ある村での出来事
歩く度に小石が跳ねる。更地の道など、望むべくもない山間の上り道をゆく。石のかけらが跳ねても痛みを感ずることはできない。草履のかかとから踏みしめても、俺の足に小石1つ突き刺さらない。革底など俺の手持ちでは買うことはできない。右腕を残して絡繰義肢となった俺の三肢は斧折樺でできており、木材の軽さと、斧をも折る硬さを両立している。鉄の糸で絡繰られるこの左腕と両足は人の力を優に越え、刀を振るえば柄の根本のはばきで折れてしまう。俺の三肢に足りないものは血の温もりくらいだ。
異形の身体。誰もがそう呼ぶ俺の身体。誰も好きでこうなったわけではない。俺の村には、悪習も悪、臭い立つ程の習慣が有った。護りべ様。奴らはそう呼んでいた。早い話が村の守らせるための人身御供だ。
20年に一度、その年に生まれた赤子の中から、一人を選ぶ。選ばれた子は三肢を断たれ、絡繰義肢を付けられる。そして、先代の護りべ様の子とされる。本当の親もわからず、村の外では異形と軽蔑され、戦いの修錬の日々を運命づけられる。早い話が、肉親を守る意思を植え付けられ、村からも出られず、良いように使わされ続けるんだ。
護りべ様の家には、村の者からの貢物が毎日のように届く。朝昼番の飯でさえ、村の者が捧げに来る。その日は坂の上に住む、みっちゃんが甘く炊かれた栗ご飯とボタンの味噌汁を届けてくれた。もはや毎日の行為すぎて、俺には感謝の気持ちなどない。向こうも同じだろう。俺はこの村を守るためだけに異形にされたのだから。
先代である父はあまり話をしない。もうそれにもなれてしまって、キュイキュイと糸を繰る絡繰義肢の音だけの食卓を囲む。父は俺の方など見ることもせず、黙々と飯を食べている。俺に向けられるのの数倍の畏怖を父は背負っている。妖獣が出れば、大まさかり一本でたちまち真っ二つにする父を、村の勇者と表では言いながら、裏では恐れ押さえつけようとする村特有の嫌な匂いがあった。
その日はそんないつものように、十六にもなった俺をボロボロになるまで父は痛めつけて、何の感傷もなく飯を食っていた。だが、村の反対側で、ガラガラと何かが崩れるような音がした。
父の目が変わる。何か異変が起きたのだ。父はすわと妖獣の血をたっぷりと吸った身の丈ほどもある大まさかり、鬼滅、を両手でつかむ。後ろから俺も片手まさかり、妖絶、を唯一生身の右手に持って追いかける。
肩一つ揺らすことなく、正中線を保ったまま、森を駆け抜ける。向こうでは火が上がっているのが見えた。火事ではない。何か禍々しいものが動いていた。村の中心に映える一本杉程の大きさを持つ巨大で真っ黒な絡繰が人を食らっていた。林檎でも詰むように村人の首をもいで血をすすっていたのだ。
「藤護!」
俺の名だ。父がこんな時に叫ぶのは珍しい。思わず両足の絡繰糸をピンと張りつめらせ飛びかかる体制を取った。
「お前は引け!こいつは俺が食い止める。村人を守れ!」
糸が緩むような言葉と共に、父は鬼滅についている布を引き抜いた。これを見るのは龍事変以来だ。鬼滅の刃の根本には壷がついている。あそこには特殊な虫が住んでいる。それが何かは分からないが、その虫は鬼滅の持ち主に力を与える。鬼を滅ぼすための鬼にするのだ。
横一閃。父が巨大な球が二つ連なって出来た巨大絡繰の胴体を真一文字に真っ二つにした。これで終わりかあっけない。
「二郎、こんなところにも護りべがいやがったよ」
「そうだね一郎。いやがった。しかも、血小虫までもってやがる」
「「こいつあ僥倖だぜ」」
巨大絡繰から似た声が2つする。いや、腕だけの上部と、足だけの下部から声を出しているんだ。声からすれば上が一郎で、下が二郎か。
「貴様ら帝都のものだな」
父が尋ねる。決小虫とあいつらが呼んだのはあの鬼滅に入っていた虫が盛り上がり、父の筋肉を盛り上がらせる。
「それ以外ないでしょう。ねぇ二郎」
「そうだぜ。まさか耄碌しちまってるのか」
挑発的な声が二つから響く。切られたと思った巨大絡繰は、実は中央が組まれた機構をしていて、自分から外したようだ。そして今、またも組み直されている。
「次は当てるがいかがする!?」
「おっさん自信満々だな。二郎見せてやろうぜ」
