三章04
いつもの時間より遅れてすみません。
「――――見 た ね ?」
ビク、とククリが震える。振り返ると、いつの間にかキッカがそこに立っていた。
「いや、これはタマタマですね……」
「嘘☆ どんなタマタマがあったら、乙女の部屋の秘密のノート☆を読むの?」
ジリ、とククリが後ろに一歩下がる。それを追うようにキッカが進み、秘密のノート☆を奪うとライターで火をつけた。
「何も見なかった。……そういうことでいいよね?」
……いやいや、そんなわけあるか。
「結局、ナタは何者なんスか? 詳しいことが何も書いてないスけど」
――ダンッ。
キッカがククリを壁際に追いやると、両手を突き出し壁に触れてククリの顔を囲むようにする。『壁ドン』というやつだ、とククリは思った。
「何も見なかった。……そういうことでいいよね?」
もう一度、同じ言葉を繰り返す。よく見ると、額に脂汗が流れていた。
キッカも相当追い詰められているらしい。よほど、このノートは見られたくなかったのだろう。
「どうしても?」
「ええ。キミの気持ちも分からなくもない。でもダメ」
「……それを知ると、俺がアイツを危険視して置いていくからッスか?」
「それもある。ないとは言わない。でも、たぶんキミなら大丈夫。――だって、キミは異世界転生者だから。人質にとられて困る人もいないし、強力なコネもない。この世界において親も祖国も持たない孤高の存在だから」
……――それは、つまり。
「俺は『誰か』から『脅威』としてカウントされない……故に危険はない。そう言いたいンスか?」
「……そうだね。まぁ、そういうことかな」
「聞く限りその『誰か』というのは『組織』みたいッスけど……。もしかして、『8』ッスか?」
「……これ以上は何も言えないね」
キッカはそう言って拒んだ。
「そうッスか? なら……」
ククリは壁ドン中のキッカの腕を掴み、顔を近づける。
目と目が合い、あとほんの少しで、唇が重なりそうだ。
これと言った考えのない直感的な行動だが、ククリはこれが正解だと確信する。実際、キッカは動揺し、次第に視線が彷徨い始めた。
――――イケル。
ククリはニヤリと笑い、次の行動に移そうと――して、二つの視線に気付いた。
部屋の入り口に、いつの間にかナタと参がいた。
二人は、呆気に取られたような顔をしている。……まだこちらがどのような状況か判断しかねているのだ。
そしてそれをククリは見逃すが――キッカは見逃さなかった。
「いやぁぁぁ……ん♪ やめてぇぇぇ……!」
妙に甘ったるい声を出してキッカはククリを突き飛ばし、胸元で両手をクロスさせ自身をかき抱いた。
余りにも普段と違う声・態度に、ククリはぎょっとしてされるがままに尻餅を付いた。
そして一瞬の後に、自分が嵌められたことに気付く。
「……汚らわしい」
これ以上ないほど冷たい瞳で、尻餅をついたククリをナタは見下ろした。
「いや、違うんだって、俺は別に何も……」
「『まだ』してなかった、と?」
「ぐぅ……」
ククリとしては、キッカを揺さぶることが目的だったから、それほどスゴいことをするつもりは毛頭なかった。
だが、ククリは男だ。
ナタに問い詰められ、思わず、ククリはキッカを一瞬だけちらりと見た。
美しい金髪。くりっとした瞳。
アリかナシかと聞かれれば……断然「アリ」だ。
ちょっと問い詰めるために脅すはずが、欲に負けて多少『オイタ』をしてしまうことも……無いとは言えなかった。ククリはそこまで自分のことを無欲な人間だと思っていないし、こと「性欲」というものは自制するのが難しい。
理性的に動ける自信があれば、「『まだ』してなかった」という言葉を否定できる。
だが、ククリにはそこまでの自信はなく、咄嗟に「あのままだったらヤっちまってたかもなー……」と考えてしまい、否定することができなかった。
「やっぱり」
ナタが変わらず見下し続け、今度はキッカがククリの言葉を「自分を犯すつもりだった」と捉え、ぎょっと驚いた後、真っ赤になった。
