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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

男として -義を守りし者達-

作者: 燐紅

 西日が鳴りを潜め、宵闇の裾野が人目から何もかもを隠さんとし始めた、閑散とした河川敷の一角。あてもなくゆっくりと歩みを進めている二つの人影は、遠目からは誰もが少年と青年だと認識しただろう。


 だが少年の方は、格好こそ男装であるものの、風貌は誰が見ても女だった。


 少女が歩く少し後ろを、青年はぴったりと付いて歩く。


 ぎこちなささえ窺える、一定のほんのわずかな距離を、離すことも詰めることもなく、守りながら。



「――若。あまり遠くへ行かれますと、また親父にお叱りを…」



 平坦な声に咎められ、朔弥さくやは振り向きもせずに足を止める。一定の距離を保って後ろを付いてきた男は、気配と足音を消すことが、もはや癖になっている。それでも、立ち止まった朔弥とほぼ同時に足を止めたのがわかった。



「……お前まで俺に説教する気か。口うるせえ親父と一緒で」


「滅相もありません」


「ただの散歩だろ。うちのシマから外には出ねえし、護衛も連れてる。何の問題もねえよ」


「ですが夜ももう遅いですし、遮蔽物のない河川敷で危険も少ないとはいえ、お風邪でも召されたら…」



 懇々と説き伏せる護衛の男――小田島おだしまの生真面目ぶりと、あまりにも過保護にされている自身の愚かさに、朔弥は静かに息を漏らす。



「嫁入り前の分際で、迂闊な行動を取るな、ってか」



 自嘲した声で問いかけられ、小田島はぎりっと唇をきつく噛み締めて閉口する。


 親子の契りを交わし、自身も『親父』と呼び慕っている、朔弥の実父が告げた言葉。朔弥と共にそれを聞かされ、組と朔弥の今後のことを聞かされた時の小田島は、切に湧く衝動を堪えて平静を保つのに必死だった。


 組の存続のための、結婚。従来であれば頭同士で盃を交わし、兄弟関係を結ぶのが極道の道理である。ところが厄介なことに、相手はこちらから持ちかけた盃交渉を拒み、跡取りである朔弥との婚姻を代わりに要求してきたのだ。


 条件を呑むしかないほど弱体しきった、自身の組に対する惨めな思いと、望まぬ結婚を強いられた朔弥に対する哀れみの思いで、小田島は今日まで張り裂けんばかりに胸を痛めてきた。


 長い年月を掛けて仕えてきた朔弥に、浅からぬ想いを抱くようになったことも、これまで通り固く胸の内に秘めたままで。



「……これまでの俺の人生、親父が何もかもめちゃくちゃにしやがった。念願叶って産まれた俺が女だったからって、跡取りにするために男に育てるとか、いつの時代の発想だよ」


「……それを不満に思っていると口にしたことなど、親父に対しても俺に対しても、ありましたか?」


「ねえよ。いくら反発したところで、所詮俺は親父の人形だ。どんなに抗おうと無意味だし、親に逆らうなんて出来ねえ。それは親父と盃交わした、お前も同じだろ?小田島」


「若…」


「極道の血は争えねえ。血筋ばっかりはどうにもならなくてもよ、こんなことになるならせめて、素直に女として育ててくれりゃよかったのにな」



 乾いた笑い声を上げる朔弥は、依然として向こうを向いたままで、小田島を振り向こうとしない。


 だだっ広い河川敷の一角からは、遠くで行き交う車の音がほんのかすかに聞こえてくるだけで、わずかに距離を開けた二人の間には重く長い静寂が流れる。


 たった一歩足を踏み出して手を伸ばせば、容易に触れられる朔弥の儚い背中を見つめながら、小田島は重い口を開いた。



「……だったら何故、親父の言いつけを破って、こんな所まで来たのですか」



 低めの声で告げた小田島の問いかけに、朔弥は何も返してこなかった。再び沈黙が訪れ、主が意志を返してくるのを忠実に待ちながら、小田島は朔弥の後ろ姿を一心に見据える。


 誰がどう見ても、朔弥の風貌は女だ。男として扱えと命じられ、彼女が幼い頃までは本当に男だと信じ切っていた者さえいたが、もはや組員達は全員、朔弥が女であることを知っている。それを決して口にしてはいけないと、組内では暗黙の了解になっているのだ。


