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序章2

「…………はぁ」

 ため息を吐きながらふらふらと少年は歩き、路地裏を出た。

 全身が痛かったが、懐は少しだけ暖かくなった。

 老人が、目の保養になったお礼だと銅貨を数枚くれたからだ。

 間違いなく小銭だが、無一文にとってはそれでもありがたい。



 もう一度ため息を吐き、少年は路地裏を出た。

 薄暗かった視界が、街灯のおかげで別世界のように明るくなる。

 人通りはそれほど多くない。時計が飾ってあったので確認すると、時間は早朝を示していた。まだ日は昇っていないが、じきに昇るだろうと少年は思った。

 荷物を満載した馬(のような動物)車や車……『トラック』が何台か、少年の目の前を通っていく。

 転がっていた石と車輪がぶつかり、馬車が大きく跳ね上がる。

 転倒こそしなかったが、馬車に乗っていたモノの一つが落ちて、地面に転がった。

 

 それは少年の記憶にある「大根」によく似ていた。

 馬車が気にせず通り過ぎて行ったので、悪いとは思いつつ、腹が減っていたので少年はそれをかじってみた。

 ボリ、という音がして、口の中に土の匂いと甘みが広がる。

 ずうずうしいけど、できればちゃんと調理して食べたいな、と少年は思った。


「さて、どうすっかな……」

 大根(仮称)をぼりぼりとかじりながら、少年はぶらぶらと町を歩く。

 そうやって歩きながら、自分が入れそうなところで、高い所を探した。

 簡単にではあるが、この町の全貌を把握したかったのだ。

「何だか……変な町だなぁ」

 ちらほらと見かける人々は、人、エルフ、ドワーフと、様々な種族で、外見もバラバラだ。

「前世でいたところは、外見にここまで大きな差はなかった気がするんだけどなぁ……」

 首を傾げつつ、適当に歩いていると、一際大きな建物を見つけた。


 縦にも横にも大きく、二階は全面ガラス張りの、オシャレな建物。 

 入り口には、ケバケバしくピカピカと光るネオンで「ギルド&バーNo.7」と書かれていた。

 二階は消灯していたが、一階は明かりがついている。


「ギルド……!」

 何故だか分からないが、少年はその言葉にワクワクした。


 ガチャリ、と扉を開けて中に入る。

 中には泥酔している人間が数人と、セーラー服のようなものを着た女性が一人いた。どうやら彼女が受付担当らしい。

「ごめんなさい、ギルドはまだ開いていないの。もう少し待って」

 申し訳無さそうな顔で断りを入れる女性に、少年は頷いた。

「待たせてもらってもいいスか?」

「構わないわ。……初めての人?」

「ああ」

 女性は「ようこそ、当ギルドへ」と言って軽く微笑み、空いている席に案内した。

「私はマレよ、よろしく。あなたは?」

「よろしくッス、マレ。俺の名は……」 

 マレに尋ねられて、少年は自分の名前が無いことに気付いた。

「俺の、名、は……」

 頭を押さえ、記憶を辿る。

 相変わらず、たいしたことは思い出せない。……ただ一つ思い出せたことは、あまりにもくだらないことだった。

 

 前世で旅の土産としてもらった異国の通貨に対し、自分の国の通貨は「ユキチ」というはず。それが、思い出せたことだった。

 だが思い出したはずなのに、自分はそんなに「ユキチ」を持っていなかった気がする。貧乏だったのだろうか?

「俺の名はユキチだ」

 取りあえず少年がそう名乗ると、マレが顔をしかめた。

「聞いたことの無い名前ね。……どこ出身?」

 転生者だと名乗った方がいいかな? ……考えたものの、少年には咄嗟に判断がつかなかったので、取りあえず隠すことにした。

「ソイツは聞かないでくれ。……ところでよかったら、この辺りで無難な名前を教えてくれないスか?」


「……それはおっぱいよ。この辺りには、おっぱいって名前の人、多いわ」


「そうなんスか? じゃあ、これからはおっぱいって名乗ります」

 少年――おっぱいは頷いた。なんだか、おっぱいと言う名前は妙にしっくりくるな、とおっぱいは思った。前世では、「おっぱい大魔王」という名前だったような気もする。皆にそう呼ばれていた気がした。


「……変態」

 おっぱいが深く頷いていると、マレがそう呟いた。

「冗談よ、そんなバカな名前は止めなさい。おっぱいは、おっぱいって意味よ」

「騙された!?」

 おっぱいとはおっぱいという意味だと説明され、おっぱいはショックを受けた。そして咄嗟に、マレのおっぱいを見た。おっぱいが大きいな、とおっぱいは思った。

「変態」

 マレが両手で胸を隠しながら、再びそう言い放つ。

「ゴメン」

 素直に謝りながら、おっぱい――少年はなぜ自分は「おっぱい」の意味が分からなかったんだろう? と疑問に思った。それなのに、「おっぱいはおっぱい」なんて雑な説明でおっぱいとは何ぞや? ということが分かるし。

