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一章06

「助かった、礼を言う。俺はグラッチェ。……お前達は?」 

 偉丈夫の男――グラッチェが手を差し出した。ククリは、がしっとその手を掴んだ。人参も、しぶしぶといった感じで手を掴む。

「ククリだ」「参です」

 ククリはようやく、偉丈夫の男の名前を知った。

 周囲には、夥しい血と、五、六人の仮面の集団の死体、大怪鳥の死体があった。

 今はもう、銃声は聞こえない。

 仮面の集団が全滅したとは考えづらい。一度目の虐殺は終わり、一旦引き上げたか。それとも、思っていたよりもずっと森の奥深くまで来ているのか。

 ……どちらにせよ、ここを離れてより安全な所に移動した方がいい。大怪鳥が暴れまわったせいで木々が倒れ壁になる物が無いし、バラバラの死体がグロイ。正直、見ていて気分が悪かった。

「こちらに。ここよりはマシな場所を把握していますから」

 参がそう言って歩き出す。

「助かるッス。ありがとう」

「……悪い。恩に着る」

 


 参が案内したのは、川辺の林にあるささやかな丘だった。

 ベスト……とは言いがたいが、木に登れば頭一つ高い分、遠くまでよく見渡せるのは悪くない。

 水辺に近いのも、飲み水の確保という点では重要なポイントだ。

 何より、木が密集していて周囲から発見されづらいというのがイイ。

 あの虐殺で大勢死んだだろうが……ゲームはまだ始まったばかり。

 暫くここを拠点とするのも、悪い選択ではないはずだ。

「やれやれ……。大金を得るためにと覚悟を決めたはずだったが、想像以上の地獄だな」

 グラッチェがゆっくりと手頃な石に腰を下ろす。そして、手袋を外した。

「うわ……」

 有刺鉄線を殴っていたせいで、グラッチェの両手の甲は血で真っ赤に染まっていた。

「手当てしましょう」

 参がそう言って、包帯と薬瓶を取り出した。

「む。……頼む」

 グラッチェが頭を下げる。そして痛ましそうに傷を見ているククリを見てフッと笑う。 

「傷跡は男の勲章だ。……この程度、たいしたことはないさ。まぁ、流石に怪力のカードは、暫く使えないがな。……イッ」

 参に薬を塗りこまれ、グラッチェが僅かに呻いた。

「人間の――特に、男というものは時折不可解ですね。傷は傷であって、故障以外の何ものでもないはずなのに」

「イタタ。……女には、分からんさ」

「……まぁ、私の身体は女性モデルですし? 開発者……産みの親は女性なので、設計された私の精神は女よりだとは思います」

 グラッチェは、参を不思議なものを見る目で見た。

「ふぅん……? 言っていることはよく分からんが、納得してくれたようだな」

 どうやらグラッチェは参がヒューマノイドということに気付いていないらしい。人より明らかに大きい手も、武装の一種だとでも思っているのだろうか?