 やがて朔弥の、うなじを覗かせた短い髪がかすかに揺らぎ、軽く俯いたのが小田島から見て取れた。



「……結婚までもう、何日もねえんだ。だからよ……わがままかも、しれねえけどよ…」



 尻すぼんでいった朔弥の言葉に気を取られかけたが、その肩がわずかに震えていることに気付き、小田島ははっとなる。


 朔弥を守らねばという使命感が、無意識にその足を一歩前へ踏み出させた、その時だった。



「なっ…!?」



 物理的に、精神的に、突如として自身の胸を圧迫されて、小田島は息を詰まらせる。


 記憶は繰り返し、ばっとこちらを振り向いた瞬間の、悲愴に満ちた朔弥の顔を思い出させた。そんな表情を湛えていた彼女が、どうして縋るように自身に抱きついてきたのかを問いかけたいのに、震える小田島の唇は言葉を紡げない。



「…………ずっと好きだった、って言うことくらい……許してくれたって……いいんじゃねえかなあ…」



 護衛の務めを果たすため、鍛えられた小田島の逞しい胸に顔をきつく押し当て、想いを絞り出した朔弥の声は、切なく震えた。


 その言葉であらゆる葛藤に苛まれた小田島は、昂ぶる感情のままにその想いに応えようとして、すんでのところで強く理性を働きかける。


 ――小田島も同じく、彼女に好意を抱いてきたこと。



(俺がそれを言うことだけは……許されねえんだよ……!)



 この場限りのささやかな望みが許されるのは、悲しい運命を背負わされた、朔弥だけだ。


 愚かしい感情ごと噛み殺そうと歯を食いしばった小田島は、朔弥の望みを叶えるためだと胸中で言い訳をして、その小さな肩を目一杯にかき抱く。


 抱き締め返してきたのは、おそらくそんなことを考えて自身のわがままに応えてくれた、主に従順な彼の使命感からなのか。あるいは彼自身の意思によって、明かしてきた想いに応えたいと思ってくれたからなのか。小田島の真意を確かめることなどとうに諦めていた朔弥は、常につかず離れずの距離で守ってくれていた彼を、全身で感じていられる幸福に満たされながら、そっと目を閉じた。


 ――つかの間の幸せが永遠に続かないことくらい、互いの温もりを大事に大事に確かめ合う二人は、最初からわかりきっていた。



「――ぐっ…!」



 不意に苦悶の声を上げてびくりと身を震わせた小田島に驚き、反射的に朔弥は顔を上げた。


 苦痛に顔を歪める小田島の左肩から滲み出す、鮮血。側面から撃たれたと冷静に察した朔弥は、即座にその方向を振り向いてこちらに銃口を構える人物を捉える。



「――人目を忍んで駆け落ちとは、いじらしいことするじゃねえか、弱小一家の跡取り娘」


「貴様…!」



 減音器サイレンサーを着けた銃口をこちらに向け、不敵に笑う眼鏡の男。二人がいる河川敷と歩道を繋ぐ、ゆるやかな傾斜の中腹あたりに立つその細身の男の姿を、朔弥は憎悪を込めて睨み据える。



