三章06
ククリとナタ、二人で路地裏を歩く。
もはや慣れたもので、ククリは久々に我が家に帰ってきた気分になった。
「ここだ、ここ」
そう言って、ククリはごろんと横になった。
――――そこは、ただの路地裏だった。
埃だらけの薄汚い路地であり、寝床ではない。
「……分かった」
あっさりと受け入れ、その横でナタも横になる。
路地裏というだけあってか何か腐ったような変な臭いがする上、ハエもいる。だが、ククリは気にしていなかった。ナタもまた、少なくとも表面上は普段と何ら変わらない。
野宿……と言えば聞こえはいいが、腐ってもここは市街地。
住人からすれば迷惑な行為であり、ただの路上生活者だ。
「ここは穴場なんだ。比較的ジメジメしてないし、臭わないし、虫も少ない。先達達との縄張り争いも無い。……唯一の欠点は人通りは少ない反面、近くに馬車やトラックが頻繁に通る道路があるから、煩いってことッスね」
……そう言っている間にも、トラックが二台、通り過ぎていった。
「確かに、煩い」
「まぁな。でも、しょうがない。じゃ、おやすみッス」
「おやすみ」
…………
…………
…………
…………
「……………………眠れない」
「……………………ぐぅ」
ぐっすり寝入っているククリに対し、ナタは全く眠れなかった。
ムク、と起き上がって、ナタはククリを見る。
「……」
暫く葛藤するかのように黙り込み、結局、無言でまた寝転んだ。
『野宿でいい』
他ならぬ、自分で言ったことだ。それを、寝ている人間を起こしてまで覆すのは憚られた。
「…………」
その夜は、ナタにとって、とても永い夜になった。
「おはよ~……ッス」
何事もなかったかのように……事実、何事もなく、早朝ククリは起きた。
トラックや馬車の行き来が増し、さすがのククリでも煩く感じるようになったのだ。
「…………おは、よう」
眠そうに瞼を擦るナタを見て、ククリはほらやっぱり、という顔になった。
「その顔、やっぱ眠れなかったンスよね? だから宿取ろうって言ったのに」
「…………そう、みたい」
真っ赤になった目を擦りながら、ナタは頷く。
「まあしょうがない。じゃ、予定通り飯食べてカードショップ行くッスかね」
「分かった」
そう言って、ナタは欠伸をして、また目元を擦った。
「……」
不覚にも、ククリはその隙のある姿に、少しトキめいてしまった。
カードショップ『キリーレ』。
タウンNo.7にある中では唯一の、国家公認カードショップだ。
カード代に税金が入っている分高価だが、偽造カードが混じっていることが少なく、品質がある程度保証されている。
次のクエスト「死霊掃討戦線」のクリアに向けて、強力なスキルを発動できるカードを手に入れるべく、二人はここに向かった。
魔術式の自動ドアをくぐり、ククリは店内の様子を見る。
キリーレのチェックするポイントは二つ。一つはガラス越しのケースに入れられた、中~高価格の、戦場やクエストで十分通用するレベルの、戦闘用カードの陳列。もう一つは、低価格のカードが乱雑に突っ込まれた籠だ。低価格カードははっきり言って弱く使い物にならないが、束の中には稀に多少使えるカードが混じっている。それを探すのだ。
「相変わらず……前世の記憶とそう差異は無いッスね」
前世にカードショップはあったらしく、こうした場所の記憶がある。うっすらとだが、「来い、ブラッ○マジシャン!」 とか叫んでいた記憶があるので、前世ではモンスター召喚に特化した召喚師だったのかもしれない。
「うわ。アレ売れたンスね……」
中~高価格カードの陳列を眺めていると、以前はあった『百雷』のカードが売れていることに気付いた。
百雷は一ヶ月前からここキリーレの顔。金貨十枚という超高額カードだった。
ククリの所持金は金貨一枚前後なので、およそ約十倍の値段だ。
「店長、百雷売れたンスね」
少し気になったので、ククリは店長に尋ねてみる。店長は初老の男だ。
