脅威は――ただの吸血鬼の比ではない。


 二十年後、住人の少なくとも二割は眷属だと判明し、二十歳以下の住民は皆殺しにする、という過激極まりない案が出たが、そう主張した政治家本人こそが眷属だという証拠が発見され、町はさらなる混乱に包まれた。

 家族同士ですら互いが互いを疑いあって身動きが取れなくなる、吸血鬼の狩場と化した町。

 やがて眷属達が近隣の集落さえ襲い始めると、皇帝自らがこの町を「有害である」と発言。

 住人もろともに眷属達は殲滅された。

 

 それから数十年が過ぎたが……。

 吸血鬼の寿命を思えば、未だに生存し町に潜伏しているリスクがある。

 何より、吸血鬼がまた子を生しているかもしれない。

 ――よって、今なお住人達は首輪で管理され、この町を生涯離れることが出来ないようになっていた。






 町の中は、当時から何も変わっていないように見えた。

 倒壊した建物。割れた窓ガラス。

 地面に散らばる白骨死体と、腐敗し、服を剥ぎ取られた死体。死後、もしくは生前、身動きのできないところをやられたのだろう。

 街中には所構わず雑草が生い茂り、倒壊したビルの隙間や、路上に唐突に畑が存在していた。畑には、「○○の畑。手を出したら○す」とペンキで書かれている。

 住人は少なく、治安は最悪。……文明は、かなり後退していた。


 「終わった」町。これ以上前に進むことがありえない町。ただ滅んでいくだけの場所。

 そんな印象を受けたし、実際そうなのだろう。

 ここは国家指定『有害都市』なのだから。




「……理解しましたか? これが『二桁ナンバー』と呼ばれる町の実体です」

 一緒に付いて来てくれていたホロハロの言葉に、ククリは頷いた。

「理解したよ。……なんとも、むごい話ッス」

「確かに。だが、この町には必要な措置です。今も吸血鬼とその子孫が潜伏している可能性がある以上、この町は徹底的に管理される必要がある。……住民の首に、首輪がついているでしょう? あれは魔物のエネルギーを感知する能力があります。首輪をつけた者が吸血鬼か、その眷属であれば反応し感知する。……未だ感知されたことはありませんが」

「……首輪が機能していないか、吸血鬼はもう死んだんじゃないッスか?」

「そう思わせるために、あえて眷属を作らずにいるだけかもしれまえんよ? 首輪の機能は、まさにそうです。首輪がエネルギーをキチンと感知していない可能性はある。魔族の生態について、まだ我々は殆ど研究が進んでいませんからね。……ですから首輪の一番重要な役割は、住人がここから出られないように探知する機能です」

「なるほどぉ……ついでに聞きますけど、町に入った俺達みたいな部外者が、眷属化するリスクはないンスか?」

「二桁ナンバーにわざわざ行きたい物好きはまずいないし、そのための()()ですよ」

 そう言って、ホロハロは首筋を指した。

 ククリとホロハロがNo.11に入ると言った時、レンベルガの部下がくれた赤い注射器のようなものを刺してから、首筋に仄かに赤く光る紋様が浮かび上がっていた。

「他人の魔術や身体強化系のカード、魔族の力のような、自身と異なる『エネルギー』を排除する効果がある魔術ですね。効果は三時間ほどです」

「なるほど」

「三時間以内に戻らない場合、終身刑か、この町の住民に登録して死ぬまで暮らすか選べますよ」

「…………どっちもごめんッス」

「だろう? ……そろそろ戻ろうか」


 二人でそんなことを話していると――まだ町の中だというのに、見覚えがある顔があった。


 巨大な魔物の骨を加工した大剣を背に担ぎ、褐色の肌に、真っ白な髪がきれいな少女。


 カトラ・スー。


 ここと同じく二桁ナンバーのNo.13出身で、今回のクエストの注目株の一人だ。

 カトラはククリ達とは違い姿を隠していない。町の片隅で、大きな音を出しながら大剣を振るい、地面に穴を掘っていた。そして掘った穴に、どこかから集めてきたシャレコウベを大量に放り込んだ。