「……何で驚いているんです? ……さっきの言葉も妙に演技くさいと言いますか……」
「参は黙ってて」
「はいはい」
ククリは「違うんです」「勘違いです」「嵌められたんだぁ!」……などと主張を続けたが、「ククリは割と変態である」という最悪の認識が女性陣で共有されてしまった(参のみ懐疑的であったが)。何より大義名分もできて、実験も完了しているとなればククリには追い出されるのを止める術は無かった。
「げふっ」
歓迎された来た時と間逆に、放り出されるようにしてククリは研究所から追い出された。
というか、ホントに放り出された。
灼熱の太陽でこんがりと焼かれたコンクリートの上に投げ出され、熱くて思わず飛び上がった顔に荷物が投げられる。
「クソ、何て奴らだ……」
「……自業、自得」
思わず悪態をついたククリを、ナタが変わらず冷めた目で見て、慰めもしなかった。
「ホント~~によかったの? ……こんな、変態と一緒で」
未だに自分を両手でかき抱きながら、キッカはジロ、とククリを見た。それを、ククリも睨み返す。
「しょうがない。……これでも恩人だし、あなたに迷惑をかけるわけにはいかない」
「俺にはいいのかよ?」
「あなた弱い、私強い。私とククリなら相互に益があるけど、私とキッカなら私が迷惑をかけるだけ」
「……あ、そう」
ククリはため息を吐いて肩をすくめた。
「あーあ、誰か頼りになる人を紹介できればよかったんだケド」
「博士、友達いないんですからしょうがありませんね」
「あ、やっぱり? だと思ってたんスよね~」
「煩い。やっぱりって言うな」
そう言ってククリを睨むと、キッカはナタに抱きつき、もう一度「ゴメンね」と言った。そして餞別と言って小箱を渡した。……ククリの目が間違っていなければ、それには「スタンガン」と書かれている。痴漢撃退、とも書かれているので、誰を意識したものかは一目瞭然だ。
キッカはナタから離れると、今度はククリのほうを向いた。
「変態。ナタチャンには何もしないように」
「やかましい。キッカのせいッスよ、俺はホント何も悪いことしてないから」 ククリの文句に、ナタはクスリと笑った。
「乙女のノートを見たんだから、それ相応の代償は払ってもらわないと。――キミだけは、ナタちゃんの隣にいてあげてね」
その言葉に、ククリは頷かなかった。
「だったら、ノートに書いてあったことの意味教えてくれよ」
「それはダメだね。ナタチャンを口説き落として教えてもらいたまえ」
「「何もしないように」って言ったばっかじゃないスか」
ククリは盛大にため息を吐いた。その隣で、勝ち誇ったような笑みを浮かべていたキッカの耳が強く捻られる。
「イテテテテッ、痛い、痛いって参ちゅわ~ん!」
ビシ、と参はキッカの頭をチョップした。
「気持ち悪いから止めてください。それと、余り人に迷惑かけないように」
「今回は絶対、どっちもどっちなんだけど?」
「そうなんですか? では」
コツン、と参はククリにも軽めにチョップした。
「差別だ! えこひいきだ!」
キッカが叫ぶが、参はすまし顔で華麗にスルーする。
「それではククリさん、ナタさん、また会いましょう。キッカもお二人が来てとても楽しそうでしたから、きっと歓迎するでしょう。ぼっちには、人との触れ合いは希少ですから」
「ぼっち言うなよ! あってるケドサッ!」
二人の会話はいつ聞いても夫婦漫才みたいだな、とククリは思った。
「ありがとう。じゃあ、またな」
「……ありがとうございました」
ククリとナタは礼を言って、その場を後にする。
二人が小さくなって消えるまで、キッカと参はずっとその背を見つめていた。
二人が滞在して一月が過ぎた。
夏が終わる。
そろそろ、次の冒険に向かって歩き出す時なのだろう。キッカと参はそう思った。
「……これから、どこ行くつもり?」
「一先ずギルドッスね」
長いこと顔を出してなかったし。
ククリは――否、ククリとナタは次の一歩を踏み出した。
次は、また三日後に上げる予定です。