「ああ。……タウンNo.3から来たとかいう、ガンマン風の男が買って行ったよ。わざわざこんな町にまで来るなんて、珍しい客だった」
「へぇ……」
それは珍しい。
このダタン帝国において、No.5以下の町は市民権を持った、いわば特権階級者達の暮らす町だ。その住人がこんな所に来るなんて、珍しいこともあるものだ。
「何だ、欲しかったのか?」
「全然」「だろうな」
ククリは自分達の欲しいカードを探す。
「……何がいる?」
ナタの疑問に、ククリが答える。
「ナタの運動能力を活かせる武装と、次のクエスト――死霊掃討戦線に有効なカード探しがメインッスかね」
そう言ってククリは店内を練り歩き……一番目立つ所に置かれた商品を確認する。今週のピックアップ! と書かれている。
白いフードを目深に被った女が両手を広げている絵が描かれたカードで、名は「救済の光」。怪我、疲労の回復と、死霊へのダメージがあるカードだ。
まさに、今回のクエストにうってつけだ。
大規模クエストなので、購入者が大勢いるのだろう。値段が大きく跳ね上がっていたが、店頭にはもう「救済の光B」一枚のみしか残っていない。
「まぁコレが無難か。ラスイチで良かった~」
思わずホッとした。
「「店長、これ下さい」」
自分の他に、もう一つの指が「救済の光B」を指しており、声が重なった。
横を見ると、甲冑を着込んだ赤毛の女の子がいた。年は十七くらいだろうか? 自分より若い外見……だと思う。
「一枚しかないよ。どっちか譲りな」
店主の言葉を聞き、赤毛の少女はククリをじっと見つめた。
「すみません、譲ってくれませんか?」
「ダメッス」
「でしょうね」
赤毛の少女は頷き、腰に差した剣の柄を握りしめる。
「では、一つ決闘と行きましょう。買った方が貰う。冒険者らしい決め方では?」
「…………フム」
ククリは無言で赤毛の少女を観察し、背後にいる、黙りこんだままのナタを見る。
ナタは無言で首を左右に振った。ククリも同感だ。
勝てない。というより、相性が悪い。
ククリの主力は銃と射撃系カード「爆裂弾E」の二つ。遠距離攻撃だ。一方、相手は甲冑に剣という、まさに「女騎士」という出で立ち。
この態度、自信からして、弱点である遠距離攻撃に対して、何らかの対策となるカードを持っている可能性が高い。というか、これだけ銃が普及しているのだ、持っていないとおかしい。
加えて、こちら対人戦の経験値が皆無に等しい。ククリがこれまで戦ってきたのは乱戦。一対一の戦いでは要求される能力が異なる。
「おやおや。逃げ出すのですか?」
ククリが戦闘を避けると見たのだろう、赤毛の少女の背後から、銀髪の男が煽ってきた。
眼鏡をかけた男で、年は少女より少しだけ上に見える。腰にホルスターをつけていて、中には銃が収められていた。
「でも、一人だけはずるいだろう、ノノン。彼は自信が無さそうだ」
「じゃあどうするべきですか? ホロハロ」
男が――ホロハロがぽむ、と手を叩く。
「そうだ、ちょうど二人ずつのパーティのようですし、パーティ同士で戦いましょう」
「そうね、それがいいわ」
二人の態度を見て、ククリは思わず舌打ちした。
「……大根役者」
ボソッ、とナタも呟く。
二人の会話は、どう見ても演技。
勝手に話を進めて、場の主導権を取ろうとしている。
稚拙な手だが……。
「…………ま、いいか」
わざと引っかかるとしよう。
ククリの言葉に、ナタが首を傾げた。
「いいの?」
「ここで引くのは、面白くない。それに……」
こそこそと、ククリはナタに耳打ちする。
正直、あの跳ね上がった値段は買う気が失せてきた。
それなら、対人戦を試してみた方が面白い。
「……納得」
そしてククリとナタは、パーティ戦の申し出を受けることにした。
勝ち筋はあまり見えないが……まぁ、問題ない。
勝てばラッキー程度の気持ちでやらせてもらおう。
続きは三日後、また朝八時に上げます。書けていたら……!