「……眠れ。せめて、あの世では安らかに」

 呟き、黙祷すると、カトラは土をかけて埋めた。

 そこでククリはようやく気付いた。

 町に入ってから、一度も墓場を見ていないことに。

 文明が後退したこの町では、もう死者を弔う、という当たり前の風習すら消え失せているのだ。

 この町において、死者は弔うものではなく、漁るもの。

 放置された死体をかき集め、カトラは葬ってあげていたのだ。

 ただ、騒音を聞きつけて集まった住民の反応はイマイチだった。

 「死者を弔う」という行為の意味を知識としては理解しているらしい。だが、納得はできないようだ。

 当然かもしれない。

 こんな、周囲から隔絶された限界集落では、今日を生きるだけでも大変だろう。わざわざ死んだ者を埋める必要性を感じないのだ。

 そしてそれも、一角の真実。

 死んだ者は死んだ以上、この世に直接干渉しえない。死者を弔うのは、生きている者が死者に対してできることはないか、と考えた末の自己満足でしかない。

 彼らの理屈もまた正しい。――ただそこには、「情」というものが決定的に不足していた。


「!」


 突然、キィン、と金属を弾く音が周囲に響いた。どこかからカトラに向かって弾丸が放たれ、それを大剣でカトラが弾いたのだ。

「俺の弾を弾くか。さすがは野蛮人。動物的な勘は凄まじいな」

 ガハハ、と腹を揺すりながら、一人の男が「存在希薄」を解いた。

 比較的若者が多い冒険者にしては少し珍しい中年の冒険者。だが、何より奇妙なのは男に腕が無かったことだ。それも、両方。

 両腕の無い、ベテラン冒険者。

 普通に考えて、ありえない。だが事実、そいつはククリ達の目の前にいた。

「飛車角落ちの流浪者、バロン……!」

 瞳から鋭い光を放ちながら、カトラは大剣を中段に構えた。

「何用だ? ……今の銃弾、牽制ではなく、本気だったな」

「ああ。それが? 虫けら同然の『二桁ナンバー』だ。殺したって、別に構わんだろう?」

 ――それを聞いて、カトラに瞳に怒りの焔が灯った。

「貴様ぁ、小生達を愚弄するかぁ!」

 大剣を上段に構え直し、服と手首の隙間からカードを一枚取り出した。

「殺る気か? いいだろう」

 バロンもまた、義手をポケットに突っ込み、不器用ながら二枚のカードを手早く握りしめた。

「二……いや、三体一とは随分と卑怯な真似を。武人の風上にも置けぬ。その首、ここで頂戴する」

「やってみろ……ん? 三体、一?」

 バロンが周囲を見渡した。

「あいつ……勘よすぎだろう」

 ホロハロはため息を吐き、ククリを促し自らも「存在希薄」を解いた。

「「連魔弾の悪魔」の片割れと……誰だ? どうしてこんな所に? ……覗き見は良くないぞ」

「俺が最近気に入っているルーキーです。俺達がここにいるのは……ま、散歩と思ってもらえばいい」

「そうか。なら、さっさと出て行け。ここはこれから屠殺場と化すのだからな」

「……ぬくぬくと暮らしてきた、プライドばかり一人前の愚物が。小生の名誉にかけて、必ず殺す」

 再び、二人の殺気が高まる。それを静めるため、ホロハロは二人の間をめがけて銃を撃った。

「動くな。――ここで三つ巴の戦争を始めるか?」

「フン、貴様ら「連魔弾の悪魔」とやらは相方がいなければ、何もできない、と聞いたが?」

「――試してみるか、ジジィ」

 ホロハロもまた、苛烈な殺気を放った。

 だが、バロンはせせら笑った。

「流石に、三人ともなればことを大きくしすぎだ。今晩は引こう。――命拾いしたな、獣」

 そう言って、バロンは二人に背を向けた。

「それは貴様だ、蛆虫め。だが――よかろう、今宵のみ、手を引いてやろう」

 刀をしまい、カトラはバロンとは逆方向に歩き出した。


 ――――ククリは見逃さなかった。

 バロンもカトラも。一瞬ククリとホロハロを「邪魔しやがって」という、殺意に似た視線で見たことを。


 やれやれ、とホロハロは頬をかいた。

「荒れそうだ」「――ッスね」


 ククリは一度、埋葬されたばかりのシャレコウベ達に頭を下げ祈ると、ホロハロと共にもと来た道を辿り帰っていった。

おかしい……十話目なのに、まだ目的地に着かないぞ……?

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