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二章02

 また梯子を移動しているが、今回は下ではなく、上だ。

 今度は、降りるときほど時間がかからなかった。移動したのは、ちょうど一部屋分くらいだろう。

 ガツン。

「痛っ」

 頭が扉にぶつかる。目に火花が飛び散った。

 暗闇で分からないが、出入り口まで来たらしい。

 耳を当てて周囲に誰かいるか確認すると、ゆっくりと、慎重に扉を押し開けた。

 出た先は木造の建物の一室で、物置のようだ。

 天井スレスレに小さな窓があるくらいで薄暗い。室内には、椅子や机が積まれていた。ナタが出るのを待ってから、慎重に廊下に出た。

 木造の廊下。左側に窓が幾つもあり、外の様子を見ることができた。

 今の時間帯は夜。窓の外は暗く、ついでに雨が降っていた。

「夜か。……外の様子がよく見えないな」

 予想と違い、木が全く見えない。それどころか、うっすらと市街地が見えた。……ここは、ラナの森ではないのかもしれない。

 

 廊下を進むと道が二つに分かれた。

 直進すると行き止まりで、一つの部屋と繋がっている。右に曲がって少し行くと、大きめの扉があった。

 扉の前には花瓶が一つ。結構高そうで、花が飾られている。こんなに人がいないのに、誰が手入れしているんだ……? と気になる。

「どっちに行く?」

 ナタが尋ねる。

「……まず、真っ直ぐ行こう。余さず全部調べ倒したいから」

「そう」

 ナタの了解が得られたので、さっそく直進し部屋に入る。

 ――案の定、その部屋にも誰もいなかった。


 どうやらここは資料室らしい。

 古風なタイプライターが一台、引き出しの無い机の上にぽつんと置かれていて、隣の本棚には丁寧に書類の束が納められている。

 金持ちらしい、高そうなインテリアが飾られていて、部屋の隅にひっそりと小さな金庫があった。

「なぁ、あの金庫力づくで開けられるッスか?」

「……悪党」

 悪党呼ばわりは心外だ。殺されかけたんだし、別に、これくらい問題ないと思うんだけど……。

 警報が鳴り響いていいなら、とナタが言ったので、ククリは止めておくことにした。

 書類にも一応簡単に目を通したが、ククリにとって意味のあるものはなかった。ただ、ひとつ気になることがあった。

 書類に何度も、オーリーの取引相手として「8」という組織が登場することだ。



「――俺が咄嗟に思いつくのは「8」ってのと、「光電一番」って組織だな。もし耳にする機会があったら、命が惜しいならとにかく関わらないようにしたほうがいい」



 俺をこんな窮地に追いやった元凶の一人、リールズが言っていた言葉だ。

 オーリーは「8」と関係があった。そして、俺はオーリーを破滅させたメンバーの一人だ。

 ()()()()()()()()()

 ……厄介事に、ならなければいいが……。


「ククリ。……アレ」

 ちょいちょい、とナタがククリの服を引っ張る。

 ナタが指差した先に、鍵が一つ置かれていた。

「あれが、金庫の鍵なんじゃない?」

「さすがに無防備すぎるよ……違うと思う」

「なら、どこの?」

「それは……」

 今まで見た中で、開いていない鍵穴……。

 あそこのかな、多分。




 面倒極まりないが、また梯子を降りる。

 またまた最初の部屋に戻り、鍵の掛かった引き出しに、ナタが見つけた鍵を差し込む。


 ガチャリ。


 引き出しを開けると、予想と反して、中には碌な物が入っていなかった。

 入っていたのは紙が一枚。それだけだ。 

「ハズレか……」

 ため息を吐いて、ククリは紙を手に取った。

 まず目に入るのは、ナタのモノクロ写真だ。

 これを見る限り、本人がモルモットを自称したのはデタラメな話ではなく、事実らしい。

 ただ所詮プリント一枚。たいしたことは載っていないと思う。せいぜい、身長、体重、筋力のような身体能力と健康状態、経歴、経過報告、それくらいじゃないだろうか。

「……」

 ……詳しく見る前に、ナタに取り上げられたので分からないけど。

「エッチ」

 何がエッチだ。たいしたことはしてないっての!

