二章01
カチ、カチ、カチ。
ボーン、ボーン、ボーン……。
時計の音がやかましい。顔をしかめ、ゆっくりとククリは身体を起こした。
「煩いな……イタッ」
身体がバキバキで痛い。まるで、数日眠っていたみたいだ。
「つか……ここどこだ?」
暗くて、何も見えない。
確か、俺は竜化したオーリーに食われた筈だ。
「天国か地獄か……それとも、体内か?」
そもそもあの世ってどんな所だ? ……一回死んだのに、記憶が無いんじゃ分からないじゃないか。
ククリは手の甲で足元を叩いた。コンコン、と硬い音が鳴る。触ってみるとすこしだけザラザラしていて、念入りに触ると、木目のようなものがあるのが分かる。
「木造の建物の、一室か。ってことは……」
ククリは手探りでスイッチを探し、押した。
何度かの明滅の末、明かりがついて部屋の中が明るくなる。
そこは小さな部屋で、明らかに女性の部屋だった。
キチンと片付いていたが、暫く誰も足を踏み入れてなかったのか、床には埃が溜まっている。
部屋の隅には女物のコートと帽子、鞄がかけられていて、姿見が鎮座していた。 その隣には、洋服箪笥がある。
本棚にはぶ厚く、難しそうな本が納まっていた。
部屋の中央には机があって、羽ペンとインク瓶が一つずつ、それに造花が飾られた小さな瓶が机の上に置かれていた。
引き出しは三つ。内二つはしっかりと鍵が掛かっていて開かない。一つだけは鍵穴がそもそも無い。開くと中にはハサミやペンのような文房具と、鍵束があった。
ククリは取り合えず鍵束をポケットにしまう。
それで部屋の中はあらかた探索できたので、ククリは扉に耳を当てた。特に何も聞こえず、周囲に誰もいないことを確認してからドアノブを回し部屋を出る。
窓は無く、真っ暗だ。だが一瞬の後に明るくなった。感知式らしく、ククリが入ったことで照明が明るくなったのだ。
部屋の外は木造の廊下で、二つの扉、一つの梯子と繋がっていた。
一つ目の扉は寝室。ベッドと冷暖房装置が備えられている。
もう一つの扉は食料庫。缶詰と瓶が棚に並べられていた。
「人気が無いな。俺を監禁しているようにも見えないし」
どれだけの間意識を失っていたのか知らないが、人力ではそれほど遠くには運べないはずだ。たぶん、せいぜい壊れた砦近くの建物だと思うが……。
なんでこんなに俺を自由にさせている? オーリーの立場からすれば、全てを台無しにした俺達なんて、殺したいに決まってるのに。
ククリは食料庫で腹ごしらえに缶詰を六つばかり食べると、幾らかの缶詰をナップザックに入れて持ち歩こうとして……ようやく、ナップザックが無いことに気付いた。
いや、正確にはあるのだが……。
ぼろぼろになって、底に大穴が開いていた。
中を漁ると、唯一釣り針だけは引っかかって残っていたが……他には何も無い。
竜の胃酸で溶けたのだろうか?
あまり気にしていなかったが、服もボロボロだ。これも、溶けたのだろう。
最初の部屋に戻り姿見の前に立った。
長ズボンは穴だらけの短パンになり、シャツは原形がなかった。……それはいい。だが、気になったのは髪だ。
ぼさぼさだった髪が溶けて短髪になっている。……ハゲてはいないよな?
念入りにチェックする。大丈夫っぽい。
よし。
部屋を出て、この階は大体確認したので、別の階に行くことにする。
梯子は上下に伸びている。上に行くべきか、下に行くべきか……。
たぶん上に行けば、ここから出られると思う。この階には窓が一つも無いし、おそらくここは地下だ。ただ脱出するなら登る方がいい。だが、ここのことを詳しく知るなら降りるべきだ。
知らないといけないわけでもないし、どちらでもいい。
「…………降りるか」
ここがどこか、何のためにここに送られたのか、何も分かっていないし。
やはり、気になる。
ゆっくりと階段を下りる。ククリがいなくなったことで、上の階の照明がパッと消える。
「……」
暗闇の中、ゆっくりと一人降りていく。
まだ照明がついていた時も、下は真っ暗で果てが見えなかった。かなり降りる必要があるらしい。
カッカッカッカッ……………………カツン。
上も下も分からない暗闇で、唐突に足が平たい場所にぶつかる感覚があった。底まで辿り着いたのだ。
手に何か触れたので、触って輪郭をなぞる。……ランプだ。どうやら梯子に針金で括りつけてあるらしい。簡単な操作をすると、ボッと小さく燃える音がして火が灯った。それで、室内の様子が分かるようになった。
眼前には、鉄格子がある。
――――そのぶ厚い鉄格子の奥には、何も言わず、身じろぎ一つしない化け物がいた。
だらりと肢体を伸ばし、壁に背を預けている。
姿は、人に近い。だが、同時に人とは程遠い。
性別は雌。外見年齢は十代半ばくらいだろうか。
人とは明らかに違う所は、小さな角と尻尾が生えていること、目が赤く、犬歯が人より鋭いこと。そこら辺だろうか。また、微かに見える服の隙間から、灰色の鱗のようなものが見えていた。
「誰? ……オフィリアの使い?」
「オフィリア? 誰ッスか?」
申し訳ないが、質問に質問で返させてもらう。誰だ、それ?