「婚約者を貴様呼ばわりとは、いい教育を受けたものだな」


「黙れ!何のつもりでこんなふざけた真似を!」


「自分の女に手を出す輩に報復したんだ。当然の道理だろうが」



 冷酷に語る婚約者の成澤なるさわに対する怒りが頂点に達し、朔弥は銃口を向けられているのも構わず、一直線に彼に駆け寄ろうとした。


 だが身を乗り出しかけたところで、肩口を手で押さえたままの小田島に全身で遮られ、それを阻まれる。



「はっ……飼い主とじゃれ合うのに夢中で、俺に気付かなかった犬風情が。忠誠心だけは立派なもんだな」


「……どうか……どうかこの場は、お引き取り願います」


「寝ぼけたこと抜かすな。飼い主に妙な気を起こした落とし前もつけねえで、このままやり過ごせると思ってんのか」



 次第に笑みを消して苛立ちを滲ませ始めた成澤に言い返そうとして、傷の痛みにそれを阻まれる。


 感覚のなくなった左腕をだらりと下ろしたまま、乱れた息を懸命に抑えつけて、小田島は右手を懐に挿し入れた。



「……何の真似だ」



 低く鋭い声を発して、成澤は自身に向けられた銃口の先に問いかける。



「俺に銃を向けることが何を意味するか、まるでわかってねえらしいな」


「……俺はただ、若に危害を加えかねない輩から、命を賭して若をお守りしたいだけです」


「てめえは戦争の引き金引いてんだよ。大事な姫を一途に守ろうとしたてめえ一人の行動が、かつてそれなりに名を揚げた組の将来を、一瞬で終わらせようとしてんだ」


「それでも……それでも、俺は……!」



 迷いを振り切るようにして、きっ、と切れ長の小田島の目が成澤を睨み据える。


 組がどうなろうと構わない。己の命がどうなろうと構わない。たった一人、守り抜くと心に決めた大切な存在を、守りたい。


 他の男との結婚が決まり、決して自分のものにすることなど出来ないというのに。それでも敵と見なした相手の心臓に狙いを定める小田島に対し、おかしさがこみ上げてきた成澤は、耳障りな声を上げて高笑いした。



「面白え、気に入った。てめえのその覚悟に免じて、急所は外してやろう。女の身辺警護の任を解いて、てめえは俺の下で一生忠誠を誓うんだ。俺に銃を向けたことを後悔しながらな」



 高慢な成澤の醜く歪んだ笑みを、小田島は眉間により一層力を込めて睨む。


 銃を構えて対峙する二人は、ほぼ同時に引き金に力を込めた。


 銃声は一つ。小田島の銃から弾丸を放った轟音が、傍らで穏やかに流れる夜の川辺に甲高い余韻を残す。



「ぐ……うっ……!」



 力の入らなくなった右手から、減音器を着けた銃が地面にごとりと落ちる。手負いの状態で急所を正確に狙えるはずがないと高を括って、余裕ぶって構えていた体躯を撃ち抜かれた成澤は、赤黒く染まってゆく左胸を押さえて低く呻いた。



「……馬鹿なっ……ことを……!」



 硝煙が昇る銃口ではなく、それを構えたまま呆然とこちらを見ている男の顔でもなく、成澤はそれらよりもっと低い位置にあるものを見据えて声を絞り、前のめりに崩れ伏した。


 その光景を前に立ち尽くしていた小田島の胸に、とん、と何かが寄り掛かる。



「若あっ!!」



 即座に銃を放り捨て、小田島は全身を預けてきた朔弥の身を両腕でしっかりと支えた。



「どうして俺なんか!今すぐ医者に…!」


「馬鹿……どこ撃たれたと思ってんだ。助かりゃ、しねえよ…」



 かすれ気味な声で気丈に笑ってみせた朔弥は、銃弾を胸に受けていた。明らかに助かる見込みがない箇所だとわかりきっていた小田島は、断腸の思いでその場に朔弥を下ろし、膝をついた自身にその身を寄り掛からせる。


 小田島の背に庇われていた朔弥が、彼を成澤の銃弾から庇おうと二人の間に割り入った。守られるべき彼女がどうしてそんな行動を取ったのか、何故それを止められなかったのか、膨大な後悔に苛まれる小田島の顔が悲痛に歪む。



