三章03
「被検体観察レポート」
○月○日
希少な被検体を確保した。個人名は「ククリ」と「ナタ」。「ククリ」は異世界転生者、「ナタ」はアビリティカードを使った実験の被検体。どちらも極めて希少な存在だ。異世界転生者の特殊なボディーも気になるが、何より肝心なのは「ナタ」だ。
――参はスキルカードは使えるけど、アビリティカードは使えない。
「ククリ」は希少中の希少でその価値は「ナタ」を遥かに凌ぐ。が、その研究には目的が無い。何かあれば儲けもの、といったところ。
一方、「ナタ」の実験には明確な目的がある。
「アビリティカード使用者」
現状、極めて希少な存在だ。アビリティカードは我々人・亜人族の敵対者「魔族」がもつカードで希少だし、スキルカードと違い強力だけど、不可逆的なアビリティカードを使う人間は滅多にいない。
極僅かな「アビリティカード使用者」は、大概が金のために身を売るような輩か、借金の形に身を売られた者だ。どちらもまともな教育を受けていないことが多い。……実験では、データだけでは不明瞭な部分を口答で尋ねることがある。できれば最低限度の教育レベルは欲しい所だ。「ナタ」はその辺も申し分なく、極めて上質な被検体といえる。……これからが楽しみで仕方ない。
○月○+五日
実験は順調に移行している……と言ってもいいし、言わなくてもいい。
データはキチンと取れている。
ただ、結果は伴っていない。
アビリティカードについて、分かっていることは少ない。
異世界転生者もそうだ。
基本的なデータを取り、ただの人との違いを把握していく……。
それが、今までの実験だった。
異世界転生者は、これまでの実験から人とそれほど違いが無いことが分かってきた。
一方、アビリティカード……調べれば調べるほど、これは不思議な存在だ。
なるほど確かに……これは『不可逆的』だ。
彼女はただの「人」に戻りたいそうだが……。――きっとそれは、夢物語のまま終わるだろう。
それは、蝶を芋虫に戻すようなもの。
彼女の身体は既に人とはかけ離れている。できるのはせいぜい……人に近づけることくらいだ。
角を折り、尾を断つ。皮膚に貼りついた鱗を剥ぐ。そしてそれを――再生するたびに、幾度となく繰り返す。そうすれば……束の間だけ、「人」でいられるだろう、外見だけは。
……このことは、彼女には伝えないことにしよう。
○月○+十日
今日は新しい発見があった! ……というのは冗談として。
「ナタ」が一つ、隠していたことが明らかになった。
ずっと不思議に思っていた。彼女がなぜ「暴走」しないのか。
彼女のアビリティカードは「竜化」。
スキル・アビリティカード含めて屈指の強さを誇るカードの一つと言われているが、その強すぎる代償に理性を失い「暴走」し続けるという。
似通った効果を持ったカードは多い。
報告によると、オーリーの使ったカードもこの系統らしい。
だがこのカードは、それらと比べ頭一つ上を行く。
ニフラムの悪夢、という事件がある。
歴史上、おそらく始めて「竜化」のカードが使われたのがこの事件だ。
ニフラムという町は、かつてあった都市国家のことだ。
周辺の強大国から軍事的脅威に晒されていた彼らは、少ない出費で強力な軍隊を持つことを願い、数名の愛国者達に「アビリティカード」を使うことを強いた。
――そして起こった事件の名が、「ニフラムの悪夢」。
「竜化」した、名も、性別すら現代には伝わっていない市民は狂気に飲み込まれて暴走。ニフラムという都市国家を滅亡に追いやり、情報を入手した大国が送り込んだ討伐軍を皆殺しにした。
結局、終始戦争ばかりしていた周辺の大国達が手を組み、精鋭ぞろいの大隊が派遣されたことで何とか事なきを得たものの……。
都市国家二フラムは再建不可能になり、ニフラムが持っていた穀倉地帯は燃え尽きた。
多くの人員を失い、出費を強いられ、取引で入手していた穀物を確保できなくなったこの地域では、食料を求めて全面戦争が起こり、膨大な死者を出し国が幾つか滅んだ。
以後、この地方は永い衰退期――「冬の時代」を迎えることになった。
まだまだ文明レベルの低かった頃だということや、タイミング、立地の良さが被害拡大の原因といえるが、やはりこのカードの強さも無視できないだろう。
被験者「ナタ」が奇妙なのは、「竜化」が不完全だということだ。
伝承の「ニフラムの悪夢」とは異なり、彼女はまだある程度人間らしい外観を保っている。
理性もある。
だけど、彼女に使われているのは間違いなく「竜化」のカードだ。
何かトリックがある。
カードに何か細工がされているのか。それとも……彼女に何か秘密があるのか……。
喋るつもりは無いらしい。どうにかして調べたい。
異世界転生者「ククリ」については調べ終わった。どうにも、彼は普通の人間としかいえない。異世界転生者ゆえに、十代後半程度の肉体を赤子から幼児期を経ることなく造られたという点は興味深いけど……。
まぁ、これからはテキトーに実験しよう。調べることは殆どなくなったけど……彼が去ると、「ナタ」も去ってしまいそうだし。実験は継続せざるを得まい。
○月○+十五日
被検体「ナタ」について、かなり分かってきた! フフフ、これはこれは……面白い。スキルカードとアビリティカード、二つを効果的に組み合わせているね……。これはいい。やはり参にも何かアビリティカードを組み合わせられないだろうか。
「ククリ」については……もうホントにやることがない。少なくとも、今やりたい実験は完了してしまった。
どうしよう。
ひとまず、面白そうだったから睡眠薬で眠らせている間に鼻に花を詰めてみた。写真も撮ったけど……面白くないなぁ、これ。
顔がイマイチね。もうちょっとイケメンならギャップで面白いんだけど……残念。
フツメンには荷が重すぎたか。
○月○+三十日
実験を中止して、早くも十日が過ぎた。無意味な実験で時間を稼いでいるけど……さすがにそろそろ、結論を下そう。
――――実験は完全に打ち止め。中止とする。
関連資料は全て廃棄。……重要なものだけ暗号化し厳重に保管する。
特に、「竜化」と「ナタ」については絶対に分からないようにする。
「ナタ」は特に……マズい。
このレポート……日記も、後日破棄する。
「ナタ」を被検体にした奴らのことをずっとイカレてると思っていたけど、想像以上にイカレている。
こんなことをしてタダですむと――否、ということは、背後に――。
深く考えるのは止めよう。
とにかく、実験は中止。
深く関わらない。
干渉はしない。
……これが、結論だ。
「――――見 た ね ?」
ククリの首筋を、生暖かく、甘い空気がソロリと撫でた。
明日も投稿する予定です。予定です(二度目)。




