三章01
「これからどうするの?」
ククリを担いで屋根を走りながら、ナタが尋ねる。
「あてはあるっちゃあるんスけど……気が進まないなぁ……」
「家族のところ?」
「違うッスよ。俺、異世界転生者だから、そういう知り合い、いないんだ」
「……そう。なら、誰?」
ククリはため息を吐いた。
「――頭のおかしい、学者さんだよ」
「ハァーイ♪ 久しぶりっ、この大天才キッカ博士に何か御用かな!?」
頭のおかしい学者……キッカ博士の研究所を訪れると、前と同じくハイテンションな博士が現れた。
今回は白衣を着ていて、当たり前だが鍬は持っていない。金髪と赤いリボンが可愛らしい、くりっとした瞳の外見と白衣はミスマッチというか……ただでさえ若い彼女をさらに「幼く」見せていた。
「ククリさん、生きていたんですね。……衝撃です」
キッカの隣にいた参が、驚愕で目を見開いていた。
「ホントホント! びっくりだねー。……で、隣の子は?」
「…………ナタです」
「へぇーナタちゃんね。どったの? コイツに惚れた?」
「違います」
迷わず、ナタは断言する。……別に期待しちゃいなかったが、ククリは地味に心に傷を負った。
「それでそれで? 彼女は……ほう! フォウフォウフォウ!」
キッカはナタにキスするんじゃないかと思うほど顔を近づけると、ひょいとフードを持ち上げて中を見た。
「コイツは中々おもしろそうな娘だねぇ……」
イッヒッヒ、と魔女のような笑い声を出して、キッカは笑った。
「なるほどね……」
研究所に入れてもらい、ククリと参は互いにこれまでのことを話した。
ククリは気が付くとオーリー奴隷倉庫にいたこと。そこで会ったナタと一緒にここまで逃げて来たことを。
参はあの後無事に二人とも逃げ果せたこと、あのゲームの生還者が僅かながらもいて、彼らがもたらした情報が今朝新聞の一面記事になったことを教えてくれた。
「ってことは……俺、何日も眠っていたんスね」
「そうみたいね」
頷いた後、参はしんみりとした顔で呟いた。
「本当……生きていてくれてよかった」
お? まさか……俺に惚れたとか?
「よかった……。これで護衛任務失敗という失態はチャラですね。任務成功率は私の存在価値に関わりますから、本当によかった」
心底ほっとした顔で、参が呟く。ククリはまたしても地味にショックを受けた。
……さっきもナタからばっさり言われたばかりなので、元々心許なかった「男のプライド」のようなものが吹いて飛んでいってしまいそうだ。
「…………もうちょっと、心配してくれてもよくないッスかねぇ…………」
沈んだ顔のククリを見て、慌てて参は付け足した。
「あ、勿論心配もしてましたよ?」
ホントかよ。
「そんなのどうだっていいからさー、さっさと人体実験させてよ! ハヤクハヤクハヤクッ!」
「断る。……そのつもりで来た訳じゃないし」
「えー。じゃあ、何のつもりで来たのさー。私も暇じゃないんだよ?」
「グラッチェがどこに住んでいるか知らないッスか? ほら、分け前を貰おうと思って……」
「「あー」」
ククリがそう言った瞬間、キッカと参が二人同時に可哀想なものを見る目になった。
「ちょい待ち。連絡するから来てもらうよ。ただ……」
期待はしない方がいいよ? とキッカは付け足した。
「――――スマンッ!」
連絡を入れて数分、すぐにやって来たグラッチェはいきなり土下座した。
そして巾着袋を逆さにしてぶちまける。
銀貨が五枚。
銅貨が十枚。
「……?」
入っていたのはそれだけである。
「いやいやいや……金貨あったッスよね? それも四枚。二枚はくれるのがスジでしょ? いやいやいや……」
「使っちまった」
「は?」
ナニイッテルンダ、コイツ?
――――金貨四枚だぞ? どうやって使ったっていうんだ。
「遺言状は書いた?」
命を預けあった仲間というか、一種の仲間意識を少しでも感じていたのはどうやら俺だけだったらしい。
ぶっ殺そう。マジで。
ククリは銃を取り出した。
冷静さを欠いている自覚はあったが、暴走を止める気は無い。
幾らなんでも、これには怒るべきだ。
命懸けで戦った挙句、報酬を横取りされる。
これほど割に合わない、腹立たしいことは無い。
グラッチェや参に比べて自分が活躍できたとは思わない。……だが、何もしなかったわけでもない。
金貨二枚が多いとしても、一枚は俺の取り分であるべきだと思う。
「待って……兄さんは悪くないの、悪いのは私なんです」
そう言って、少女が一人グラッチェとククリの間に割って入った。
全身に斑点のある少女で、頬は痩せこけ、生気が感じられない。
見るからに病人で、顔は少しグラッチェと似ていた。ということは……。
「……ウワサの妹ッスか」
「はい。兄さんの……グラッチェの妹です」
少女はそう言ってお辞儀した。
「兄さんがあのゲームに参加したのは、私を治療をする医療費を稼ぐためだったんです……。それには金貨五枚は必要で、私達の全財産は金貨一枚程度だったので……」
手元にあった金貨一枚と、手に入れた金貨四枚。
ククリ――俺が死んだも同然の状態だから、分け前を残しておかずに使ってしまっても……、まぁ、問題がないといえば、ない。
「魔が差した、と」
「はい……」
そう言って、少女はグラッチェの隣で土下座した。
「悪いのは私なんです。殺すなら私を殺してください」
「馬鹿いうな。おい、やったのは俺だ。責任は俺が取る。だから妹には手を出さないでくれ……!」
二人の懇願と謝罪を聞いて、ククリはげんなりした。
えー、怒りづらっ。