 ……聞きなれない言葉が分かるといっても、全てがすぐに分かるわけじゃない。どうやらそういうことらしいな、と少年は思った。


「……下品な冗談言っちゃったし、マジメに考えてあげる。……そうね、ククリとかどうかしら? よくある名前ってほどじゃないけど、少なくともユキチほど違和感は無いわ」

「うーん……。じゃあ、それで」

 少年は、ククリと名乗ることにした。

 名前が決まり、嬉しそうに笑うククリを見て、マレが思案顔でククリの全身を舐め回すようにじっくりと観察した。


「ねぇ……あなたってもしかして、転生者?」

 マレが半信半疑といった顔で、そう尋ねる。

「え? あー……」

 ククリのどう答えればいいか迷っているそぶりを見て、マレは確信する。

「やっぱり、転生者なのね?」

 マレの反応に驚きつつ、言い逃れできないと悟り、ククリはコクコクと頷いた。

「記憶が殆ど無いけど、どうやらそうらしいッス。……俺みたいな人間、この世界には多いんスか?」

 ククリの疑問に、マレは首を振る。

「多くは無いけど……でも、有名ね。転生者は強力な『カード』を持って現れることが多いから」

「カード?」

 聞きなれない言葉に、ククリが咄嗟に首をかしげると、マレは「知らないわよね」と言って笑い、自身の着ているセーラー服のポケットから『カード』を取り出した。


 それはククリが目を覚ました時、ポケットに入っていた二枚のカードによく似ていた。

 紙ではない、もっとしなやかな……たぶん、前世にあった「ぷらすちっく」のような物質でできている。

 裏には何だかよく分からない模様が描かれており、それはククリが持つカードと共通していた。

 表には薄着で寝そべった女が描かれていて、「睡眠(スリープ)」と書かれている。


「これがカード。戦闘を有利にするものから、生活をよくするものまで、様々なカードがあるわ。睡眠(スリープ)は文字通り眠らせるカードね。私はたまに仕事でここに泊まることがあるから、そういう時に使ってるの」

 ククリの脳内に「ブラック企業」という言葉が響いたが、何だかよくない言葉のような気がしたので、深く考えはしなかった。


「…………」

 マレは何も言わないが、うずうずと、期待した顔で見てくるので、それに押されるような形でククリはポケットからカードを出した。

 青い鳥が撃ち抜かれる絵と共に、「エネルギー弾・タイプX」と書かれているカードだ。

 マレの目が驚愕で見開かれる。

「エネルギー弾系の……タイプ……X!? はじめて見たわ、こんなカード……!!」

「そんなに凄いんスか? そのカード?」

 マレの反応に少し困惑しながらククリが尋ねる。

 そうすると、興奮した顔でマレが分からない、と言った。

「エネルギー弾系はそれなりに価値はあっても、ありふれたカードね。でも、タイプXは見たことも聞いたことも無いわ」

「じゃあ、使ってみるまで分からないわけか……」


 そう呟いてカードを手に取ったククリの手を、素早くマレが掴んだ。

「エネルギー弾系は危険だから、ここで使うのは止めて。……カードの効果が知りたいなら、当ギルドでも確認してあげますよ?」

 そっスか、といかにも残念だという顔でククリは頷いた。実際、ククリは残念だった。せっかくカードを実際に使ってみるチャンスだったのに。


「直接試してみたかったんスけどねぇ……。じゃあ、それでお願いします」

「ええ。でも、担当のおじいちゃんが出勤するまで待ってください」

 そして、はい、と『ギルド会員証』と書かれた紙のカードが渡された。

「その感じだと家も無いんでしょ? 名前のククリだけ記載しておいたから」

 ありがと、とお礼を言って、ククリは渡されたカードを見る。


『ククリ 男 市民権無し ギルドランク1 ダタン帝国タウンNo.7 ギルド支部』


 それを見て初めて、ククリはこの場所の地名を知った。 

 ダタン帝国タウンNo.7。それが、ここの地名らしい。

「この市民権無しってのは何?」

 疑問を抱いてククリが尋ねると、その答えは背後から返ってきた。

「金持ちじゃないって意味だ」

 ククリが振り向くと、背の高い、鋭く尖った耳をした男と目が合い、男がニヤリと笑った。

 その男がほんの少し前まで、酔っ払って床で寝ていた男だとククリは気付く。


 ――――そして彼がエルフという名前の種族だと、ククリは直感で分かった。


「市民権はNo.5以下の町の住民にのみ与えられる特権だ。No.5以下の町に住むには大金が必要で、この町にいる時点で市民権は無いンだよ」

 そう言って、ポン、とエルフは気安くククリの肩を叩いた。

「リールズ……」

 マレが呻くような声で呟き、目を逸らした。

「異世界転生者なんだって? ……このギルドにようこそ。先輩として、この町を案内してやる。付いてきな」

  エルフ……リールズはニヤリと笑い、ずんずんと進んでいく。

「あー……。えっと……」

「…………気をつけて」

 話の途中でここを離れていいのか? そう思い、チラリとククリがマレの方を見ると、マレは視線を逸らしながら頷き、ナイフを一本渡してきた。

「これは餞別。……必要になるかもしれないから」

「……ありがと」

 事態についていけず困惑したが、ひとまずマレにお礼を言って、ククリはリールズの後を追った。

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