「ああ、見せてやろう。最新式の巨大絡繰二人羽織の力ってやつをさ」
父が鬼滅を振りかぶる。血小虫が引いていく。真っ赤に盛り上がった肌はまさに鬼の異形をしていた。
「一閃つかまつる!」
叫ぶとやいなや、張り詰めていた父の両足の絡繰糸が弾けた。巨大絡繰を飛び越すほどの跳躍で新月の夜に飛び上がった。巨大絡繰は迎え撃とうと巨大な両腕で蚊でも潰すように、両の手で叩いた。しかし、それは父の予測の範囲内だった。指の先に捕まり、更に高く跳ねた。大きい分巨大絡繰の反応は鈍い。縦一文字。父の振り上げられた鬼滅が振り下ろされた。
「二郎!」
「あいよ、一郎」
あの巨大絡繰はその一撃を下部の動きだけで、避けてみせた。
この時になって、俺は初めて父が負ける予感が襲ってきた。焦りにも似た感覚。常勝だった父がここで殺されるなど信じられない。だけど、相手は異形中の異形だ。異例が発生してもおかしくない。
俺も闘いに参加すれば。そうも思ったが、体が動かない。村人を避難させろと言われたことすら忘れて不安と俺は戦っていた。
巨大絡繰はまるで踊りでも踊るかのように、下部を掴んで上部の腕で薙ぎ払ったかと思うと、下部が飛び上がり、下に転がった上部が狙いを定めて、下部ごと腕を振り下ろして、大地を轟かせる。
父はギリギリのところで一撃を喰らわずに渡り合っているが、それが余裕ではなく、本当に限界であるのは修行を受けてきた自分が一番良くわかっていた。
「籐護!いかぬか!」
父の声で気を取り戻し、俺の身体はようやく動き出した。今は村人を避難させなければ。俺が先陣を切って守らねばならないんだ。
俺は父から教わった走り方で、木々を跳び、最速で、村の避難場所であるお堂に向かった。だが、底に待っていたのは村人でもなく、みっちゃんでもなく、死体を集める俺達、護りべと同じ絡繰義肢の者たちだった。
「貴様ら!何をしている!」
「何って。血を集めてるんだよ。まさかこんなところがあるなんてなぁ。これで今日はごちそうが食べられそうだ」
「お前たちが殺したのか」
「そうだよ。あ、お前もしかして、ここの護りべ様ってやつ?遅いよ。もう終わったじゃないか」
そう言って、その男が蹴り飛ばしたのはみっちゃんの首だった。
「お前!」
俺は怒りに負けせて妖断で切りかかった。だが、男はなんでもないように、絡繰義肢の右手で俺の刃を摘んで受け止めた。
「おお、怖い怖い。気は済んだかな?それじゃ君からも血を貰おうかな」
奴の大きな手が俺の頭を掴み上へと持ち上げる。抵抗しても無駄だと言わんばかりの力で、締め付ける。頭が割れる。
「それじゃあね」
男の左手の絡繰義肢が俺の旨を一突きで貫いた。
血が溢れ出る。血は腕を伝って、握りしめていた妖断から、地面にポタリポタリと落ちた。俺はここでもう死ぬのだと悟った
しかし、その時、妖断から赤い虫が湧き出してきた。血小虫だ。俺の身体に針を突き刺しながら、血小虫が覆っていく。
「なっ、厄介なものを」
男は左手を抜き去ったが、血小虫にやられたのか、左手の絡繰義肢は脆く、崩れ去ろうとしていた。俺の胸にポッカリと空いた穴から、血が吹き出す、しかし、血小虫がそれを全て吸収して、元に戻す。俺の胸に空いていた穴も虫が詰まって元に戻っていく。いや、元以上に強くなっていく。
「ああああああああああああああああ!!!!」
俺は声にもならない叫びを上げて、男の右手を妖断で断ち切った。身体は虫に蝕まれて痛むが、それ以上に力が湧いてくる。それに、この感情は何だ。俺は強い。そう、俺の頭の中で言葉が反響する。全てを破壊しろ。
後ずさっていくあの男を、一歩、一歩と追い詰めていく。足の絡繰糸は限界まで張り詰めている。そして、それが弾けた。
俺は台風のように、そこにいた全てのものを破壊した、同じ絡繰義肢を持つ人間たち、血を抜かれた村人たちの死体、それらすべてがあるお堂。全てを粉々に粉砕しきった。
全てを壊しきってもまだ、俺の怒りは収まらなかった。それが、殺した奴らへの怒りなのか、守れなかった俺への怒りなのか、どちらなのかもはやどうでも良かった。
父のもとに戻ろう。あの巨大絡繰は破壊されているかもしれない。だが、父なら俺を止めてくれるはずだ。
