第00-03話 部活にて[02]
「今日はどんな人が居るんだろう…」
私は昨日に保住さんに言われた通り、今日も部室へやって来た。
新しい出会いに高鳴る鼓動を押さえるために、私は目を閉じて深く深く深呼吸した。
………よしっ!!
そっと手を伸ばし、私は部室の扉を開いた。
が………―――。
「失礼します……」
「るるる~る~るるるるるるるっる~ンふふ~♪」
顔の右側を隠すように流している長い前髪。
野良猫のような丸みを帯びたつり目。
指定制服の下に着たアイスグレー色のパーカー。
猫の耳を思わせる二つの尖りの山が付いた黒いヘッドホン。
まるでアニメやゲームに出てくるキャラクターのような曖昧で不思議な雰囲気のオーラ。
部室の中央部分にある大きなソファーでフクロウのぬいぐるみを抱えながら横になって、機嫌良く鼻唄を歌っている少年がいた。
「えっと……」
私は困惑して暫くその場から動けなかった。
ひきつった口角が下がらない。
『なんだか機嫌良く鼻歌を歌ってる……話しかけづらいな……』
完全に自分の世界に閉じ籠っている彼に声をかけるべきなのだろうか………それとも声をかけないでおくべきなのか………?
なんて自問自答が頭の中をグルグルと回り続ける。
まるで砂に突き刺さる棒のように真っ直ぐ立ったままになっていると、遠くから誰かが走って来る足音が近づいてきた。
「だぁ~~~~~おい、ひな!!!!
何呑気に鼻唄を歌ってんだよ!!! 客来てんぞ!!!!」
少し大きめのアーモンド型の目。
茶色に近い明るめの黒髪。
高さがある筋の通った鼻。
ソファーで横になっている少年に比べてふわりと内巻きに髪が跳ねている少年が私の横を通り部室の中に入るなり、ソファーで横になっている少年のヘッドホンを無理矢理外した。
「おう、Pぃ!
おはぁ………って、あんぎゃあぁあぁああぁぁ!
だっ……誰?!?!」
ヘッドホンを外された少年は私を見るなり大きな悲鳴(?)を上げて、部屋の奥の隅っこまでフクロウのぬいぐるみを連れたまま逃げだしてしまった。
奥にある長机が影となって姿が見えない。
「だから客だっての!
昨日カイに言われただろうが」
「あ~~~~~~……………あにさんなんか言ってたっけ……?」
「MINEで言ってたっての!
ちゃんと人の話は聞けよなぁ、全く……」
声だけ反応している少年に対して少し苛立たしげに天然パーマの少年は溜め息をつくと、私の方を向いて困ったような笑顔を見せた。
「ゴメンな~
そっちのソファー座ってくれよ」
「あ……有り難う御座います」
私は少年に促されるように部屋の奥に逃げて行った少年が先程まで横になっていた大きなソファーに座った。
天然パーマの少年はおずおずソファーに座った私に笑いかける。
「敬語なんかいいって!
保住から聞いてる。俺と君はタメっぽいし、ひなは年下だし
あ、俺の名前は 嘉島直哉。宜しくな♪
んで、あの部屋の角に逃げてったのが………あ~………ひな、お前なんてったっけ?」
机の横にある小さめのソファーに座った嘉島さんはずっと部屋の奥に隠れている少年に声をかけた。
「我妻家戯曲」
我妻家くんは少し苛立ったような声で嘉島さんの声に答えた。
「そーそーそれそれ
なんかそれっぽい名前♪」
「それっぽいんじゃなくてそれなの!
つか、長い付き合いなんだからいい加減覚えてくれよ……」
「メンゴ、メンゴ☆
ずっと "ひな" って呼んでると本名わかんなくなってくんだよな」
「ひでぇ」
悪びれることなく嘉島さんは楽しそうに笑いながら謝った。
その行為に少し傷ついたのか悲しそうな声を上げている。
「あの……アダ名で呼びあってるんですか?」
二人の会話を聞いて私はふと疑問に思ったことを口に出した。
「そうだぜ?
なんつぅの………成人の儀式でもう一つの名前を送られる地域が昔あったってこと、授業で習ったろ?
それに近い感じで、この部活に入ると先輩からアダ名を与えられるんだよ」
「へ……へぇ……」
成人の儀式って……ここは外国なの……?
思わず私は苦笑いが出てしまった。
「ついでに俺は "P" って呼ばれてるんだ
保住が"スマイル"で……他のやつらもヘンテコなアダ名つけられてるのがいるんだぜ?
まぁ気が向いたら聞いてみなよ」
「はい、そうします
あ……あの……」
「ん? なになに?」
私は話の区切りを見て、今日ここで本来聞きたかった事について切り出した。
「それぞれの役職ってどんなことをするんですか……?」
「あぁ! それのことね
この前カイが三つあるってたぶん教えたっしょ?」
「は……はい」
「それぞれにやることがあって、基本的に自分の役職の仕事を中心にやっていくんだ
まぁ、見ての通りウチは少人数だから、手が空いていたら他の役職も手伝わねぇと回らねぇんだけどな
あぁ~あ……昔はけっこう部員が居たらしいんだけど、今時映画を作りたいって思ってるヤツが少ないみたいで、年々部員が減ってんだわ」
「な……なるほど……」
そう言えば私以外でここの部活に入部届けを出しに来ている人は見なかった。
でもそんなに映画って需要がないのだろうか……?
