二章03
総合評価ありがとうござます。
「また……胸糞悪い仕事だな」
町を駆ける馬車の集団――その最後尾に位置する、大型の馬車。
その一つ手前、中型の馬車。その中心に座っている、ダークスーツにサングラスをかけた男が、ため息と共に愚痴を漏らした。
「そう言わないで下さい、ギンドロの兄貴。これも「8」のためです」
「……そうだな」
男――ギンドロは部下の言葉に頷いた。
組織に属し、その恩恵を得る。ならば、組織のため、不愉快なこともしなければならない。
そういう時もある。というか……、
そう考えないとやってられない。
「オーリーは贖いきれない失態を犯した。奴は捕まらないだろうが……奴がこれまで積み上げてきたもの全てを見せしめにする。そうする必要がある」
「はい。――「8」の未来のために」
部下が深く頷いた。
「……ハイエナ共め。地獄へ落ちろ」
醜い顔をした老人が、ぼそりと呟いた。
縄で全身を縛られていて、顔が青い。
全身痣だらけであり、拷問の後が見て取れる。
「まだ言うか。口の減らねぇジジィだぜ」
部下の一人がそう言って、老人の腹に蹴りを入れた。
くぐもったうめき声が、老人の口から漏れる。
だが、その目は未だ剣呑な光を宿していた。
老人は代々オーリーの一族に仕えている家系の男で、執事長を務めていた。
「8」に捕えられた中では最もオ-リー家の内情に詳しく、それ故にその拷問は熾烈を極めた。
だが。決して老人は口を割らなかった。
――――惨たらしく血の池に倒れた、孫の写真を見るまでは。
老人も所詮人の子。
使命も、一族の誇りも。――血を分けた家族には敵わなかった。
「……この世に悪の栄えた試しは無い。……貴様らも、いずれ……」
血で髭を汚しながら、老人が呟く。
「……うざってぇな。……ギンドロの兄貴、コイツもう殺しちゃいませんか?」
老人の髪を引っ張り、こめかみにピストルの銃口を当てる。
「よせ」
部下を止めて、ギンドロは老人に顔を近付けた。
「この世に正義も悪も、関係ない、重要なのは富だけだ。この世界で貧者が栄えた試しは無い。金の臭いさえすれば、あらゆる正義も悪徳も、等しく栄えるのだ。正義にも悪にも、本来力は無い。……お前の言葉は、負け犬の遠吠えだ。正義も悪も、ただ人を扇動する言葉の羅列に過ぎない。――この世で唯一の純然たる力、それが富だ。物質世界を支配する、あらゆるものを貫く矛であり、あらゆるものを弾く盾だ。貴様らは富が足らず、扇動する正義が稚拙だった。……ただ、それだけだ」
「ぬかしおる。……死にいく老人を労わってはくれないようだ」
「……生かしているだろ?」
「それは、私が真実を語っているか確認したいだけでしょう?」
「……否定はしない。アレは、我々にとっても重要なものだ」
ギンドロは頷いた。そして、珍しく、小さく笑った。
「――――ダタン帝国。我々がこの国を盗るために、まだまだアレには働いてもらわなくてはな」
「困ったッスね……」
次々と、「8」の構成メンバーがこの奴隷倉庫に雪崩れ込んでくる。
どう考えてもヤバイ。
「この鍵束で何とかならないか……?」
これは間違いなく、ここの奴隷達の檻を開ける鍵だ。これで、混乱を起こせないか?
幸い、俺には拾った大量のカードがある。
大量のカードと鍵束。これで、チャチではあるが武装集団を生み出せる。あちらがまだ奴隷達に注目していない今なら、こっそり鍵とカードを回して反乱の種を蒔くことは可能なはず。
これは、彼らに奴隷から脱出する「チャンス」を与えることになる。彼らにとっても悪い話ではない。のってくるはずだ。
とはいえ……そんなことをすれば、俺達が「8」に発見されるリスクが生まれる。
だが、逃げる隙も生まれやすくなる。
どうするか……。
――反乱を起こすか、起こさないか?
