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序章1


 ――――自分は死んで、転生したらしい。


 行ったことも見たことも無い町の路地裏で、少年は目を覚まし、そう自覚した。

 ガンガンと痛む頭を押さえながら、前世の記憶を思い出そうとする。


「……ダメだな」

 頭が鈍く、まだ覚醒しきっていない。思い出そうにも、記憶はみるみる手のひらから零れ落ちていく。

 トランプを一束、宙で手放したかのように、記憶のカードが一枚一枚、どこかに落ちて消えていった。

 前世の性別も、年齢も、思い出せない。

 思い出せることは、ごく僅かだ。 


 誰か親しい人から、旅の土産として異国の通貨を貰ったこと。

 その人の、旅の思い出話に付き合っていたこと。

 こちらに向かって走ってくる、巨大な四角い乗り物……「トラック」に弾き飛ばされたこと。

 ――その場で死んだこと。

 死後、誰かに「異世界転生して?」と尋ねられ、頷いたこと。


 咄嗟に思い出せることは、それくらいだ。

「まいったな……」

 少年はポツリと呟き、立ち上がって服に付いた埃を払う。

 ここには鏡が無い。そのため、少年には自分の外見がよく分からなかった。

 ただ、よく言えばシンプル。悪く言えばありきたりな服装で、身体は少し細身の、十代後半くらいの少年といったところであり、触った限り、そこそこ目鼻の整った、少なくとも悪くはない、無難な顔つきのようだった。

 何とはなしにポケットを探ると、カードが二枚入っていることに気付く。どうやら、持ち物はこれだけらしい。


「エネルギー弾・タイプX」

「女神の微笑み」


 カードには、見たことも無い言葉でそう記されていた。

「……何だこれ?」

 最初は元通りポケットに仕舞おうと思ったが、少年は気まぐれで、一枚づつ別々のポケットに入れた。

 殆どのポケットが空で、なんだかちょっと寂しかったからだ。


「さて……と」

 いつまでもここに突っ立っているワケにはいかない。

 少年は周囲を見渡した。

 

 時間は夜。

 場所は、ゴミが散らかった袋小路の路地裏。

 かなり汚く、壁は薄汚れ、落書きや、何かが爆発したかのような焦げ跡があり、血が付着している。

 地面には痩せこけた、置物のように身じろぎ一つしない老人が一人と、猫の死体が一つ。

 老人も死体も、確かにこの世界に存在するのに、誰も気付かず、気にも留められず。一度でも、確かにこの世界に存在しているんだということを他者に知覚されたのか? ……そんな疑問が頭を過ぎる姿をしていた。

 少年は背筋が凍り、数秒間老人を見つめていたが、それにも、老人は反応を示さなかった。

「…………」

 少年は視線を逸らし、前を向いた。――自分に、死んだ猫にしてやれることも、老人を助ける術も無いのだと言い聞かせながら。

 

 前を向くと、路地裏を進んだ先――それなりに遠くで、街灯の明かりが見えた。

 その一方で、裏路地に面して建っている建物の裏口が一つ、開けっ放しになっているのも見える。


 ――俺がこの場所に転生したことに、もし意味があるのなら、路地裏を進むより、開けっ放しの扉をくぐった方がいいんじゃないか?

 少年はそう考え、開けっ放しの扉をくぐった。





 

「―――きゃああ!」


「……うっはぁ」

 思わずそんな言葉が漏れ、少年の口元が緩む。

 そこは、桃源郷だった。

 下着姿や、裸の女性が十人前後、ズラリと並んでいる。

 何人かはきちんと服を着ていたが、ビキニに近い、異様に露出度の高い服装で、ここがどういう店の更衣室なのかを物語っていた。

 少年の視線が裸に釘付けになっている間に、近くにいた女性が手を張り上げる。


「変態!!」


 バチン、といい音がして、少年は力強くビンタされ外へ弾き出された。

 地面を転がり頬を押さえる少年を追って、全裸の女性が外に出てくる。

 げし、げし、げしと、何度も何度も少年は蹴られた。

 室内からは、化粧瓶や靴が次々と少年めがけて投げられる。

「変態!」

「色気づくな、ガキ!」

「金払え!」

 聞いたことのない言葉だったが、何故か少年にも意味は分かった。 

 少年がしばらくボコボコにされた後、ようやく溜飲が下がったのか、全裸の女性は蹴るのを止めた。

「これに懲りたら、もうすんなよ」

 そう言い捨て、建物に戻っていった。

「変態」

「社会のゴミ」

「生きてて楽しい?」

「……親が泣いてるわよ」

 着替え終わった女性陣が、罵声を浴びせながら、投げた物を回収して去っていく。

 そして最後に、少年を蹴っていた女性が建物を出て、フン、と鼻を鳴らして去っていった。




「う……、酷い目に、あったな……。しかし、凄かったなー……」

 よろよろと立ち上がった少年に、背後から声がかかる。

「小僧」

 少年が振り向くと、先程まで身じろぎ一つしていなかった老人が、こちらを見ながらグッ、と親指を上に突き出し、……とてもいい笑顔で、キラキラとした、少年のような目でこちらを見ていた。

「グッジョブだ、小僧」

「…………どうもッス」


 ―――少年は馬鹿馬鹿しい気持ちになって、虚ろな目でその場に崩れ落ちた。

読んでいただき感謝です。感想(批評でも何でもかまいません)をいただけると、とってもうれしいです。

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