私は少し不思議に思った。
「ま、そんなことは置いといて……役職についてだったな
まず、裏方だな。裏方は衣装の調達や撮影場所の確保、脚本の企画・製作を請け負っている
オレは撮影場所の確保やアポイント取りを主に仕事としてんだ
んで、あそこに居るひなは脚本の企画・製作を仕事としてる」
「脚本って……演技をするための台本とかですか?」
「まぁそんな感じのと、後、舞台配置なんかも決めてんだ」
「なるほど……なんだか大変そうですね」
「そう思うだろ?
でも、ホントに大変なのはあのひな語を理解する事なんだよなぁ……
全く、いい加減ちゃんとした日本語を覚えてくれよ」
「オレはちゃんと日本語で話してるっての!
P達が理解してくんねぇだけだろ?!」
「こっちに罪を擦り付けてくんな!!」
「むぅーーーーー………」
嘉島さんに怒られ我妻家くんは(実際に膨らませてるかは机のせいであまり顔が見えないのでわからないが)頬を膨らませた。
なんだか兄弟喧嘩を見ている見たいで少しほっこりとしてしまう。
「はぁ……やれやれ
あ~……えっと、後、カイ……沢野部長もこの裏方なんだ
手先が器用だから衣装を作って持ってきてくれんだよ
まぁ基本は既製品に少しアレンジする感じならしいけど」
「それでも凄いですよ!
普通は中々できないですから」
「特に男となるとそうそういねぇかんな」
「そうですよね
男の人だと珍しいですよね」
「あにさんは高性能って言われてんの散歩してる時によく聞く」
「そうなんですか」
「高性能って言ったらいっちー………渡草さんもだろ
渡草さんと居ると安定すんぜ? 家計のやりくりが」
「家計……?」
ナゼ家計なのだろう……
私は不思議に思い、少し小首を傾げた。
「お金の計算とか得意なんだよ
後、どっしり構えてるから頼りやすいんだ」
「そうなんですね」
「そーそー、なんての……? 父性ってやつ!」
「P、話反れとんで」
「おっと!」
我妻家くんに指摘され話が元のところへ戻った。
「え~と……どこまで話したっけ?」
「あにさんが衣装係ってとこまで」
「おう、そうだったそうだった!
まぁ、裏方はこんなもんだな
次は機材班
機材班はカメラでの撮影や照明機材の運搬・管理、映像の編集作業が仕事だ
昨日会った渡草さんはこの映像の編集っていうのを請け負ってるんだ」
「そうなんですね」
「後は、カブ……曽我部さんは機材の管理・撮影を請け負っている」
「あの……曽我部さんって……?」
「あ、まだ会ってないのか……
大丈夫、大丈夫! そのうち会えるさ!」
「は……はぁ……?」
そのうち……か
私はどんな人なのだろうかという不安が少し心に広がった。
「最後に演劇だな
これは文字通り主演で演技をしたり、演技を教えるのが仕事だ
保住としの……あ~……篠宮が主に請け負っている」
「しの……みやさん?」
「あぁ、あれにも会ってないのか……
つか、よりにもよって神出鬼没組と会ってないとは……」
「Pもその一員だろ?」
「俺は必要な時にしか来ないだけだっつの!」
「それを世間一般では神出鬼没と言うのらよ……」
拗ねたような声をあげながら長机の奥に目をやる嘉島さんに対して、我妻家くんは呆れたような声を出していた。
話に区切りが付き、嘉島さんと我妻家くんの口喧嘩を聞いていると部室のドアが開いた。
「おい、P居るか?」
ドアを開けて部室へやって来たのは私のクラスの担任である黒永先生であった。
「おぉ、クロ先生!
どうしたんですか?」
「あ、黒永先生」
どうして黒永先生がここに来たのだろう?
私は少し不思議に思った。
「おぉ、鳥居か……そう言えばお前、俺にここのこと聞きに来てたっけか
それは置いといて……P、お前宛の電話が学校にかかってきたんだよ」
「マジか!?」
「俺が嘘を言うわけないだろ
つか、こうなんねぇようにちゃんと取引先には自分の連絡先伝えろよな?」
「いつもちゃんと伝えてるんですけどね……」
二人の話の内容からするに黒永先生はここの顧問なのかもしれないと私は勝手に納得した。
「まぁなんでもいいや、さっさと職員室に電話取りに来い」
「承知です」
「オレも行く!!」
さっきまで机の影にかくれていた我妻家くんがガタリと音をたてて立ち上がった。
「あ"? いいよメンドイ」
「行く!! 行くったら行くんだい!!」
一緒に行きたいと言う我妻家くんに対して嘉島さんは嫌そうに顔を曇らせた。
それでも我妻家くんは諦めず子供のように地団駄を踏んで自分もついていくことを主張した。
まるで小学生くらいの子供みたいだ………。
「だぁわかったっての!!
ゴメンな、今日はこれで店仕舞いってことで」
「大丈夫ですよ」
我妻家くんに根負けした嘉島さんに謝られ、私はニコリと笑って大丈夫であることを伝えた。
なんだか我妻家くんと嘉島さんの掛け合いが兄弟のようでほっこりしてしまう。
「明日も多分誰かしら居ると思うから気が向いたら遊びに来てくれよ
んじゃ、気をつけてな~!」
「はい、お邪魔しました」
嘉島さんや黒永先生たちに見送られながら私は部室を後にした。
明日もきっと何か面白い事が起こるような気がして私は少し足取り軽く家路についた。