「ははっ……俺がお前より、先にくたばるとはな…」


「……死ぬ時は、若をお守りして死ぬと、決めていました。なのにっ……どうして……!」


「お前を死なせたくないってことしか、頭になかったんだよ。どれほど心から『男』でいようとしたって、結局俺は『女』だったんだ。馬鹿馬鹿しくて、笑えてこねーか……小田島……?」



 軽薄に尋ねてくる朔弥の微笑みは、あまりにも愛おしすぎて、あまりにも残酷だった。


 彼女に看取られることは許されていたとしても、決して彼女を看取ることなどあってはならない。長らくの間そう固く誓ってきた小田島は、自身の腕の中で静かに弱っていく彼女を見下ろして、堪えきれずに涙を溢れさせる。



「泣くんじゃねえ……お前は、男だろうが…」



 苦々しく笑いながら、おぼつかない動作で朔弥は左手をもたげ、涙で濡れきった小田島の頬にそっと触れる。



「これまでの人生で……今が一番、幸せな気がするんだ。こうして、お前の腕の中で……死ねるんだ…………って……」


「……絶対に……絶対に、死なせたりなどしません。若のお命は、俺の命に代えてでも、必ずっ……守り抜いて……!」


「……おだ……し…………ま……」


「死な……な…………っ……死ぬんじゃねえっ!!」



 魂が導いた想いが、小田島の喉を限界まで締め付けて、叫びになる。


 だが、朔弥の手は小田島の頬から離れて、ぽとりと地面に落ちた。



「…………わ……か……?」



 誰にも届かない声が自然と漏れ出し、小田島はまだ温もりを残した彼女を、呆然と見下ろす。


 穏やかに笑んだまま瞑られた目蓋に、頬に、はたはたと、涙が落ちた。わずかでもそれに反応が返ってくることはなく、小田島の腕に身を委ねた彼女は、安らかな眠りから目覚めてはくれなかった。


 朔弥の死に顔は、誰が見ても幸せそうな顔をしていた。



「……うあああああああ!!!」



 血に染まった彼女をありったけの力で抱き締め、小田島は泣き叫んだ。


 朔弥を守れなかった。己の弱さが朔弥を死なせた。そして自身の中で秘めたままの想いを伝えられないまま、何もかも終わらせてしまった。


 かき抱いた温もりが徐々に失われていき、無情なほどに冷たくなっていってしまうまで、小田島は朔弥を決して離さなかった。







            *   *   *




「親父っ……だから、お一人で行かれるなと……あれほどっ……!」



 女々しく泣きむせぶ舎弟の声を背に、壮年の男は煙草の煙を細く吐きながら、無機質な目を足元に転がる亡骸に落とした。



「……いつまでそうしている気だ。さっさと親父の銃を回収しろ」



 冷淡に命じられた青年は、その言葉を無念に満ちた胸中で繰り返し、少し離れたところにあった減音器の着いた拳銃を拾い上げて、壮年の男に歩み寄る。



「これで……親父の無念を……!」


「仇討ちなんて考えるなよ。下手に動けば、余計な損失が増えるだけだ」



 成澤の遺品といえる銃で、成澤を殺した男の組に復讐する。今時の若衆にしては珍しく、義に厚く血の気の多い青年の人柄を掌握していた壮年の男は、落ち着き払った声で諭した。


 納得のいかない青年は、親の死を少しも悲しもうとしない兄貴分の男に怒りすらこみ上げ、思わず声を張り上げる。



「親のタマ取られて、黙っていられるわけないでしょう!」


「この場はサツに任せる。親父に疑いが掛からないよう、証拠を残すなって言ってんだよ」


「だからって…!」


「復讐の必要はない。この一件でウチとの繋がりを絶ったこいつらの組は、もう看板下ろすしかねえんだ。仇討ちだ何だと不要にけしかけて、散り際に意地でも見せようとやつらの跳ねっ返り食らったらどうする。親父を慕っていた、親父が信頼を置いていた、組員を失いかねないんだぞ」