イエス/ノー?
「無理」
ククリに代わり、ナタが否定する。
「なんでさ?」
「彼らの目を見て」
言われたとおり、ククリは奴隷達の目を見た。そして、理解した。
彼らの目は、既に死んでいる。
命はあっても、心は既に死んでいた。
例え檻を開けてやっても無駄だ。
反乱は起きない。起きたとしても、それには暫く時間がかかりそうだ。彼らを扇動し、やる気を出させるリーダーも必要だろう。
ナタは知らないが、俺にはそんなことできない。どのみち、そんな時間は無い。
これでは無駄にリスクを背負うだけになる。意味が無い。
「つまり……実力行使以外、取れる手は無いってことッスね」
「そうなる」
「……それ、詰んでないッスか?」
向こうは荒事の専門家。こっちは初心者。
向こうは集団。今見えているだけで十人を超える。一方、こっちは二人。
これでは、どうしようもない……。
「時を待つ」
ナタは短くそう言った。
「いやいや……待てば待つほど、敵さんは集まってくるんですけど」
というか何、この娘。落ち着きすぎじゃない?
よほど場慣れしているのか……?
考え込んでいるククリを気にせず、忘れんぼうだね、とナタは呟く。
「――敵の敵は味方なんだよ」
ナタが呟いた少し後。
二人が伏せている隣を、何かが通り過ぎた。
それは、人ではない。生命かどうかも怪しい。
外骨格が成人男性のカタチというだけの機械だった。
ピコピコピコ。
瞳の辺りにあったランプが明滅する。
「8」の目の前までゆっくり歩いて近付くと、それはランプを赤く光らせた。
「ゲートエリアにおいて未登録の人間を確認。キー、もしくはオーリーによる許可証の提示を求めます」
「ああ……待て。今提示する」
「8」の内の一人がそう言うと、執事長の方を見た。
「…………」
執事長は何も答えない。
チッ、と男は舌打ちし、老人の腹を蹴った。
「ほらよ。これでいいか?」
そう言って何かを出す素振りをして――、
男は撃った。
軽快な射撃音が連続し、ロボットの体がフラつく。
「……思ったより硬いな、コイツ」
銃弾が鉄の肌の上を跳ねる。
ピコピコピコ……。
瞳の辺りにあったランプが明滅し、赤く輝いた。
「武力行使を確認。――対象の排除を開始します」
ガサガサガサガサガサガサ……。
倉庫の中にサイレンが鳴り響き、壁に小さな穴が開く。
蜘蛛によく似た機械が続々と現れる。
蜘蛛達には、小型の銃が装備されていた。
パパパパパ、と銃声が鳴る。
「馬鹿が! 勝手なことを……」
ギンドロが銃を撃った男を殴る。
その男を放置し、他はすぐに建物から退避した。
一人だけ蜂の巣になる。
ただ、「8」もそれだけで引き下がるはずが無い。
扉についていた小窓が割られ、灰色の球体が投げ込まれる。
爆弾だ。
――今度こそ、ロボットが動きを止めた。
だが、蜘蛛達は止まらない。
床を這い、歩き回る。
銃弾を吐き出す。だが、ククリとナタは狙われない。
「俺たちがゲートエリア……入り口にいないからッスかね?」
「おそらく。……もしくは、檻に入っていなくて、それなりに背丈のあるものに反応しているのかも」
ナタの言うとおり、蜘蛛達は斜め上方向にしかにしか銃弾を撃っていない。
「匍匐前進で逃げよう」
「……そうね」
頷いて、はい、とナタはククリに仮面を渡してきた。
見たことがある仮面だ。というのも、人狩りで敵が被っていた仮面だからだ。
「いつの間にこんなものを……」
まぁ、これで顔を隠せそうだ。
仮面を被り、廊下まで退避する。廊下にも蜘蛛がいたが、数はめっきり減っていた。
「よし、これなら……」
逃げられそうッスね、という続きの言葉は言えなかった。
背後――先程の「ゲートエリア」と呼ばれた出入り口付近で爆発音が轟き、それと同時に、廊下の窓が破られ、五人の男が侵入してきた。