「自分のこと、女だと思ってないの?」

 参は首を振った。

「私自身には女としての自覚と教示がありますが、体外的に、それを示すものは持ち合わせていないように思います」

「そうッスかねぇ……普通に女の子だと思うッスけど」

 参が目を瞬かせる。

「それは……ありがとう、ございます……」

 変な反応だな、とククリは思った。




「銃声は完全に止んだな」

 グラッチェが呟く。移動中、遠くで微かに聞こえていた銃声が、今はすっかり止んでいた。

「ああ。それはそれで不気味ッスけど」

 まだ日は昇っていない。暗闇は、人の恐怖を増幅させる。林の向こうから誰か飛び出てこないかと、ククリは不安になった。

「まだ始まったばかりだ。気にしすぎるのは良くない、心が持たないぞ」

「……本当に、三日間もいるつもりですか?」

 参の質問に、グラッチェは頷く。

「当たり前だろ? ゲームの期間中いないと、金が手に入らない……大金を得るために、俺達はこんなイカレたゲームに参加してるんだ。お前もそうなんじゃないのか?」

「いいえ。私は博士からククリの監視と保護を命令されているからここにいるだけです」

「……お前、もしかして有名人なのか?」

 グラッチェが目を瞬かせる。

 だったらよかったのに……。

 全然違う。ただの最底辺だ。

「……俺も三日はここにいる。大金を手に入れるんだ」

 ククリはそう言って誤魔化した。惨めな現状を説明するのは疲れるし。

「手に入らないわ、大金なんて」

「……なんだと」

 参が首を振る。

「この人狩り(ヒューマンハント)はこれまでにもカタチを変えて、何度も行われている。これまでに勝ち残った人間はごく僅か。それも皆、約束は破られ、奴隷にされている」

 参が言った言葉は、二人に大きな衝撃をもたらした。

「……まさか」

「事実。そも、このゲームは元々非合法のもの。参加者は町の掃き溜めのような人間ばかり。約束を守る必要などないわ」


「……」

 参は、俺を帰らそうとしている。キッカ博士は羽振りがよさそうだった。金に困らないのだろう。参にとって、ここの金は必要ない。


 ――参が嘘を言っている可能性もある。……だが、その主張は筋が通る。

「グラッチェさんは、どう思います?」

 この世界、この国、この町に詳しいグラッチェの方が、自分より正しい判断を下せるはずだ。ククリは、そう考えた。

「グラッチェでいい。……正直、目が覚めたような気分だ。腹立たしいことだがな」

「そうッスか……」

 ――つまり、参の発言は正しいということだ。

 人狩り(ヒューマンハント)はただ狩られるだけのゲーム。このゲームに『勝ち』は無い。

 賭博は、必ず胴元が勝つようにできているという。だが、これはその比じゃない。

 総取り。

 ゲームに参加した時点で、全てを奪われることが確定している。……これは、そういうゲームなのだ。

「となると……とっとと脱出するに限るか……」

 思わず、重いため息が口から零れ落ちた。

「それが賢明です。私に付いて来てください。脱出路は確保できますから」

「どうやって?」

「こちら側の有刺鉄線ではなく、最初に集められた場所を挟んで反対側の有刺鉄線を破ります。あちら側は森を抜けて二日も歩けばNo.7の端に辿り着けます」

「破れるの? 俺達じゃ破れなかったけど……」

 あっさりと参は頷いた。

「はい。ヒューマノイドですから」

 それはスゴイな。

「じゃあ、そこまで行くッスか……。そう上手い話は無いってことかぁ」

 ククリがすっかり諦めモードになって了承する一方、

「……俺は行かない。二人で行け」

 グラッチェは断った。まだ諦めていないらしい。

「正気ですか? このゲームに参加していても、何一つメリットが無いんですよ?」

「ゲーム自体は、俺もここで降りる」

「何を、言っているんですか? なら、何のためにここに残るんですか?」

「…………」

 一呼吸置いて、グラッチェは宣言した。

「ゲームマスター……オーリーの金を()()()()

「正気ですか?」

 グラッチェは鬼気迫る顔で頷いた。

「勝算が全く無いわけじゃない。俺には、どうしても今すぐに大金が必要だ。……妹のために」

 妹のため? ……ベタなトコだと、重い病気の治療費とか、そんなところか。兄貴肌な男だと思っていたけど、やっぱ兄貴だったか。

「……しょうがないか」

 パン、とククリは自分の顔を叩いた。

 ここで逃げれば、男がすたる。だいたい、自分だって金は必要だ。この世界で手っ取り早く成り上がるには、強力なカードがいる。そして手っ取り早くカードを手に入れるには、金が必要だ。

「そういうことなら、話は別だ。俺も残ります」

「ちょっと!」

 参が慌てる。ククリはへにゃり、と笑って誤魔化す。


 情報は確かにありがたかった。命を二度も救ってもらった。

 それには感謝している。だけど、だからといって、自分の生き方を縛る必要は無い……筈だ。


 ――俺は自由だ。


 自由であるということ。それは、自分が持つ最も大切な権利だと思う。

 参は面倒な仕事をさっさと終えて、俺をここから逃がしたいに違いない。だけど、言うことを聞く必要は無い。……かもしれない。

 独善的といわれようが、これは俺の人生で、俺の選択だ。そこに介入する余地は無いはずだ。

 何より、参の言うとおり逃げ戻っても手に入るものは何も無い。最底辺を脱出する方法は、あの町には無い。だが、()()にはある。

 これからもこの世界で生きていくため、ククリはグラッチェに協力することにした。

「いいのか? 危険だぞ」

「いいッス。……それに俺もどうかしていたッス。こんなクソゲーに参加して、手ぶらじゃ帰れないスから」

「命の恩人の意見を、多少は尊重して欲しいなー……」

 参はそう呟き、ため息を吐いた。

 ククリはチクリと心が痛んだ。



「――だけど、勝算ってなんスか?」

「ああ、これだ」

 グラッチェがポケットから取り出したのは、異臭を放つ粉末が入った袋だった。

「? これ、何スか?」

「臭いです。とても」

「まぁ見てろ」

 グラッチェがにやりと笑う。

「燃えろ。――来い、ライ」

 袋を地面に置き、マッチを放る。袋が燃え上がり、異臭が煙と共に周囲に立ち込める。


 ……。


 ……。


 ピャアアアアアアア!


 暫くして、鋭い鳴き声が、周囲に響く。

 ククリと参が警戒し立ち上がるのとは対照的に、グラッチェは動かない。

 ――やがて、空から一匹のワイバーンが舞い降りた。

「来たな、ライ」

 心底嬉しそうに、グラッチェが笑った。


 運び屋のワイバーン乗り。神速のグラッチェ。彼は自分のことを、二人にそう説明した。

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