第1話:目覚めと衝撃
「ん、う・・・・・?」
辺りが薄暗い中、稿哉は肌寒さに目を覚ました。
うっすら目を開けた彼は、ややだるそうに体を起こすと、
「こ・・・・ここは?」
寝言でも言うかのように、そう呟いた。そして寝ぼけ眼を擦りつつ、辺りをゆっくりと見回してみる。そこは、大きなレンガ造りの建物に挟まれた、小さな裏路地だった。
(何故、自分はこんなところに・・・・・?)
そう考えながら、稿哉は路地を観察する。
路地は薄暗く、明りといえば月明かりのみだ。そんな不気味で静かな路地は遠くまで続いており、路地を挟む建物の数々は、ボロボロに朽ち果てていた。
(夢・・・・なのか?)
記憶喪失でもしてしまったかのような感覚に、彼は不安を感じる。こんな場所見たことないし、まずどういった経緯でここに来たのかが分からない。というよりも思い出せないのだ。
「思い出せない・・・」
そう呟いた彼は、とりあえず立ち上がろうとして、
「―――な!?」
あるものを見て、驚愕の表情を浮べた。
彼がそんな顔をした理由は単純だった。なぜなら、彼の灰色を基調としたTシャツには、赤黒い"何か"がこびりついていたからだ。
「え・・・え!?」
見るからに血だと分かるそれに、一瞬だけ彼は目眩を覚える。
「何だよコレ・・・一体こんなのどこで――」
そこまで言いかけて、彼はハッと気がついた。
その瞬間、稿哉の脳裏にフラッシュバックとなって記憶が蘇った。自分が帰り道に廃墟へ行った事、そこで地震に遭遇した事、そして―――
「そうだ、確か崩落に巻き込まれて・・・・・!」
稿哉はそう強張った顔でひとりでに言うと、改めてシャツに目をやる。やはりそこには、まるでケチャップをぶちまけように血で汚れた自分のシャツがあった。
だが不思議な事に、あの時に感じた痛みや不快感は全くない。稿哉は傷口も確認しようと、シャツをめくろうとする。しかし、
「い、いたたたっ・・・!」
シャツが血が張り付いてカサブタ状になっているのか、シャツを剥がそうとすると、引っ張られるような痛みが生じた。
「そ、そっとしておこう・・・・」
稿哉は剥がすのを止めると、付着した血痕を見つめ、
「お、俺は・・・生きてる・・・のか?」
そう呆然とした顔でボソリと呟いた。
死んで当然の目に遭ったにもかかわらず、こうして生きているのだ。妙だと感じない方がおかしい。加えて、あの地獄のような息苦しさや激痛も消え、調子だって普段通りなのだ。
シャツを見ても、服の大半の部分が血の色に染められている点から、大量に出血したのは間違いないだろう。
稿哉は今直面している事実に首を傾げながら、血にまみれた胸に手を当ててみる。すると、心臓の鼓動が確かに感じ取れた。それだけで、稿哉は安堵感に包まれる。
「はぁ・・・よかった・・・・!」
俄かに信じ難いし、納得もできないが、心臓が動いているのが何よりの証拠だ。だが、他にも疑問はあたくさんある。
(でも俺は、何故こんなところに・・・?)
考えてみればおかしな話だ。目覚める前までは瓦礫に埋もれていたはずなのに、気が付くと全く違う場所にいるのだ。ならば、考えられる最も現実的な答えは、
(誰かが助けてくれた・・・?)
それしか思いつかなかった。それだと、奇跡的に助かったのもギリギリ納得がいく。だが周囲に人影はなく、治療したような痕跡すらない。
もしかしたら連絡手段がなく、誰かを呼びにに行ったのかもしれないと考えたのだが、血の乾き具合から察するに、放置されて相当時間が経過しているようだった。
(まさか死後の世界とか・・・そんなアホな・・・・)
考えれば考える程深まっていく謎に、稿哉は頭を抱える。
腕時計の時刻は既に夜の11時を示していた。あの辺りを歩いていたのが9時だった事を考えると、気絶してから約2時間経過しているみたいだ。また、そのせいだろうか、
「うぇ、口の中が血なまぐさい・・・」
今まで気付かなかったが、生臭さに加え、口の中に不快感を感じる。きっと吐血した時の血でも残っているのだろう。
「血を吐くって、よっぽど酷い怪――――」
と、そこで彼は自分が危険な状態なのではないかと今更のように気付いた。あの時は吐血したのだ、内臓が無事であるはずがない。
痛さや不快感を感じないだけで、実はかなり危険な状態にあって命を落とした、という事例もあるくらいだ。それに該当しているとすれば、今すぐ病院へと向かうべきだろう。
「そうだ、とりあえず救急車を呼ばないと・・・!」
稿哉はそう言い、ポケットにある携帯を手にする。
しかし、稿哉はそこで愕然とした。なぜなら、画面の端にある電波のマークが消え、県外と表示されていたからだ。
「クソっ!こんな時に!」
これだと、現在地すら確認できない。だとすれば、助けを呼べる方法は一つだ。
「人を探すか・・・・」
あまり選びたくない手段だが、ずっと留まって動けなくなるよりはマシだ。今は人工灯の一つすら見えないが、ここがそういう場所なだけで、しばらく歩けば人も見つかるかもしれない。
稿哉はそっと立ち上がると、足を曲げてみる。
「うん、足に異常は無しか・・・」
あれだけの激痛に苦しんだのに、と回想しながら、彼はひとまず路地を進もうとする。
だが、その時だった―――。
パァン!という破裂音が、突如として裏路地一帯へと響き渡った。