男が舌打ちする。
「こっちにもいたか……」
男は口でピンを抜くと、手榴弾を放った。
すぐに爆発し、蜘蛛の大半がそれで死んだ。
「……あ? お前ら、ナンだ」
男達の鋭い視線が、ククリとナタに突き刺さる。
「…………!」
二人はダッシュで曲がり角に逃げ込んだ。
「逃がすなっ!」
弾丸が廊下を通り過ぎる。
「困った……」
人狩りを生き抜いたからか、今更銃声程度じゃ驚かない。が、それと現状を打開する方法があるかどうかは別だ。
「前門の虎、後門の狼……ってヤツッスね」
俺には打てる手は無い。
「ナタ、また頼るようで何だけど何か無いッスか?」
「……まかせて」
不承不承、という様子でナタは頷いた。
「こちら廊下組。正体不明の二人組と交戦中」
ギンドロの握っていたトランシーバーが、聞き捨てなら無い情報を齎した。
「このタイミングでか……? 光電一番か、また別の組織も嗅ぎつけたか。性別は?」
「男と女、一人づつです」
「女もいるのか……。もしかすると、アレかもしれん。増援を送る。俺も向かうから、とにかく注意しろ。今は牽制だけで構わん」
「了解」
「兄貴は何て?」
「こちらに向かうから、暫く牽制だけでいいそうだ」
「そりゃありがてぇが……たいした奴らじゃ無さそうだぜ? 一向に反撃してこねぇし」
「そうだな……うおっ!」
男は久々にあんぐりと口を開けた。
牽制の弾雨の中、女が飛び出してくる。
それだけでも驚きだが、女は男を背負い、天井に向かって跳んだかと思うと、数秒、天井を駆けた。
とてもではないが、人間の脚力でできる動きではない。
「コイツ……化け物か?」
男達が銃を握る腕を動かすより早く、女は天井を駆けると、男達の内の一人を踏みつけるようにして着地する。
「ふぐっ」
「リット! 野郎……!」
今度は男達の銃が狙いを定めるより早く、女に背負われた男が「爆裂弾」のカードを放つ。
「っ! ふせろ!」
男達の頭上でささやかながら爆発音が轟く。
煙が晴れた後、そこにはもう誰もいなかった。
「くそ……どこいった」
男達が入るのに使った窓以外は閉まったままだ。外には出ていないはず。見た限り、外には誰もいるように見えない。
奥にある扉の向こうだろう。そう、男達は当たりをつけた。
「………」
無言で頷き合うと、銃口を向けつつ、扉を蹴破った。
そこには……。
開けっ放しになっていた地下通路の扉があった。
人影は無い。
「地下か……」
「どうする?」
「ギンドロの兄貴を待とう。あの戦闘力、間違いなくアレだろう。……深追いは禁物だ」
「分かった」
男達は頷き、その場で待機した。
……これが冬なら、室温の変化に違和感を感じたのだろうが……。あいにく、今は夏だ。
男達は失念していた。
天井スレスレにある小さな窓が、開いていたことを――。
――ギンドロ達が合流した頃には、二人は屋根を駆け、遠く遠くに逃れていた。
ククリがナタを檻から出したことで、「8」はまたしても彼女を手中に収めることができなかった。
そしてククリもまた、何も分からぬまま奴隷倉庫を出たため、「なぜ自分がここにいるのか」結局知ることはなかった。
オーリーがどうしてククリを殺さず奴隷倉庫に送ったのか――それを察していたナタは、沈黙を保った。
復讐を願ったオーリーと、自己保身を第一に動いたナタの、暗黙の内の連携。
ククリは見事に嵌められ――。
巨大な不発弾を抱え、以後、戦乱に巻き込まれていくこととなる。
駆け足気味かもですが、次のちょろっとしたもので二章は終わりです。三章はまだ書き終わっていません。夏バテで死に体だったので……。気分転換に前書いた短編をあげようかなぁ、とちょっと思ってます。