化け物はたいして気にした素振りも見せず、
「オーリーのこと」
と言った。どうも、オーリーの正体が女だったように、名前もまた偽名だったらしい。
「使いじゃない。オーリーと殺しあった挙句、気がついたらここにいたんスよ」
「? どうゆうこと?」
ククリは人狩りに参加してからのことを一から説明した。
別に考えなしに喋っていたわけではなく、考えてのことだ。
牢屋に入れられている以上、彼女はオーリーの仲間というわけじゃない。むしろ、恨みを抱いている可能性が高い。下手に隠さず、信用を得た方がいいという考えだ。
「あのオフィリアが……」
そう呟くと、化け物は黙り込んだ。
「俺のことは喋ったッスよ? 交換ッス。そっちのことも教えて欲しい」
「……私が聞いたのはキミがここに来る経緯だけ。だから一つだけ。ここのこと? 私のこと?」
「…………」
交換と言ったのは悪手だったか。どちらか一つとなると……。
「キミのことを教えてくれ」
ここのことは調べれば分かる。一方、彼女のことは分からないと思う。
なら、彼女について聞いた方がトクだ。
「大体想像がつくと思うけど……。私は元モルモット。アビリティカードを使った人体実験の被験者」
懇切丁寧に説明したククリと違い、彼女の説明はざっくりしていたし、客観的に自分自身のことを説明したに過ぎない。誰が彼女をモルモットにしたのか。なぜこの独房にいるのか。何一つ説明していない。……単純に言いたくないのか、それとも、それは「ここのこと」に含まれるという判断だろうか? 聞きたくはあるが、聞いても教えてくれそうに無い。ただ、それを抜いても分からないことがあった。
「アビリティカード?」
「……知らない?」
それについては、キチンと説明してくれた。
「一般的なカードがスキルカード。生まれながらの才能や厳しい鍛錬によって生み出されたり、魔術師によって作られる。アビリティカードは魔族が持つカード。肉体そのものを変化させるものが多く、一度使うと元には戻れない」
……随分とハイリスクなカードなんだな。
「ということは……アンタ元人間なんスね」
ククリの言葉を聞いて、彼女は悲しそうな顔になった。
「『元』は酷い。私は今も人間……のつもり」
「そうか。それは……すまん」
元モルモットだって言ってたし、そりゃそうか。勝手に人間辞めさせられて、そう簡単に納得いく訳ないか。
「ところで……ここから出してくれない?」
「ああ、そうスね……」
チャリ。
ポケットの中で鍵束に触る。
多分、ここの檻はさっきの鍵束で開けられるはずだ。
問題は、その後。明らかに彼女は俺より強い。彼女がその気になれば、俺はなす術もなく殺されてしまう。
安全のことを考えれば、彼女のことは放置するのが正しい。
だけど、ここがどこかも分からないし、情報も持っていて、戦力にもなる彼女は貴重だ。味方につけた方がいい。……そう考えることもできる。
彼女を助けるか、助けないか。どっちがいいか。
……まぁ、最初から決めているんだが。
ククリは鍵を順に鍵穴に差し込んでいく。二十本目くらいでガチャリと音がして、ようやく檻が開いた。
「……恩にきます」
小さく頭を下げて、彼女は檻から出た。
「その腕なら鉄格子くらい壊せそうスけどね」
「……あれは特殊合金。私でもキツイ」
彼女が出たことで、ククリはランプを消し、また梯子を登り始めた。その後を、彼女が続く。
「そう言えば……アンタ名前は?」
「人に名を聞くときは、自分から言うべき」
……ごもっとも。
「ククリだ」
「……変な名前」
そう呟いた後、彼女は「ナタ」を名乗った。
「……ふむ」
梯子を登った後、二人は最初の部屋に戻っていた。
「この格好だと外を歩けない」というナタの発言で、最初の部屋にあった箪笥を開けて、二人は服を着替えていた。
幸い、箪笥の中は女性の服ばかりだったが、一部男装するための服があった。
ククリはそれに着替えた。平民らしい、茶色と灰色の服だ。長袖で外に出ると暑いだろうが、今のボロ着に比べればマシだろう。サイズも少し違うが、これくらいなら許容範囲内だ。
「…………」
ナタは一人、ファッションショーを開いていた。
フツーに可愛い服から礼装まで、様々な服に着替える。
ククリは部屋の外で待機だ。着替え終わってから中に入り、感想を言うとまた追い出される。
「目の保養になるんだけど……」
退屈だなぁ……。
結局、ナタもまた無難な茶色と灰色の地味な服を選んだ。ククリの服と違うのは、角と尻尾を隠すために、フードが付いていて、サイズがゆったりしていることくらいだろう。
「はしゃぎすぎました……」
顔を赤らめて、ナタはククリに謝った。
ずっと檻に閉じ込められていたことを思えばこれくらいは普通だろう、とククリは納得し、気にしてないと答える。
「じゃあ……行くか」
ククリの呟きに、ナタが頷く。
二人は梯子を登って上に向かった。
推敲はまだですが、二章は書き終わったので、三日に一度くらいの割合で更新します。……たぶん。




