僕から見る世界
午後3時。太陽が最高潮に活発なこの時間に僕は容疑者、Aの前に座っている。汗が滴る僕を涼しげに見つめるAに苛立ちを覚えた頃、雲が太陽を隠した。
「で?」
Aがどや顔で発したその一言は実に2時間ぶりであった。
「で、とは?」
僕は爆発しそうな気持ちを押し殺し発した。
「証拠、見つかった?」
「…。」
返す言葉がない。まだ部下からの連絡もない。そしてこのどや顔に冷静なふりをして対応する気力ももうない。落ち着け高峰龍一。いま怒ったらこいつの思う壺だ。それだけは御免被る。
「そのうち見つけてやるさ。」
僕はAを睨みながら呟いた。そんな僕をニヤニヤしながら見つめるAのところへ命令がきた。
「帰す!?」
「ああ、証拠不十分だ。これ以上拘束することはできない。」
「そんな…!」
「……。」
上司のTの何も言わせないという鋭い眼差しにねじ伏せられた僕は首をすくめるしかなかった。Aの顔がさらに憎らしいものになっていることは見なくても分かった。
「連続殺人犯の容疑者ですよ!それを野放しにするなんて!」
僕はAが連れられてからTに抗議した。Tによくもこんなことが言えたと今思う。
「証拠がないんだ。仕方ない。」
Tは去った。僕は机と椅子しかない殺風景な部屋に取り残された。最近頻繁に起こっている連続殺人の犯人、それはAだ。間違いない。しかし証拠が見つかったことがない。被害者からして無差別殺人。恨みや妬みが動機ではないのだ。
「くそっ!」
近くを通った女警官がびくっとこちらを見てさっさと通りすぎた。連続殺人は今で4件。僕は5回目の決意をする。
「Aを張り込む。」
もう5度目だ。こんなことは許されない。私的な目的に含まれる。側から見ればストーカーだ。そんなことは分かっている。でも僕には証拠を見つけたい好奇心が止められなかった。僕は車の中でじっとその時を待った。Aを張り込んで2日目、午後11時。Aがボロアパートから出てきた。直感でわかった。
「やる…!」
車を降り、かなり距離を置きながらAの背中を追いかける。僕は携帯電話のムービーを回した。3分ほど歩くと道の右側に古い民家があった。Aは笑みを浮かべその民家へ入って行った。僕は鼓動が早まる心臓を手で感じながら民家へ入った。部屋はひどく散らかっており、居間には80代くらいの男性が倒れていた。
「A!」
僕は叫びながらAを視界に捕らえた。Aは荒れ果てた部屋の掃除をしようとしていた。
「証拠を片付けようとしても無駄だ!僕の携帯に証拠がある!」
Aは少し驚いたような顔をしたが、すぐににこっと笑った。
「お前俺のことを見たかったんだろ。」
「は、何言って…。」
何言ってんだこいつは。
「見てたかったんだろ?俺のこと。」
「そりゃ見ていたかったさ、連続殺人の証拠を残すためにな!」
「違うね。」
Aは楽しそうに話しだした。
「君は俺が人を殺し、その後の行動を見ることが目的なんだ。その行動がどれだけ残酷だろうが、気になるんだ。大好きなんだ。俺を見ていることが。だから5回も俺をつけ回すんだ!」
「な、に…言って…。」
「おかしいだろ?5回目なんだぜ、お前がムービー撮ってるの。なんで証拠として出さねえの?」
真っ白になった。意識が一層浮かび上がったような感覚のままムービーの録画を止め、フォルダを開いた。僕のフォルダにはAが映ったムービーが5つ。
かつて自分が立っていた場所に立つTを前に感じながら、椅子に座っている。僕は、Aに魅力を感じていた。自分でも気づかないほど心の奥底で魅せられていた。それはカウンセラーに言われた言葉であって、気づいたわけではないが。そうらしい。あの殺風景な部屋に圧倒的存在感を放つTが低い声で放つ。
「高峰、Aは逮捕したよ。今は精神鑑定中だ。」
こくん、と僕は頷く。
「ところで、高峰…」
僕はぼーっとしているであろう顔を上げTを見た。
「ムービーに入っている声はお前とAだけだな?」
きっと今僕はぼーっとしている。頷く気力もない。しかしそうだろう。そうしかない。僕とAの声だけ…。カウンセラーと思われる女性が部屋に入ってきた。僕の携帯を机の上に出し、問う。
「これはあなた?」
そこに映っていたのは死体と部屋の掃除をするAと掃除をする僕の手だった。聞こえるのは『5人目の部屋がこんなに汚くっちゃだめだよな』と笑う僕の声。