邪魔な木々をなぎ倒し、俺はまっすぐに父の元へ戻った。途中にみっちゃんの家も有ったが、薙ぎ払ってやった。俺の進路に建てるほうが悪いのだ。ムカつく。全てがムカつく。巨大絡繰の一郎と二郎、村人を殺した絡繰義肢の集団、俺を護りべ様と呼ぶ村人、俺を修行と称してボロボロにする父、村人を守れなかった俺自身。全てがムカついて、粉々にしたかった。今ならできそうだった。
巨大絡繰と父は闘い続けていた。巨大絡繰の右手は切り落とされていたが、父の左足はもぎ取られ、左手と右足で身体を動かしていた。威厳の有った、畏怖を集める父の姿はそこにはなく、妖獣のように荒々しい姿だけが有った。
「よくやるね、そうは思わないか二郎」
「そうだね、よくやってるよ一郎」
「「でもこれで終わりだ」」
下部が上部を跳ね上げて、父の頭上を飛び越えさせる。挟み撃ちだ。二つの巨大絡繰は球のような胴体を震わせて、左手と両足で、連撃を加えようとしていた。
「うららがあああああああああああ!!!」
もはや人語は話せなくなった。俺は巨大絡繰の上部の球に妖断を打ち付ける。一発では切れ込みしか入らない。二発、三発と俺の怒りのままに打ち付けた。妖断の柄も軋み始めたが、俺には関係ない。例え折れたとしても、俺はこいつを壊す。
「二郎、厄介なのが来たよ」
「一郎、そっちだけで大丈夫だろう?」
上部巨大絡繰は左手で自身を持ち上げると、人間の関節では不可能な曲がり方で、俺ごと胴体の球を地面に叩きつけた。俺にはこれが決定的だった。痛み続ける身体が、急に動かなくなってしまった。
「こいつが来たってことは、あいつらは全滅かな、二郎」
「そうだろうね、一郎。だけど、僕たちが残れば十分だろう」
一瞬の気の緩み、それを逃す父ではなかった。左手の絡繰義肢で低く下部巨大絡繰に飛びかかった。それは一瞬のことだった鬼滅が天高く振り上げられるやいなや、地面が割れ、下部巨大絡繰の胴体球は真っ二つに割れた。中から、両足のない男が縦に割れた死体が出てきた。
「二郎!」
「ようやく慌てなすったな」
いつの間にか背後に回った父は上部巨大絡繰を上から断ち切った。下部巨大絡繰から出てきた男とそっくりの斜めに断ち切られた両腕のない男の死体がずるりと出てきた。
この日、俺達の村は消え去った。生き残ったのは俺と父だけだった。護りべ様と呼ばれながらも、なにも守れなかった。惨めだった。
「籐護。お前に修行を与える」
父はボロボロになった身体を引きずりながら、俺に語りかけた。それは俺が今まで聞いたことのないほど優しい声だった。
「強くなり帝都へと行け。この村を襲ったのは帝都の奴らだ。お前は真実を見てこい」
帝都?この村では聞いたことがなかった。それになんで、オレ一人でいかねばならないんだ。父さんだって行けばいいだろうに。いや、父さんこそ行くべきだ。
「鬼滅もお前が持っていけ。俺は血を使いすぎた。後はお前に託す。すまない」
父は右手を俺の胸に当てる。全身を覆っていた血小虫が、俺に移ってきた。不思議と俺の身体に力が湧いてきた。父さん。何ここでくたばるみたいなことを言っているんだ。
「籐護。今まで済まなかった。これからも、過酷な運命を押し付けてしまった。俺は地獄からお前の行き先を見ているよ」
待って、そう俺が言いかけたとき、父さんの体は朽ち果てて、サラサラと散っていった。父さんの絡繰義肢だけがそこに残った。
それから、俺は泣けるだけ泣いて、叫べるだけ叫んで、立ち上がった。帝都。それが俺の敵の名。帝都破壊すべし。俺は怨嗟を杖に立ち上がった。家に戻り、絡繰義肢の調整をし、昨日の栗ご飯を握り飯にこしらえて。鬼滅と妖断を背負い、奥に有った少しの路銀を懐に入れ、旅に出た。目的地は帝都。それがどこにあるのかは分からない。それを知るために山を歩き、村を訪ね、街に出た。
帝都と言う言葉はまるで極楽を語るように街では扱われていた。最新の技術、最強の兵、争いのない帝政。挙げ連ねればキリがない。本当にあの日来たのは帝都のものだったのだろうか。だとしたら、なぜあの村で血を集めていたのだろうか。あの巨大絡繰も何だったのかさっぱりわからない。俺にはまだわかっていない事だらけだ。だが、この進む先には血まみれた運命しかないことはわかっていた。