 適当に誤魔化すように、ククリは咳払いをした。

「あー、本当は、もう一つ鍵があればよかったんスけどねぇー……」

「……開けたいの?」

「そりゃ当然……」

 メキョ。

 奇妙な音がして、鍵がかかっていた引き出しが開く。

 ナタが難なく力ずくで鍵を壊して開けたのだ。

 ムキムキすぎるだろ……。

「あ、ありがと……」

 少しビビリながらも、ククリはお礼を言って中を確認した。


 どうやら、こっちの引き出しに入っているのは護身用の武器らしい。

 ククリが使っていたものより質のよさそうな拳銃が一つ。

 マガジンが幾つか。

 サバイバルナイフが一本。

 それに、カードが一束。

「すげー」

 ここまで大量のカードは見たことが無い。

 ククリは期待で胸が高鳴ったが、中を見てそれは落胆に変わった。

 「爆裂弾F」「火炎弾F」「エネルギー弾G」「風呼びF」……。

 量だけはあるのだが、如何せん弱い。「爆裂弾E」持ってるし、使い道の無いカードばかりだ。ダブリも多いし。

 戦闘用というより、生活する上で便利なカードと言える。

 「火炎弾F」はライター代わり、「エネルギー弾G」は害虫駆除、「風呼びF」は団扇代わりに使えるけど、戦闘ではまず使えまい。

 ただ、念のためもらっておく。

 ……脱出したら売ろう。

 二束三文にしかならないだろうけど。

「いる?」「いらない」

 念のためナタにも尋ねたが、首を振られた。

 だろうね。




 もう一度梯子を登り、暫く歩いて先程入らなかった大き目の扉に向かった。

「……」

 耳を扉に当てて、扉の向こうに誰かいないか確認する。

 正直、もうここ誰もいないんじゃないか? ……と思いかけていたが、念のためだ。

 ――そして、こちらに近付く足音がした。

「ヤバイ」

 すぐに下がろうとしたが、少し遅かった。曲がり角を曲がる前に、扉が開かれた。

「…………」

 扉を開けたのは、外骨格が成人男性のカタチをした機械だった。

 ピコピコピコ。

 ククリとナタを見て、瞳の辺りにあったランプが明滅すると、ロボットは歩き出した。

 手には薔薇を数本と、ポットを二つ持っている。その内片方にだけ、液体が入っていた。

 扉の前にあった花瓶の花と水を入れ替えると、ロボットは扉の向こうに消えていった。

 どうやら、こちらに興味はないらしい。

 全く、心臓に悪いったらない。

「……ここには、もしかして人間は俺だけなのか?」

 ククリがチラッとナタを見ると、ナタがククリの襟首を掴んで持ち上げた。

「一緒にしないで」

「わ、分かったッスから……」 

 そういや、自分は人間だと主張してたな。

「ごほっごほっ……」

「……大丈夫?」

 何が大丈夫? だ。そっちがやったんじゃないか。……まぁ、失言だったけど。

「……大丈夫」

 ククリは頷き、ロボットの後を追って扉を開けた。



 扉を抜けると、そこは……。








 弛緩していた空気が引き締まる。

 

 目を閉じたい。鼻を塞ぎたい。――そこは、そういう所だった。


 ボロ布のような服を着た、痩せこけた人間達。灰色の壁と、照明一つ無い、ただ鉄格子が並んでいるだけの場所。


 腐った雑巾のような、醜悪な臭い。


 快適な場所とは程遠い。そこは、地獄と言うに相応しい場所だった。

 二人が入ったところで、誰も身動き一つしない。既に死んでしまったかのように息を殺し、じっとしている。

 ロボットが唯一人、コツコツと足音を立てて歩き、それぞれの鉄格子の前に置かれた、空になったスープの器と、レーションの入っていた袋のゴミを回収していた。


 ――――ここにきて、ククリはようやく理解した。

 ここがどこなのか。


 ここは、奴隷倉庫。

 オーリーが所有する奴隷達の保管庫なのだ。


「何だよ……何だって、俺はここに連れてこられたんだ……?」

「……知らない。でも考え込んでいる暇は、無いみたい」

 呆然としているククリに、ナタはそう言った。


 ――ドンッ!


 どこか少し離れた所で、何かが強くぶつかる音が聞こえた。


ドンッ! ドンッ! ドンッ! ――――バキ。


 何かが壊れる音がする。それが何かはククリには分からなかったが……「終わった」のだと悟った。

 どこまでも静的だったこの場所に、亀裂が走った。

 後ろにいたナタに、抱きしめられるようにして床に無理矢理伏せさせられる。

 そのままの姿勢で、ナタが指し示す方を見た。


 ダークスーツの男達が、檻を挟んで反対側にある出入り口の扉を破り、雪崩れ込んでいる。

 「8」だ。

 オーリーが失態を侵したから、襲撃して来たのだ。


 ……見つかるわけにはいかない。

 バレてはいないと思うが……俺はオーリーの人狩り(ヒューマンハント)をムチャクチャにした内の一人だし、背後にいるナタは、地下深くに監禁されていたことからして、何か「価値」がある奴隷に違いない。


 顔を見られることなく、ここから脱出しなければ……。

 ククリは、そう決意した。

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