これって俺が悪役になってるじゃん。俺が被害者なのに。
そりゃ同情するけどさ……。
パチパチ、とナタが拍手した。
「妹を助けるため、立派ね。……あなたは、どうしてゲームに参加したの?」
「え? ……あー」
「確かククリっちが参加したのは、
①最底辺の貧乏人から脱出するため。
②金持ちを見返すため。
③豪遊して遊んで暮らすため。
……こんなところだよねー?」
「……そう」
ナタがククリを見る目が、かわいそうなものを見る目に変わった。
底が知れる、そう言ってる目だ。
「貧乏の苦しみは、なったものにしか分からないッスよ……」
「だろうね★ 私には理解できないなっ★」
「……恥ずかしい言い訳」
「私も理解できません。機械なので」
「はぁ……もう、いいッスよ」
深いため息を吐いて、ククリは諦めた。
銀貨が五枚。銅貨が十枚。
命賭けて得た報酬がこれだけか……はぁ。
――――「一度だけ、命に代えても助ける」。
去り際に、グラッチェはククリにそう言った。
それが彼なりの、ククリに対して報いる約束らしい。
どうでもよかった。
そんなあやふやな、拘束力の無い約束、無価値だ。少なくとも、手に入るはずだった金貨ほどの価値は無い。
が、駄々をこねようとアイツが使った金は戻ってこない。
ククリはまたため息を吐いた。
銀貨が五枚。銅貨が十枚。
はした金というほどではないが、大金でもない。少なくともこの程度の貯金では宿で寝泊りする生活はできない。命を賭けたにしては少なすぎる。
「また野宿暮らしか……」
アレ、今は夏だから寒くないだけマシだけど、虫が最悪なんだよな……。
「野宿? ……楽しそう」
「やる前だけッスよ。そんなキャンプ気分で楽しめるのは」
「そういうもの? ……そういうものか」
「――なら、このキッカ★ラボで働かない?」
キッカがキャピっとウインクしながら、目元で横向きにピースする。
「博士、ここはそんなダサい名前じゃありません」
「現実を受け入れて? ここはそういう名前だよ?」
「違います」
「……今度、参のメモリーいじくって記憶改竄しておこうっと」
「止めててください」
相変わらず、参はキッカに対してだけは毒舌だなぁ……。
「働くのはいいッスけど、どうせ俺達を被検体にするつもりなんだろ?」
「否定はしないね。このキッカ博士の研究に貢献できるんだ、誇るがいいよっ!」
「被検体はなぁ……」
このイカレた博士の被検体になったら、何されるか分からないし。
「イヤ」
ナタもいやがった。被検体にされてそんな身体になったんだから、当然だろう。
「毎日、日当で銀貨一枚だすよ」
「なん……だと……?」
そんなにくれるのか。この俺に?
「衣★食★住 も完備。不満ある?」
「不満なんて、あるわけがないッスよ」
そんなにくれるのなら、まぁしばらく人体実験されてもいい。たいしたことはしないと言っているし。
ククリはクルリと自分の意見をひっくり返した。
ククリとしては、あの貧乏生活に戻ることは避けたかった。そのために命を賭けたんだし。
「……ククリが、やるなら……」
やる気になったククリを見て、ナタが不承不承といった様子で頷いた。
「いいんスか?」
「一度されてるし、減るもんじゃないから……」
――減ってはいないけど、変わり果てたよね。
流石にそれは、思っても口に出さなかった。
なんだか申し訳ないことをした気分でククリがナタを見ている後ろで、キッカが一人歓声を上げていた。
「というか……今更だけど、付いて来なくてもいいんスよ?」
気になっていたことを、ククリは今更だが尋ねた。
研究所は来客が少なく、殆どの部屋が倉庫におさまらなくなった実験資材の置き場所と化していたので、ククリとナタは部屋を一つ共同で使うことになった。
簡素な丸テーブルと椅子が一つ、クローゼットとダブルベットというシンプルな部屋で、二人は特に理由もなくベットに座っていた。しいて言えば、疲れていたから硬い椅子より柔らかいベットに座りたかったくらいか。
「……行く当てないし、戦力は大いに越したことは無いでしょ?」
ようするに、だから連れて行け、ということか。
「そりゃそうッスけどぉ、俺金ないし、別に強くないし、どうして俺について来るんだ?」
「雛の刷り込みのようなものだと思えばいい。牢から連れ出してくれたのがあなた。その恩」
「それだけ?」
「……分かりやすく利害関係のある話をするなら、①あなたは信用できそう②私のことを知る人間は少ないほどいい この二つが理由」
「なるほど」
ククリが納得すると、ナタが上目遣いで尋ねてきた。
「迷惑じゃない? 迷惑なら……」
「いや、別に。むしろ助かるっていうか、そもそも俺が生きてるのってナタのおかげだし、むしろこっちこそ恩があるっていうか」
「……そう」
ホッとナタは息を吐いた。それから、大きく両手を上げて伸びをする。
「話は済んだ? なら、シャワー浴びてくる」
そう言って、彼女は部屋から出て行こうとした。その途中で、少しだけ振り返る。
「これからよろしく……○○○○○」
流し目でそう言って、今度こそ、彼女は部屋から出て行った。
何も知らず、ククリはただ「転生してから、今が一番幸せかもなぁ……」などと微笑みながら考える。
――――最後の呟き、「ごめんなさい」という言葉は、ククリには小さすぎて届かなかった。もとより、ククリに伝える気がない言葉だった。
ナタはククリに対して、肝心なことは何も言っていなかった。
自分が誰なのか。自分をこんな目に合わせたのは誰かということすら。