 懇々と言い聞かせる男の冷静な口ぶりに、少しずつ落ち着きを取り戻してきた青年は閉口し、手にした銃を握りしめて下を向いた。


 やり場のない怒りを懸命に抑えつけながら、青年は弾倉を開いて残弾を確かめる。



「……二発撃ってます。たぶんその二人に、一発ずつかと」


「おそらく貫通していないだろう。弾丸の出所を嗅ぎ回られたりしねえよう、俺がサツに根回ししておく。この一件は全部、この男が仕組んだことにでもして、親父はそれに巻き込まれちまった。それでいい」


「……親父譲りっすね。兄貴のその非情っぷりは」



 どこか呆れたようにも聞こえる青年の感嘆の言葉に、男は吐き出そうとした煙を一旦留め、皮肉めいた笑いと共に吐き出しながら返す。



「非情なもんかよ。親父はむしろ、この男に罪を着せようとする俺を笑うさ。情けを掛ける相手、履き違えてんじゃねえ、ってよ」



 自嘲を浮かべて再び足元に視線を落とす男の言葉を図りかねて、青年は不思議そうに口を開いた。



「何……言ってるんすか。兄貴はただ、そいつに罪をおっ被せようとしてるだけで、情けなんて…」



 ありのままを口にしてしまうのは、この顛末においてはあまりにも野暮だ。遠回しな物言いで真意を察してくれるものと男は期待していたが、自分より遥かに若いこの弟分にはそれが伝わらなかったらしい。


 骸と化した足元のそれに、なおもその耳に入らないようにと軽く声を潜めて、壮年の男は口元へ煙草を持って行きながら呟く。



「……守ってやれなかったことを、なかったことにしてやるようなもんだ。立派な情けだよ」



 側頭部に穴が開いた男の右手のすぐ傍に、一丁の拳銃が転がっている。おそらくそれが成澤の命を奪ったもので、そして自らの命を絶つために使われた、その男のものだろう。


 即死だったはずだ。撃ち抜いた反動で左に倒れ、引き金を引いた右腕など意思を込めて動かせるはずもなく、投げ出されるようにして外側に向いているのが自然だ。


 だが、男は左腕一本で抱えていたそれにしっかりと右腕を回して、自身の体躯より遥かに華奢な亡骸を両腕で抱き締めたまま、絶命していた。


 願わくば、このまま誰の目にも晒されることなく、誰に邪魔されることなく、黙って二人きり静かに眠らせてやりたい。壮年の男は、そんな生易しいことを思う自分に嫌気が差して、わずかでも二人を隠してはくれない無情な風に乗せるように、煙草の煙と溜め息を深く吐き出した。




- FIN -

 不遇で、報われない、救いようのない結末。切なく虚しくなるだけの読了感を残すバッドエンドな物語に対して、どちらかというと私は肯定的であり、むしろ好ましいです。いかに複雑な後味を感じさせる結末に出来るか。それを追求して書き始めた作品でしたが、その点においては少し生易しい終わり方にしてしまったと煮えきらなさを感じております。

 三人の遺体を見つけた、成澤の子分二人のやりとり。彼らを登場させずに淡々と顛末を綴っていれば、おそらく作品の印象はかなり変わったと思います。事件は小田島一人による犯行だった、と真実をすり替えられた結果だけを見せてただただ腑に落ちない結末にするべきか、それとも工作を企んだ他者の意図を明かすべきか。この点においてはかなり悩みました。

 そう悩んでしまう自分は、お人好しと言うべきか、鬼になりきれない甘い人間なのです。登場人物に同情を寄せ、少しでも報われたらと思ってしまう親心を捨てない限り、自分が描ける物語の幅を広げることは出来ない。そのことを大いに痛感させられた一作でした。

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[良い点] 好きです。私が明治から昭和にかけての作品が好きだからか、少し古いような知己溢れる表現を楽しんで読ませていただきました。いくらかの現代のお約束(跡取りが女性だったり)を交えつつ、極道の世界…
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